5. 結城 奏
国彦が目を覚ました時、隣に眠っていたはずの礼は朝練に出た後ですでに部屋にはいなかった。
ぼんやりした頭のまま、傍にいないとわかっている礼の断片を無意識に探る。
礼がくるまっていた毛布を抱えてしばらくその存在を感じながら、うだうだとまどろんでいるところに
今朝の礼の声が耳元でふと蘇った。
『くに、嫌いになったら嫌だ』
(いや……かわいすぎるだろ…)
夢かもしれないと思いながらも、あまりにリアルに響くその言葉に珍しく動揺するほどの幸福感が国彦を襲った。
それで完全に目が覚め、思い切りよくがばりとベッドから起き上がると、
そのまま洗面所に向かい冷水で頬をたたき冷静さを取りもどす。
登校時間までには余裕があったが、どこか心がはやり国彦はいつもより早く準備を終わらせ寮を後にした。
学校に着き教室前のロッカーから教科書を取りだしているところで、か細い声が国彦の背に声をかけた。
国彦が声の方を向くと下級生らしい生徒がおどおどとした様子で立っている。
前髪は長くストレートで、メガネをかけていて表情が読み取れない。
背は礼より少し小さいくらいだろうか。
大きめの真新しい制服が、より幼さを強調している。
更には自信なさげなその態度から猫背気味になり、顔に影がさすほど俯いていた。
何やらもごもごと口を動かしているが極度に緊張しているらしい。
国彦はそれを見ながらその下級生から言葉が出るのを待った。
「…五嶋先輩」
自分の名前を知られていることに多少驚きながら、国彦は「ああ」と応えた。
少年はそれに少し安堵したのかさっきより少し余裕を持った口調で言った。
「僕今度の研究実習で先輩と組むことになった、結城
国彦はその言葉を聞いて、ようやく研究実習の事を思い出した。
このKBP養成高等学校では戦闘科の一・二年と情報処理科の一・二年は、新入生と在校生の交流も兼ねてランダムにペアを組み環境に関する研究発表をする事になっている。
一年前に自分も経験したはずの行事だったが、今の今まですっかり忘れていた。
いつそんな掲示があったのだろうと思いながら、
一方では、いまだ目前でもじもじと恥ずかしげに震える結城に対し、
この華奢な容姿で〝かなで〟とは…この学校で過ごすにはあまりに気弱すぎるその動作も相まってどこか不憫だと国彦はぼんやり思った。
よろしくなと言いながら、わざわざこうして挨拶に来る真面目な後輩の行動に、国彦はおざなりに終わらせた昨年の自分の不遜さを思いだしていた。
結城はそのままぺこりと頭を下げて、何かに押しだされるようにそそくさと走り去っていく。
その後ろ姿を眺めながら、去年自分が後輩だった頃、
確かに行われたこの行事が記憶にすら残っていない理由は、一つしかない事を思った。
去年の今頃は、礼もまだ幼さすら残したあのぐらいの背格好で
色んな学部の生徒からモテまくって大変だった。
そしてあの頃は礼との今の関係もまだ始まってはいなかったのだ。
幼いころから、あれほどまでに欲していた礼が
去年の自分には考えつかぬほどの心の距離感でそばにいる。
しばらく感慨深く、その初めて見知った後輩の小さな背を見送った。
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