2. 二人のギャップ・後篇
寮に戻る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
部屋にはいると国彦はもう制服を脱いだラフな格好でベッドに腰かけてゲームをしているようだ。
その手をとめて礼を見るといつも無表情な顔が少しだけほっと緩んだ。
「れえ、おかえり」
礼は言葉につまった。
たったそれだけで、幸せが喉元をきゅうと締め付けて声が出なくなってしまう。
胸がジンとあたたかくなって、その場で少しうつむいた。
荒い息で荷物を落として靴を無造作に脱ぎ捨てる。その間に国彦はまたゲーム機に目を戻した。
礼は半ばどの感情を感じればいいのかわからない呆然としたままで国彦に近づき、そのまま国彦の首元に抱きついた。
「…れえ?」
「ごめん」
「何が」
「………」
「昨日の事か?」
国彦のしたいことに答えられない自分。
それなら、これまでの友情と何の変わりがあるのだろうと自問しては、
この手を放して国彦が自分以外の誰かと親密になるなど、考えただけで堪えきれない苛立ちが沸き上がる。
礼にはもう国彦が欲しているものと、
恐らく無意識に自分自身がずっと昔から欲していたぬくもりの意味が
同じことなのだとわかっていた。
だからこそそれを完全に認めてしまうのが怖かった。
もし身体を繋いだら自分の心が自分で保てなくなるような気がしていた。
言葉に詰まってうつむいた礼を、国彦は手に持っていたゲーム機を投げるように放ってからそっと抱き寄せた。
苦しそうな吐息は聞こえるけど抵抗はしなかった。しばらくそうしていると礼の手が国彦の服の裾を握った。
その賢明さがあまりに愛おしくて、国彦は半ば無意識に礼の首元に顔を埋めて軽くその首筋を噛んだ。
はっとしてすぐ離した口がそれでもそのまま我慢できず礼の首筋に二三度唇で触れた。
冷静さを取り戻す為に少し身を離し、礼の顔を確かめるともう、いつのまにか瞳に涙がたまっている。
悩ませたくなどないのに、自分の想いが礼を追い詰めているのかと思うとたまらなかったが
その涙すら劣情を誘った。
そっと唇を寄せたが、礼が力なく手でさえぎってそれを拒んだ。
「だ、めだ、」
「嫌か」
「…今、は」
静かに身体を離して、国彦は立ち上がった。それから礼の手を引いて礼もその場に立たせた。
「なら、飯食いにいこう。腹へってんだろ」
その、国彦のいつも通りの言葉に礼はもう言葉も出てこずただ小さく頷いた。
部屋を出て、食堂に向けて歩きはじめても礼は何か思案するように少しうつむいたままどこか不安な表情をしていた。
皆すでに食堂で食事をしている頃合いだからか、寮のだだっ広い廊下には人気がなく静かだった。
階段に差し掛かるとき突然、思い立ったように礼が国彦の背に強く抱きついた。
これまで部屋以外でこんな事をすることなどありえなくて国彦はやはり様子のおかしい礼をそっと自分の腹の方に抱き変えて、少し乱暴に礼の顔を自分に向けさせた。
そのとたんに礼の瞳から涙がぽろぽろ溢れた。
「れえ、」
慌てて拭うけど次から次に溢れる。
「くに」
「どうしたのお前、部活で何かあったか?」
「好きだよ」
「……」
どっと、礼を支えていた国彦の力が抜けて、礼を抱えたまま踊り場の壁に背を預ける形になった。
礼はぎゅっと抱きついて、そのまま涙を拭うように国彦の腹に自分の顔を埋めた。
あまりの愛しさと緊張感、それから脱力感に国彦は、冷静になろうと努めたが堪えきれずさっき拒まれた唇を今度は強引に合わせた。
「…ごめん、れえ、ムリ」
「ン…ん」
国彦と礼のいる踊り場から下った階下の柱に身を潜めている生徒がいた。
バスケ部の先輩である篠原だ。
「…へえ、いっちょまえに男いやがる。やっぱおもしろいな柏原…」
そう一人呟くと堪えきれず愉悦の笑みで肩を震わせながら、二人が降りてきてしまう前にその場を去っていった。
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