9. ーside 礼ー ジレンマ



『...なにも知らないフリして、寮では...』



朝の篠原先輩の言葉と、後悔が閃光みたいに脳裏をよぎって、堪えきれなくて

あわてて口元を押さえた手から、込み上げた胃液が漏れでた



近くに置いていたタオルでそれを隠そうとするけど

くにには全部ばれてる

こんな状態

きっと くにひこを傷つけた



動けない俺に、くには俺を軽く横向きにして背中をさすると

それ以上俺が吐きそうにないのを見て、タオルを新しいものにかえてくれた


それから落ち着いてきた俺に

「悪かった。ちょっと頭冷やすな」

って静かな声で言って


部屋を出た



鼓動が早くて、あたまんなかぐちゃぐちゃで

でもくにが触ったところ全部、まだジリジリしてる



今のままでずっとはいられなくて。

踏み出す事ができないなら…

だからといって、俺から手を離してくにが誰かのもんになんのも耐えられなくて

“戻りたい”なんて そんな言葉になった


ほんとはすきなのに

すきだって言葉もきっとからまわりしてて

伝えたい気持ちも届け方がわからない

こうして一人で考えていたらいくらでも素直に言えるのに


ほんとは おれも おなじきもちだよ

もっとさわりたい さわってほしい

くにの しらないかおをみたい


だれにどうおもわれたっていい くにひこのいちばん そばにいたい



俺はばかだ

先輩にみられて、ばかにされて、

くにひこに対してもった自分の欲望を後悔しながら、

結局自分だけ傷ついた気になってた

自分で発した言葉にすら自信をなくして見失ってたんだ

他の誰かがどう思ったっていい


大事な事は、俺と、国彦の中にしかない





思い切りよく起き上がると、ぐらっと視界がゆれてしばらく眩暈に耐えた。

それでも不思議とこころはクリアで

もう、謝ってくにに全部話そう。その決意だけが俺を突き動かしていた。


寮部屋を出て薄暗い廊下を歩き、中庭に差し掛かってくにの背が見えた。

くにひこ


と…かわせ…



「あれ?れーちゃんだ。お迎え?」


かわせが先に俺を見て言った後で、くにが振り向いた。


「…大丈夫か、れえ」

「顔色悪いよ。れーちゃん」


頭がぐるぐるしてる。

俺はくにの腕を引いた。

「ごめん、かわせ…」

「なんでなんで?れーちゃん早く休まないと。辛そうだよ」

「そしたらな川瀬、お前も早く寝ろ」

「はーいっくにひこさん。れーちゃんおやすみ~♡」



二人で、

話してた


黙ったまま、俺はくにの手を引いて元来た廊下を歩いた。

足、ふらふらするけど、必死に歩いた。


「…れえ?」

そんな、俺のいつもはしない行動に、後ろからくにが不思議げに声をかけるけど、応えられずに

次第に早足になって、くにの手首を強く引っ張って寮部屋に辿り着いた。


部屋に入ると張ってた気持ちが一気に緩んだのか

自分でも驚くほどがくりと膝から崩れた。

…のをくにが抱えてくれた。


「あ…ぶね、…ベッドまでいけるか?」

「くに」

「ん?」

「昨日、階段でキスしたの、部活の先輩にみられた」

「……」

「それがヤバい先輩で…いや、そんなの、どうでもいい…のに混乱して、戻りたいとか俺、くにひこに触られんの、ほんとは…嫌じゃないのに」


自分の力で立ってらんなくなって、俺はもう国彦の首元にしがみついてた。それでも、そうしてでも伝えないとと思った。

言葉もぐちゃぐちゃで、伝わってんのか正直わからない。

それでも国彦が焦らせたりしないでじっと俺の言うのに耳を傾けているのだけわかった。


「かわせ、でも他の誰といたって、文句いえないし俺、当然だって。わかってるのに、ダメだ。無理」

「れえ、…ゆっくりでいいから、また、気持ち悪くなるって、なあ」

「やっぱだめだ…俺以外に触ったらヤだ…くにひこ」



ぎゅっと抱き寄せられて、そのまま、肩口に少し鋭い痛みが走った。

噛みつかれてるって、わかるまで少し時間がかかった。

「…ンッ」

「顔見せて、れえ…どんな顔して、んな事言ってんの」

少し覗き込んできたくにひこを避けるように、俺は顔を必死に背けた。


だって俺、もう泣きそうなんだ。また

情けないよ、こんなの恥ずかしい。見られたくない…


「見せろ」


背筋から首筋がぞくっとして

俺は、もう半分視界がぼやけてしまったまま目線を国彦に向けた。

自分で、自分がどんな顔をしてるかなんてわからない、

ただ次第に少しだけクリアになってくくにの顔がやわらかく弛緩してくのだけが俺の視界いっぱいに映った。

「信じらんね…れえ」


くにひこの感情が流れ込んでくるみたいで、もう、素直な言葉しか頭に浮かんでこない。

うれしいよ

しあわせだ

あったかい


「好きだれえ」

「ンッ」

「!」

「みみ、もとでゆうなよ、変…なる」



吐き気をぬりかえるくらい、

好きだって気持ちでいっぱいになった

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