36話 仲間同士の殺し合い

「どけ! こいつは俺の獲物だ!」


「ふざけんな! お前こそ邪魔をするな!!」


 二人の騎士が俺を巡って争う。

 互いを殺す勢いで、手に握る剣を振るう。その光景に、狙われているのは俺だと分かっていても、思わず口を開けたまま引き攣ってしまう。

 だって、この2人、同じハクハの騎士で仲間なんだぜ?


 ハクハ領の街中。

 鎧を身に着けた二人の男たちが、どちらが先に俺を殺すのか戦い始めた。仲間同士で本気で命を奪い合う。


 これがシンリの考えていたことだった。

 ただ、レベルを上げるだけじゃ意味がないと。言うなれば、俺を報酬として一種の大会が開かれたのだ。


「だからと言って、本気で殺し合うなよ」


 俺は量産される速度は限界がある。カラマリはその期間を計算して、スケジュールを組んでくれていたが、シンリは、その間に少しでも騎士を強くしようとしたようだ。


 本気の殺し合い。

 それこそが技術値が最も上がる方法だと。潜ってきた修羅場の数が違うと言うのであれば、修羅場を作ればいい。

 本当、とんでもない理論だな……。

 だが、その理論を騎士たちは実行していた。


「こいつを倒して、俺が幹部の一人になるんだよ!」


「お前みたいな雑魚が幹部になったら、それこそ、ハクハもお終いだ!」


 剣と剣を交えて叫ぶ。

 交差する剣と視線をぶつけ、二人の騎士の動きは止まる。


 騎士たちに与えられた条件。

 それは、俺を殺して、もっともレベルが上がった一人を、幹部に上げるというものだった。弱肉強食のハクハにとって、幹部になれば、一生楽する権利が与えられるのだ。


 なお、現在、ハクハには3人の幹部がいる。

 一人は俺を誘導してくれたユウラン。ケインと同年代でありながらも、彼もまたハクハの幹部として人の上に立っていた。

 ケインよりもしっかりしてるしな。


 他の二人は――説明したいが、残念ながら、まだ、会ったことがない。幹部の特権として、全てを自由にする権利を与えられているからか、一向に姿を見せない。


 ユウランも、本当ならば、シンリの命に従い、カラマリに出向いたり、俺の案内をしなくてもいいが、本人曰く、「幹部でシンリ様に逆らう人間はいないよ?」だそうだ。

 むしろ、命じられることが誇りであると。


 こんな美少年にそこまで言わせるとは、とんだカリスマ性を持っているのだな。


 幹部が優遇される代わりに、一般の騎士たちは酷い目にあっているようだ。

 故に、必死で戦う騎士たちの心情も分かるが、俺だって、早々と殺されるわけには行かない。このふざけたゲームを生き延びなければならない理由があった。


「そーっと……」


 俺は気配を殺して争いの場から立ち去る。


 本当はさっさと殺されて、シンリの思い描く下らないゲームを終わらせたい。

 だが、シンリが俺に突きつけた条件は、日が暮れるまでに逃げ延びなければ、池井さんを殺すというものだった。


 俺が逃げなければ騎士たちの争いが続かない。

 だから、俺が本気で逃げる理由を作ったのだ。


 ……合わせてもくれないくせに、条件ばっかり付けやがって。

 嫌われる上司か!


「でも、まあ、俺の目的を叶えるのには好都合か」


 ポジティブに考えて生き延びないと。

 ハクハに来た一番の目的は池井さんを救うことだが、その他にもう一つ、俺には大きな目的があった。

その為には、一人で自由に逃げれるこの環境の方が、好都合だ。


「てなわけで、まずは、ハクハの大きさを確認するか」


 どこに何があるのか、知っておいた方がいいだろう。目的を達するためにも、ハクハの地形を把握しておかないと。

 逃げるのにも役立つしな。


 と、そうだ。

 ここらで、このふざけた殺し合いのゲームが、どうやって始まったのか語っておくか。なに、俺が、惨めにこそこそと逃げ回る姿を語りたくないわけじゃないぞ?

 ハクハの残酷さを知って貰いたいのだ。


 ゲームの開始は、俺の目覚めまでさかのぼる。

 昨夜、シンリとの会合を終え、部屋に案内された俺は、久しぶりにベットで眠ったからか、敵陣であるにも関わらずに爆睡してしまった。

 案内されたとはいえ、ここは敵の領。

 大口を開けて眠るには危険なのだが、別段、何かされた形跡もなく目を覚ました。ただ、そこで一つだけ問題が発生した。


 眼を覚ますと、横にユウランがいた。

 同じベッドで眠っていたのだ。

 いや、寝顔は女の子にしか見えないな……。しかも、あの、生足が俺の胴体に絡みついているし。男だと分かっていても、少しだけ変な気分になるな。


「……さて、どうするか」


 上半身、下半身共に抱き着かれては身動きが取れない。

 天使のような寝顔を、妨害したくないしな……。

 しょうがない。

 二度寝するか。

 動けないんじゃどうしよもないもんな。

……二度寝最高!


 しかし、俺は再び眠りに入ることは許されなかった。


「あー、眼覚ましましたー?」


「……起きてたんだ」


「はい。いや、同じ布団で抱き着いてたら、リョータはどうするかなって」


「なにもしないに決まってるだろ! そんな理由で俺のベットに入るなよ?」


「駄目ですか? 別に僕の勝手でしょ? それに、このベットはハクハの所有物なんですから」


「いや、まあ、そうだけど……」


 ん?

 そうなのか?

 俺に拒否権はないのか?

 このベットが誰のモノかなんて、今、関係ないよな?


「さてと。うん。目を覚ましたことをシンリ様に伝えにいこうかなー。他の皆はもう準備終わってるころだから、丁度いいか!」


「……?」


 訳が分からぬまま身支度を整える。

 ハクハにいるんだから、あんな貧乏くさい服は着ないでくださいと、カラマリ領から着てきた服は目の前で燃やされた。

 まあ、カラマリ領に戻れば予備はあるんだけどさ。

 仕方なしに、俺はユウランが用意した服に袖を通す。


 ……。

 なんていうのかな。

 これ、イケメンが着れば格好いいけど、俺が着るとショボく見えるな。つーか、黒いマントとか用意するなよ。なんで、俺までシンリとペアルックしなきゃいけないんだ。

 見てないところで風呂敷にでも使ってやる。


 着替えを終え、ユウランに連れられて玉座の前に向かった。


「うお……凄いな。圧巻だ」


 ユウランが部屋に入ると、「ピッ」と全員が同時に敬礼した。テレビで海外の兵隊の行進とか見たことあるけど、生で見ると迫力がヤバいな。

 一糸乱れぬとはまさにこのことか。


「シンリ様、リョータを連れてきました」


 ご苦労だったとユウランを労う。

 俺には朝の挨拶もなしだ。

 挨拶できない大人は、社会人失格だぜ! とは言えなかった。


「では、これから、貴様らには殺し合いを行ってもらう」


 と、そう言ってこのゲームは始まった。バトルロワイヤルもびっくりな急展開である。


 開始直後は、城の中に身を隠そうと思ったが、百人以上いる兵士たちを見て、遠くに逃げることにした。

 しかし、俺の全速力空しく、開始直後に二人の兵士に見つかったのが現状だった。

 その二人を巻くことに成功した俺は、脚を止めて息を整える。


「てか、普通、互いに殺し合わせて技術値を高めようなんて、考えないだろ?」


 サキヒデさんの『俺殺しサイクル』が可愛く見えるぜ。

 まあ、カラマリ領でも技術値を上げるために試合形式は行っていたが、流石に、本気で殺し合いはしなかった。


 いや、今はハクハに蔓延る風習なんてどうでもいい。

 俺が考えるべきは、


「日暮れまで逃げることだ」


 なにをするにもそれが第一だ。

 城に近づくのも夜中が理想だろう。その時には警備も薄くなっているだろうし。


 ハクハの街並みは、石煉瓦で補導された洋風な街並みだった。

森の中よりも断然、異世界の雰囲気は出ている。カラマリ領も人がいなきゃ、原始時代にタイムスリップしたのかなと疑うレベルだもん。


 カラマリに比べれば近代的な建物。

 長方形の建築物の隙間に小路がある。そして、そのスペースには木箱や木袋が置かれていた。もしかしたら、ここは食事処か何かなのかも知れない。

 いい匂いがするし。

 無事、逃げきれたら、ここで飯でも食うか。カラマリの金貨って、ハクハでも使えるかな? 終了後の楽しみを見つけた俺は、意気揚々とある作戦を実行した。


 空いた木箱の中に身を隠したのだ。

尾行とかで、よく使われるあの手法である。俺のいた世界で、現実にこれを使えば、「いや、それで尾行とか無理だろ」と思うだろうが、ここは異世界。

 この技術はないだろうから、有効なはずだ。


 現に、


「くそ、あいつが邪魔しなければ!」


 先ほどの俺を襲った男が、荒げた声を上げながら、俺のいる小路を通り過ぎていった。ちらりと見えた剣が赤く染まっていたのは気のせいだろうか。

 まさか、殺したわけじゃないよな……。


「……今は、人のことより自分のことか」


 小路の先は行き止まり。隠れることで体力の温存は出来るメリットはあるが、見つかったらおしまいだ。


 相手のステータスやレベルを、俺は確認できない。

しかし、幹部を目指しているとなると、精々20~30と言ったところか。

 ま、レベル10超えたあたりで、俺より運動能力が高いのは間違いないんだけど。

 単純な脚力勝負じゃ勝てる訳がない。


 だから、俺が勝負すべきは頭脳戦と心理戦。

 ……おいおいおい。

 俺の得意分野・・・・・・じゃないか。


 言っとくけど、俺、高校の時結構成績良かったんだぜ?

 なんと、成績はいつも10番台だ。

 クラス単位だけどな。


 クラスは30人くらいだから――うん、中の上だ。

 いや、でも、ほら、頭脳戦って単純な成績じゃ測れないじゃない?

 陣取り的なネットゲームで、俺、結構活躍したりしてたし。


「まあ、この場合、本当に必要なのは頭脳でも心理分析でもなく、我慢なんだろうけどな」


 自分の勝手に思い描く恐怖に負けて、絶好の隠れ場所から、自ら飛び出す。『かくれんぼ』で、それが一番やってはいけない事だ。


 故に俺は耐える。


「忍者とは忍び耐える者だ」


 そんな言葉が脳を駆け巡る。

 俺、忍者でもなんでもないんだけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る