四章 ハクハ領の救出作戦
35話 ハクハ領
ハクハ領。
それは、現在の〈統一杯〉でもっとも優勝に近いとされている領である。
今回の〈統一杯〉だけでなく、前回も優勝していたようだ。これまでの、優勝回数は、六領の中で最も多いらしい。
いわゆる、絶対的王者という奴だ。
二度に渡り王者として居座り続けてる領に、俺はカラマリ領を出て、単身やってきた。
今まで助けてくれていたカナツさん達はいない。
完全に一人だ。
こればかりはしょうがない。
シンリが俺一人で来ることを命じているのだから。俺がハクハに一人乗り込んだ理由――一か月前にユウランに突きつけられた条件を受け入れた。
『経験値』としてハクハの元にくることを。
それを提案した男が――俺の前で優雅に膝を組む。
……足長いな、この人。
典型的な日本人体系の俺には羨ましい限りである。身長も平均に本当に僅かに届かない俺にとって理想の体型と言える。
だが、体形が理想でも内容はむしろ嫌いである。
「ふっ……。わざわざ、殺されると分かってくるとはな」
跪きく俺にシンリが言う。
その視線は人を見る目でない。
俺は、この男の視界に人として入っていないのか。ただ『経験値』。人が食用に加工された肉を見るのと同じだ。
むしろ、経験値に話しかけているだけ有難く思えと、傲慢で高圧的な態度である。
「人質を取ってるくせに、よく、そんな事が言えますね」
「人質……? 不要な人間は殺すと言っただけだ。それをお前が勝手に止めようとしているだけだろう」
「……」
俺はやっぱりシンリが嫌いだ。
先輩の如くに、例え異世界だろうが、殺すのが悪いだなんていうつもりはない。育った環境、生まれた世界にまで、平和ボケした正義論を持ち出す気はない。
しかし、だからと言って、不要だから殺すという理由は許容できなかった。それは、その昔、俺自身が『要らない物』と称されていたからなのかも知れないけど。
「もー。一応、客人って形で読んでるけどさ、あんまりシンリ様に無礼な態度を取らない方がいいよ? 僕もだけど――他の奴らがいたら、リョータ、今頃死んでるよ?」
出過ぎた真似は命を縮めるよとユウラン。
可愛い顔して怖いことを言ってくれる。
「……そうかよ」
玉座の周囲にはお洒落なつもりだろうか、黒い布が垂らされていた。
その中心に俺とかカナツさんが座れば、恐ろしく不釣り合いだろうが、シンリが座ると芸術と呼ぶに相応しい高貴さが満ちていた。
カナツさんは座布団の上で胡坐掻いてる方が似合うもんね。
そして、シンリが座る餃子に続くように毛並みの高い黒毛で作られた絨毯が、一本の道となって入り口から続いていた。
その中心に俺は膝を着いている。
なんで、こんな忠誠を誓うみたいな恰好をさせられなければならないのだ。
俺はシンリに従うつもりはこれっぽっちもない。
「さて、リョータには、これから経験値として働いてもらおうと思うんだけど――なにか、条件とかあるなら教えてね? もし、嘘でも吐こうものなら、センジュは殺すから」
「……あのさ、ここで俺が何言っても信じられないだろ? だから、〈戦柱(モノリス)〉に触れて自分の眼で確認した方がいいんじゃないか?」
アサイド領の〈戦柱(モノリス)〉に触れた時にも文字は浮かび上がっていた。そうやって確認した方が嘘はないと思うのだけれど、許可は下りなかった。
「それは駄目だよー。もし、リョータが〈戦柱(モノリス)〉を壊そうとして、罰がハクハ領に下ったら最悪だもん」
「そんなことしないっつーの」
むしろ、そんな残酷な案を思い付かなかったわ。
壊しはしない。
触れるだけで良かったんだけどな……。まあ、恐ろしいアイデアを手にしたと喜ぼう。絶対実行してやるから覚悟しとけよ。
「で、俺の能力の条件だったよな。強いて言えば、量産される速度は三日に一度程度だ。その速度以上で殺されると、俺が死ぬってくらいだな」
「うーん、殺し放題じゃないんだ」
「まあな。あと、死ぬと生み出されているから、カラマリ領に戻るってことも覚えておいてくれ」
「なるほど……。となると、殺す前にカラマリ領に何人か派遣したほうが良いってことですね。思いのほか面倒臭そうです」
「あ、それから、一番重要なことがある」
「なにかな?」
「殺す時の痛みは一瞬で終わらせてくれ」
俺に取って――これが一番大事だった。
痛いの反対!
◇
「ここが、あなたが暮らすための場所です。殺されるだけとはいえ、生活する環境くらいは与えないと駄目ですからね!」
ユウランの後に続いて俺はハクハの城を歩いて行く。城なんて日本式のお城しか行ったことがない。西洋チックな城なんて、夢の国の遊園地で一度入っただけだ。
それも幼稚園の時だ
あれ?
アトラクションあったんだっけ?
なにか、違う乗り物と間違えているんじゃないかと、異世界に来て不安になるが、確かめることはできない。
先輩なら知ってるかな? 取り敢えず〈紫骨の亡霊〉からは逃げていたとカナツさんは言っているけど、今度、もう一度ゆっくり話したい。その時に聞いてみるか。
あ、でも、そういうのは女の子の土通さんの方が――いや、なんでもない。土通さんだったら、「夢の国? だったら眠った方が良い夢が見れるわよ」とかいいそうだからなー。
「って、そうか。別にここには池井さんがいるから、池井さんに聞けばいいのか」
見るからに遊園地とか好きそうだし。
可愛いマスコットのキーホルダーとか付いてるし。
「ねえ、池井さんはどこにいるの? 本当に無事なのか確認したいんだけど?」
実はもう殺されてました。
なんて展開がありそうだから困る。俺はこのまま無駄に働かされるのではないかとユウランに質問するが、
「まだ、ハクハの役に立ってない人間に、教えることはなにも在りません。むしろ、こうして案内してることに感謝して欲しいくらいだよ」
「……」
シンリの悪影響を受けていた。
こんな可愛い少年を悪の道に落とすとは。ケインを救った俺とは大違いだな。
「でも、確かに意外だな。ハクハが部屋まで用意してくれるとはな」
しかも、割と豪華である。
見るからにふわっふっわなベット。
しかも天蓋付きだ。
言いたくはないけれど、カラマリが俺に与えてくれた平家より、高級感はある。あっちは只の木製の小屋だもんな。
これが嘗ての〈統一杯〉で一位を取った領と最下位の差か。
「ひどいですねー。カラマリと仲悪いからって、勝手に決めつけないでくださいよ」
「勝手じゃないと思うけどな」
お前たちは残虐な行為を取っているだろうが。
主力は手を出さずに武器の優位性を確かめたりな。嫌味を込めて俺は強気で言う。直ぐに殺されることがないと分かった俺は、少しばかり責めてみた。
どんな冒険心だよ。
「ですから、それも僕たちは悪くないでしょう。確かにどれだけ戦えるのかと、調べていたのは事実です。でも、渡り合えるだけの力は与えたのです。それで負けるのは本人達の責任ですよ」
それがハクハの考え方だという。
力を示せば生き残り、力がなければ負ける。
弱肉強食だからこそ、平等に屠る場は与えていると。
「ま、リョータは余計なこと考えないで、この部屋でゆっくり休んでいてくださいよ。出番が来たら教えますから」
「……」
俺は大人しく休ませてもらうことにした。これから、何をされるか分からない。今のうちに休んでおこう。
それは正解だった。
だが、俺が思うよりも、遥かに恐ろしいレベルアップ方法を、ハクハは考えていた。
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