4. 礼の憂悶・後篇

篠原は礼の全身をゆっくり眺めながら、どこか蔑むように笑った。


「お前案外大胆だよね。誰も見てないと思ってたでしょ。完全相手の顔しか目に入って無いって感じだったもんな」

「……、」

「人に見られてもいいって思えるくらい好きなんだ?」


礼は耐えきれず赤面した顔を見られたくなくて俯いた。

今すぐこの場から立ち去りたかった。

そんな様子の礼を見て篠原は確信したように、大きく吹き出して笑った。


「まじかよ、すげー意外。なにも知らないフリして、寮ではあいつに毎晩トロットロにされてんだ柏原。最高にエロいね」

「違う!!あいつは…」



『むり…すんな』

そう言って礼自身の弱さすら抱き締めた国彦の優しさを思い、閃光のような憤りを礼はぐっと唇を噛んで堪えた。


国彦とは、

そんなじゃない


心で繋がってる


そんな言葉が浮かんだけど、

礼は自分自身のエゴに吐き気がした。

それでも今にも壊れてしまいそうな心を必死にひきしめて答えた。


「そうゆうことしてないし、あいつはそうゆうんじゃない」

「そう言ってお前いつもくわえてんだろ?その可愛い口でさ。そいつもお前も充分変態だよ」

「…違う」

「違う?じゃあただ単に友達の性欲処理にまで付き合って断りきれねーだけ?どんだけカワイーのおまえ」

「……」

「ま、どうでもいいや。黙っといてやるから俺の言うこと聞いてよ。オンナノコじゃねえんだし、先輩の言ってること理解できるよね?」


そう言いながら力強く礼の顎をつかんだ篠原は、自らの下半身に自分の手を添わせてチャックをさぐりだした。


「俺ね、他所の犬俺用に躾けなおすのが一番好きなんだよね」

「…ふざ…けんな、」

「へぇ、いいねもっと吠えろよ。すぐそんな口きけなくしてやる」


礼は掴んでくる腕を強く引き剥がすが、すぐ首もとを掴まれてそのままガツリと扉に押し付けられた。


っつったんだよ?お前に拒否権なんてないの。あることないこと言いふらされたくなかったら俺の犬になるしかないんだよ、お前」

「言いたきゃ…言えよ、くそ野郎」

「……上等じゃん」


苛立った篠原の拳が、礼の腹に向けドスリと鈍い音をたてた。

衝撃と痛みに俯いた礼の前髪をぐいと掴み視線をあげさせると、篠原は立て続けに二三度強く礼の腹を殴った。


咳き込む礼の胸ぐらを篠原が掴んだとこでガラリと扉が開き、松坂がひょこりと顔を覗かせた。


「おはおはー☆…て、何やってんのれーちゃん、しのぴー…」

「…よお、変態。今日も相変わらずダセエバンダナだな。」

「うるさいよ。変態しのぴーに変態って言われたくないんだけど。れーちゃん大丈夫?何かされた?」

「春合宿の相談だよな、柏原」


まるで何も無かったかのような篠原の口ぶりに唖然としながらも、礼は口を閉じたまま部室を後にした。



吐き気がとまらない


礼はトイレに駆け込み、そのままおう吐した。

殴られた腹の痛みより、自分の存在を蔑まれた事より、


礼は昨日の自分の行動を責めていた。

あの場所で、自分からキスをせがんだ。言葉に出さなくても、そうしてほしいと思った。

そのせいで、それに答えた国彦の想いも篠原の言葉に全部踏みにじられた気がした。


国彦を好きだと想うほど、混乱の中で罪悪感に似た吐き気が礼の身体を巡るようだった。

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