62話 戦前の攻防
「俺は、男だろうが女だろうが、俺を好いてくれる人間を差別する気はない。だがな、唯一、俺が嫌いなのは、お嬢ちゃんみたいに、仲間を馬鹿にする人間だ。つまり、この場でお前が一番魅力がないんだよ」
お前みたいな奴が大将の領じゃなくて良かったと、諏訪さんが言った。
……。
俺からしたら、メイル領は敵だ。
カナツさんが少しばかり調子に乗った発言をしたのは頂けないと思うが、だからと言って諏訪さんの言葉に傷つく必要はない。
ないのに――、
「なっ……! なっ……!」
カナツさんは言葉を詰まらせていた。まさか、そこまで諏訪さんに文句を言われると思っていなかったのだろう。
なんて反論すべきか、言葉を探るカナツさん。しかし、出てくるのは動物のような単調な鳴き声だった。
これ、もう完全に異世界ハーレムの敵じゃん。
序盤に出てくる情けない敵だ。
そんなカナツさんとは対照的に、シンユキさんは頬を赤らめて諏訪さんの名前を呼んだ。
「コウタロウ……」
「どう、惚れ直した?」
「元々、惚れてないってば! 大体、コウタロウが普通にしてくれれば、あんなこと言われなくて済んだんだよ!」
こんなハーレム状態で、アイリさんを掛けた戦いに出向くこと自体が間違ってると指摘するが、シンユキさんの頬は未だに赤い。
只の照れ隠しなのが見え見えである。
テレが隠れていなかった。
「皆がこうしたいっていうから、仕方ないだろ? 変な意地這ってないで、ユキも俺の胸に飛び込んで来いよ」
「もう! コウタロウなんて知らない!!」
……なんだろうな。
結局、いちゃついているだけにしか見えない。それはそれで構わないのだけれど、諏訪さんの後ろ。坊主頭の少年が――諏訪さんが何か、言葉を言う度にメモしていた。
ひょっとして、諏訪さんに憧れているとか?
モテる上に男の部下にも慕われるなんて、完璧じゃないか。
それに比べて、ウチの大将は――
「アイリー……慰めて。酷いこと言われたー!」
涙をこらえてアイリさんを探すが、この戦には関わっていない。だからこそ、カナツさんはあれだけ頑張っていたのだけど、その苦労すら忘れているようだった。
呆然と癒しを求める大将に、サキヒデさんが言う。
「大将。傷付いたのは分かりますが、落ち着いてください。アイリさんはここに居ませんよ」
故に癒すことは出来ませんと。
いつもならば『毒抜き』と称してハグしてくれるアイリさんはいない。ならば、誰に毒を抜いてもらうべきか。それすらも考えられないようで、目の前にいるサキヒデさんに、
「うう。じゃあ、サキヒデでいいや。胸を貸してくれー」
両手を開いて抱き着こうとする。
だが、すっと手を伸ばして抱擁を拒絶した。
「……残念ながら、私は貸す胸は持ち合わせていません。その悲しみは是非、戦にぶつけてください」
うちの策士は鬼だな。
死人に塩を塗り込みやがった。
傷口が広がったカナツさんが次に狙いを着けたのはケイン。サキヒデさんに拒絶されたことで、更に我を無くしたのか、今度は問答無用で抱き着こうとした。
が、カラマリ領の最年少は、不意な攻撃にも対処できる男だった。
抱き着くカナツさんを軽々しく躱して、いちゃつく敵の大将を指差した。
「ま、あんたらがそんな腑抜けだろうが、変わり果てようが、アイリ姉さんが関わってるのは間違いない。だから、俺達は容赦しない! なぁ、そうだろ、大将?」
空を切った腕を、虚しくぶら下げるカナツさん。
「あ、うん……。そうだね……。もう、クロタカでいいや」
〈
勝利した領にアイリさんが所属すると。
〈
ますます、この世界における〈
〈
「ねぇ、リョータ。これ、どうすればいい?」
「えーと」
サキヒデさんとケインに抱き着きを拒否され、最終的にクロタカさんに抱き着いていた。
それだけならば良かったのだけど、大将に抱き着かれるなど経験のしたことがないクロタカさんは、俺にこの状況をどうすればいいのかと聞いてきたのだ。
俺に聞かれても……。
「えっと、そっと頭を撫でて上げるとか?」
「分かった」
「うう……ありがとー」
冗談で言ったつもりだったのだけれど、素直に従ってくれた。
しかも、それでカナツさんも喜んでるし。
「ふん。あんたたちも充分恥ずかしいから、お互い様だね! ここで言い合ってても仕方ない。早く戦を始めましょう」
思いがけずにカナツさんの情けない姿を見たからか、シンユキさんが勝ち誇ったように笑う。
自分でお互い様と言った以上、その笑みは間違っていると思うのだけれど、この言い合いが意味ないことは同意である。
メイル領の面々は、旗が置かれているであろう場所に向かっていった。
「あ、ちょっと!」
俺は諏訪さんを呼び止めようとするが声は届かなかった。
結局、異世界人である俺達が戦に参加するのは止めようと伝えらずじまいか。余計なことで時間を使い過ぎた。
こうなったら戦中に話を聞いて貰うしかないか。
「大将。俺らも行こうぜ?」
「うん、そうだね。クロタカ……ありがとうね」
俺達も『旗』の元へと急いだ。
ようやく――初めての戦が始まる。
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