61話 敵を前にイチャつくな
「……少なくとも私たちが知るメイル領ではないようですね」
ケインとサキヒデさんが、メイル領の変わり様に困惑していた。女性だらけの領とは言っても、一人の男を複数人で囲むようなことは絶対にしなかったと。
そうなると、異世界人――諏訪さんの登場によって変わってしまったのか。
異世界でハーレムを築き上げたのか。
なんだろうな。
凄い、主人公みたいだ。
諏訪さんを中心に、女性たちが抱き着く表紙が目に浮かぶぜ。だとしたら、俺は挿絵にも描かれない、名前が出てくるかも怪しい登場人物と言ったところか……。
「まって! これが相手の作戦かも知れないから、気を引き締めないと」
早々に決めつけるのは危険だと、カナツさんが二人の思考を遮った。
ハーレムを見せつけて、カラマリ領の気を反らす作戦なのではないか。カナツさんはそう疑っているらしい。
それが本当に作戦だったとしたら、それはそれでメイル領が心配になるけど、大将が言っているんだ。
作戦かどうかはともかくとして、気は引き締めないとな。
「それにほら、シンユキがいないじゃん。その時点で怪しいよ」
「シンユキ……?」
聞いたことのない名前だ。
俺は「誰ですか?」とサキヒデさんに聞いた。
「メイル領の大将の名前です。言われてみれば、確かに――あの女性陣にはいないみたいですね」
ざっと数えられるだけで10人はいる。
その中にはいないらしい。
それにしても、メイル領の人達は肌が白くて綺麗である。
諏訪さんの浅黒さが目立っていた。
ただ、日焼けしているだけなのにね。
諏訪さんが言う。
「あん? シンユキならいるぜ? ほら、どうしたんだ? いつもは俺と張り合ってる、強くて綺麗なユキが隠れるなんて似合わないぜ?」
諏訪さんが首を傾けて後ろに呼びかけた。
すると、ハーレムの集団の後ろから、気まずそうな顔をした女性が姿を見せる。前髪を眉の下で一直線に切りそろえ、輪郭に反うように垂れたサイドの髪も胸のあたりで真っ直ぐに切られていた。
邪魔な部分は自分で適当に切りそろえたと分かる髪型。
目つきの鋭さも相まって、かなり無愛想だ。
不愛想に関してだけは、俺が言える立場じゃないんだけど。
「べ、別に隠れていたわけじゃない! 決して、半年前にあれだけの約束をしたのに、こんな軽々としたメイル領を見せるのが恥ずかしいだけだ!」
「……いや、だからそれ、隠れてるじゃん」
聞いてもいないのに教えてくれたメイル領の大将――シンユキさん。
アイリさんをかけて強気な約束を申し入れたのに、半年後には男を囲うハーレムになっていれば、気まずくもなるか。
言い訳がましい大将の言葉に、俺は思わず声を出してしまった。
あ、メイル領の大将に睨まれた。
俺を睨むシンユキさんの頭に手を伸ばして、「ポンポン」と叩いた。それは、選ばれしイケメンにしか許されない『少女漫画の技術』!
俺みたいな人間には、手を出すことができない禁忌の術だった。
「はは、そんなシンユキも可愛いんだけどな」
「お前は黙れ、コウタロウ!! クガンの腑抜けた兄弟みたいな名前しやがって」
「それは関係ないじゃない。それに、あんな余裕のない男達より、俺の方がイケてるだろ?」
クガンの兄弟って、ああ、バイロウさんとジュウロウさんね。
ロウが入ってるからってことか?
それは言い掛かりもいい所だろう。
て、いうか、敵を前にしてイチャイチャするな!
カップルか!
俺はその言葉を呑みこむ。俺が言うまでもなく、メイル領の人々が大将を凄い形相で睨んでいたから、俺が出る幕はなさそうだ。
腕に抱き着く女性たちの視線を見逃す諏訪さん。
鈍感すぎる。
諏訪さんの神経の図太さはいいとして、バイロウ達を知っているってことは、
「諏訪さん、クガン領と戦ったんですか?」
「まあね。戦ったって言っても『魚釣り』でだけど」
「そうなんですか……」
「でも、クガン領の異世界人は姿見せなかったな。てっきり土通ちゃんがいると思ったんだけど、残念だ。彼女、魚釣りとか嫌いそうだから、参加しなかったのかな?」
「そうですか?」
むしろ、釣った魚の血抜きを好んで行っていそうなイメージなのだけど。釣り竿は持たずに、ナイフを持って防波堤を歩き回ってることだろう。
土通さんの話題になった俺と諏訪さん。
異世界人との戦の話題になったので、これをきっかけに、今回の戦は俺と諏訪さんは不参加にしないかと切り出そうとするが――
「お前たち! 敵の前でそんなことをして恥ずかしいと思わないのか! 特にフブキ、アス、ス―ノ! お前たちは上に立つ者として皆を纏めなければ行けないだろう! 少しはコウリを見習え!」
シンユキさんの怒声でかき消された。
彼女の言葉に一人の女性が口を尖らす、諏訪さんの右手に抱き着いていた女性。なんというか、キャバクラにでも良そうな格好で抱き着いていた。
「コウリを見習えって――コウリは男じゃん」
「それは……そうだけど! でも、アス。少しくらいは私に格好つけさせてくれたって……」
「はいはい。って、ことだから、コウリ。後よろしく!」
諏訪さんの背後に隠れていたのは、シンユキさんだけではないようだ。
ケインよりも少し年上と言ったところだろうか。
頭を丸めた高校球児のような男が、
「ちっす!」
と、良く分からない挨拶をしてきた。
小柄な体系に坊主。
顔はちょっと可愛い感じで素朴さが残っている。礼儀は正しいのだろうけど、この場では浮いていた。
「俺は別に男でも構わないぜ? 性別を超えて惚れさせちまう俺の魅力が悪いんだからな」
メイル領の先頭で挨拶したコウリ。自分の仕事はそれで終わりだと、元いた場所に戻る少年に諏訪さんがウィンクと共に言う。
渋い声と茶目っ気ある行動。
黄色い声があがらないわけがない。
「キャー、キャー」と騒ぐ女性の声に紛れて、俺の隣から笑い声が聞こえていた。
カナツさんだった。
我らが大将は、メイル領の変わりようを見て、腹を抱えて地面を転げていた。
「なに、シンユキ! 異世界人に大将の座奪われちゃってるの!? それでそんな一人だけむきになってるってこと。ぷぷぷ。かわいいなー。そんなシンユキも可愛いよ」
諏訪さんの言葉を真似て挑発する。
「うるさい!」
「はっ。そんな酷い領にアイリが行ったら可哀そうだよ。だから、このまま戦わずに身を引いてくれれば、これ以上、恥をかかなくて済むと思うよ?」
「お前……!」
『旗取り』が始まる前に、この場で大将同士の戦が始まっていた。弱みを見せてしまっているシンユキさんの方が不利だった。
この状況では、何をいってもカラマリ領には通じないと思ったのか、両手の拳を握って下唇を噛む。
……。
なんだろうな。
なんか、凄い少女漫画のヒロインっぽい。
それに比べて、カナツさんは――「大将として命令に背かれるとな情けないよねー」と、追い打ちをかけていた。
その様は決してヒロインではないな。
意地の悪いただの噛ませ犬だ。
そして、だとすれば当然、王子様はいるわけで―――、
「いくら、可愛いお嬢ちゃんでも、シンユキを馬鹿にするのは許せないな」
メイル領の王子様――諏訪さんが怒った。
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