63話 『ゾンビフラッグ』
『旗』というから、ビーチフラッグに使うような、小さな形状をイメージしていたのだけど、カラマリ領のスタート地点に置かれていた『旗』は『ノボリ』に近かった。
長方形の布にカラマリの紋章が浮かんでいる。
このサイズを隠すのは、カラマリのような森でなければ難しいだろう。
少なくともこの岩山では埋めるしか方法が思いつかない。
「よし! じゃあ、この『旗』をクロタカ! 任せたよ!」
「……うん」
作戦通りに、クロタカさんが背中に担いだ。
クロタカさんは、『旗』が全く似合っていなかった。カナツさんなら、定食屋の娘みたいな感じで似合うんだろうけど。
「いや、『旗』が似合ったからってなんだって話か」
勝利のための『旗』だ。
……そう考えると、これを俺とクロタカさんが持っていてい良いのか不安になる。
「あの、本当に俺達が持っていいのかな?」
隣にいるケインに聞いた。
なにも、俺はクロタカさんの力を疑っている訳じゃない。俺がいることを問題にしているのだ。俺が足を引っ張ることは目に見えている。
故に、『旗』と『俺』。二つの枷がクロタカさんに付いていることになる。
いくら何でも厳しいのではないのか。
負担は分担した方がいいのではないかと提言する俺に、
「かもな」
ケインも同意をしてくれた。
ならば、ケインが率いる隊に、俺か『旗』のどちらかを引き取って貰えないかと、願いを申し入れてみた。
だが、
「でも、安心しろ。俺がお前たちに敵が行く前に、『旗』を奪ってやるからさ」
お前たちはここで待ってるだけでいいと、聞き入れて貰えなかった。
自分達だけで、『旗』を奪えばいいだけだとケイン。
実に単純の答えだった。
ケインの言葉を聞いて、サキヒデさんが笑う。
「心強いですね。ま、そういうことです。私達に任せて下さい」
「サキヒデさんまで!」
「私の策がメイル領に通じることを見せて上げましょう」
「……」
駄目だ……不安しかない。
いや、サキヒデさんの策が不安という訳ではない。
変貌したメイル領が怖いのだ。
以前のメイル領とは、異様なほどに変貌したと言っていた。それって、その時点で、もう、相手が変わっていることにならないだろうか?
対策も何も相手が違うのであれば、なんの解決策にもならない。
サキヒデさんのことだ。
きっと、これまでの戦の経験などを踏まえて、相手の行動などを、馬鹿丁寧に予測しているだろう。
だからこそ、冒頭でズレたこの幅をどうにかして調整した方がいいのではないか。
とは言え、今から、皆で話し合う時間はない。
どこからか、「ドォン」と星が揺れるような音が聞こえてきた。
「じゃあ、皆! アイリを守るために、メイル領を倒そう!」
これが――始まりの合図だった。
カナツさんの言葉と共に、それぞれの小隊に分かれる。
『旗』の元に残った俺達。
クロタカさんを恐れてか、残りの二人は少し離れた場所で様子を伺っていた。これではチームワークもあった物ではない。
てか、出来れば近くに来て貰いたい。
俺もクロタカさん苦手なのだから。
だが、しかしだ。
避けている二人に代わって、俺がクロタカさんとコミュニケーションを取れば、それだけで俺の存在価値があることにならないか?
そう考えればやる気が出る。
クロタカさんに話しかける。
「どうします? 旗を任されたのは良いですけど、その後のことは……」
俺が聞いたのは今後のことだ。
『旗』を任せるとまでは言われたが、その後、何をするかは何も聞いていない。自分たちで何とかしろということなのか。
だとしたら、策士の策は異常に大雑把すぎるだろ。
全く、緻密な計画とか紹介していた自分が恥ずかしくなる。
策士の杜撰な計画に頭を悩ませる俺に、
「そうだね。取りあえず、僕達も敵陣に攻めようか」
クロタカさんが答えた。
『旗』を持って攻めようと。
「……」
それはそうか。
クロタカさんはケインと同じく前線で立つ戦士。
何かを守って留まるのは向いていない。
むしろ戦いを求めているのだ。
俺に対する性格は、多少緩くなったけど、本質は何も変わっていない狂戦士のままだった。
「君たち……。この旗を持っておいて」
カナツさんに託された『旗』を、ためらいもなく部下たちに投げ渡した。
扱いも適当だ。
二人の兵士に旗を任せて、メイル領が消えて行った方角を目指す。
ここは既に戦場だというのに、堂々と足を進めていく。
「あの、こんなに普通に歩いていいんですか?」
「別に。見つかるときは見つかるんだから、隠れてたって意味ないよ」
隠れて見つかる位なら、向かってきた相手を倒す方が簡単らしい。シンリもそうだけど、やっぱり、強い人はそういう発想になるのかな?
俺は『旗』を奪われないように周囲に気を配るが――クロタカさんの言う通り、そんなことをする必要はなかった。
隠れるどころか、俺達以上に堂々と――否、ドロドロと『人』が現れた。
無数の塊が這うように移動していた。
「……これ、人ですか?」
人というよりは――そうだ。
『紫骨の亡霊』に近い。
でも、見た目は骨じゃないし、霧もでていない。ならば、俺の知る〈統一杯〉の亡霊ではない。
それに、こいつらは亡霊っていうよりも――〈ゾンビ〉だ。
血流が泥になったかのように、肌が崩れて地面に落ちる。
崩れた肌を埋めるように、皮膚が生み出されるが、それも所詮は脆い肉体。直ぐに崩れて同じことを繰り返す。
永久機関のようなその体は、まさに〈ゾンビ〉と呼ぶに相応しいだろう。
「ふん。メイル領の人間じゃないね」
「いや、それを言ったら、人間じゃないと思うんですけど」
何者かは分からないが、明らかに仲間ではない。
この〈ゾンビ〉がなんなのか、クロタカさんの表情を伺うが、これらは『紫骨の亡霊』のように、この世界でも周知されていないようだ。
そうなると――考えられることは一つだ。
俺達を襲おうとする明確な意思。
そして、〈ゾンビ〉と俺が理解できる異世界の知識。
そこから察するに、
「恐らく、これが諏訪さんの持つ力だと思います」
〈ゾンビ〉を作り上げる力。
それが諏訪 光太郎が〈
まあ、これが俺の知る〈ゾンビ〉なのかは分からないが、
「あいつらには触れない方がいいと思います」
「なんで?」
「俺達の世界だと、噛まれると、皆あんな風になってしまうんです」
「……凄い世界に生きてたんだね」
「いや、生きていたって言うか……」
〈紫骨の亡霊〉のように世界に実在しているわけじゃない。
だが、『経験値』『武器』『魔法』、『瞬間移動』。
どれも俺達が理解できる――人が生み出したものだ。
人の空想が生み出した存在。
それが、この異世界で実現していた。
「〈ゾンビ〉の恐ろしさは『感染力』。触れたら危険なことを伝えないと、皆が――あれと同じになるかも知れません」
「それは――やだね」
あんな人の形をした泥人形に仲間をするのは、流石のクロタカさんも嫌なようだ。
直ぐに、俺の持っていた知識を皆に共有できるように指示を出す。
「そっか。じゃあ――君たち。僕の周りにいても邪魔になるから、『旗』だけおいて、今のリョータの話を皆に伝えてきてよ」
『旗』を勝手に預けて、今度は置いて行けという。
かなり滅茶苦茶な命令だが、こういう時、クロタカさんが頼りになるのは、二人の兵士も知っていた。
「は、はい! 分かりました!」
「あ、ちょっと待って!」
俺は二人を呼び止めた。
いや、皆に伝えるのも大事だけど、この場をクロタカさん一人に任せるのもどうかと思うんだ。
「なんで止めるの?」
「いや、その……一人でいいんですか?」
「うん。見る限り、数が多いだけで強くなさそうだから、僕一人でやる」
数十体の群れに飛び込んだ。
いや、人に伝えろなんて命令する前に、この人は俺の話を聞いていたのか?
触れるだけで感染する可能性もあるんだぞ?
なのに、二刀の小刀だけで特攻するのは危険すぎる。
だが――クロタカさんは、ゾンビに触れることなく、二刀で頭を切り落としていく。
「やっぱ、戦闘にかんしては――レベルが違う」
〈ゾンビ〉は、頭を落とせば動かなくなる。
俺は、そんな大事なことを伝えていなかったのだけれど、クロタカさんは数回の攻撃でそれを見抜いていた。
「ほら、早く行きなよ」
瞬く間に数を減らし、自分は一人でも平気だと俺に見せつけた。
二人を引き留めたことが馬鹿らしくなる。
俺は頭部が弱点であることを二人に託し、『旗』を受け取った。
あれ?
これ、俺ちゃっかり、一番重要な部分についているんじゃないか?
今まさに、敵が攻めてきている訳だし。
といっても、相手は〈ゾンビ〉だけ。
動きの機敏なクロタカさんが居れば、安心か。
そう油断した俺を引き裂くように『キィン』と金属のぶつかる音がした。ゾンビの一体が、機敏な動作でクロタカさんの斬撃を受け止めたのだ。
まさか、攻撃を受け止められると思わなかったのだろう。
クロタカさんの動きが止まり、周囲にゾンビが群がる。
「……っ」
噛みつかれる!
俺は声にならない叫びをあげるが、クロタカさんは、防がれた斬撃の反動を利用して、間一髪で後方に向けて滑り込んだ。
どうやら無事だったようだ。
敵の攻撃を回避したクロタカさんは、斬撃を防いだ一匹の〈ゾンビ〉を睨む。
ドロドロとトロトロと溶ける体の中から、崩れることのない、白い雪のような肌が覗く。
それは、メイル領特有の色白さ。
「あら。今ので決まったと思ったのですが……。でも、付いてますわね。『旗』があるのですから。それを手に入れれば、私はコウタロウ様と一晩を共にできます」
しっかりと原型を留める彼女は、確か諏訪さんの腕を掴んでいた一人だ。
メイル領の幹部と言っていた。
スタイルのいい座敷童。
そんな印象の女性だった。
「フブキだね」
「ふふ。そういうあなたはクロタカですね。まさか、こんな人の元に『旗』と『異世界人』があるとは。想像できなかったのですが、その分、嬉しさは倍ですね」
丁寧な口調で静かに微笑む。
不気味だ……。
「ここからは、コウタロウ様の力と私の力で、『旗取り』を終わらせましょうか!」
フブキは武器を構える。
扱っているのはマラカスのような形をした鈍器。形が似ているからと言って、この場を盛り上げるために取り出したのではないだろうな。
自分の力を見せつけるためか、ゾンビの一体を殴りつけた。
びちゃびちゃと対比を撒き散らして消えた。
その威力は――クロタカさんの一撃よりも重かった。
フブキは『感染』しないのだろうか。
白い肌に、くすんだ泥が斑に染める。
その姿を見て、クロタカさんの口元が歪んだ。
「ちょっと、楽しくなってきたよ」
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