二章 もう一人の異世界人は毒舌少女

11話 傷付いた策士

 ハンディ戦の翌日。

 たった一人の大将に敗北した、カラマリ領の空気は重かった。


「だからって、来ないのはなしだろ……」


 一週間に一度のお仕事の日。シンリ一人に敗北したショックは分かるけど、勝てないならレベルを上げればいいじゃんか。

 何故、誰も来ないのか。

 なんて、実際に心配しているのは、今週の生活費のことなんだけど。


「……いや、来てくれないと俺、今週生活できないんだよね」


 先週、特別報酬として頂いていた金貨5枚は、既に亡くなっていた。昨日の戦を見るために馬を二頭借りたことと、ケインへのご馳走。

 それだけで全て使い切ってしまったのだ。


 異世界で貯金なんてするつもりのない俺は、残金ゼロ。

 このままでは餓死してしまう。


「……餓死しても俺は生き返るのかな?」


 まあ、生き返るんだろうな。

 だからと言って、そんな死に方は選びたくないんだけど。


「駄目だ。会いに行こう」


 俺は、いつまで待ってもこないと業を濁し、天守閣に向かうことにした。今日は確かレベルの低い兵士の日だった。彼が来ないのは個人の意思かも知れないが、俺が直接文句を言うのは筋が違う。

 もしも、ハクハ領にビビったのだとしたら、主力たちが励まさねばならないのだ。

 そんな訳で俺は自ら大将に話を付けに行くのであった。

 

 俺の殺され部屋――そんな部屋作って欲しくはないけれど、まあ、それだけ重宝されていると思うので良しとしよう。

 部屋を出た俺は階段を登る。

 天守閣まで誰ともすれ違うことはなかった。

 階段を上り、もうすぐ最上階だと息を整える。これから文句を言うのに呼吸が荒れてたら格好悪いからな。すると、天守閣から怒鳴り声が聞こえてきた。


「それは、私が不要と言うことなのですか!? 頭脳としても必要ないと――大将はそう言いたいわけなのですか!」


 口調は荒くなってはいるが、丁寧な言葉使いは変わっていない。

 どうやら、怒鳴っているのはサキヒデさんのようだ。

 一体、なんで揉めているのかと、階段から顔を上げて覗き込む。他の人ならともかく、サキヒデさんが怒鳴る姿が想像できないのだ。


「いや、別にそこまでは言ってないって。ただ、そうした方が私たちのためになると考えたの。それはサキヒデも良く分かってるでしょ?」


 サキヒデさんが怒鳴っていた相手はカナツさん。カラマリ領のトップに噛みついていた。 


「分かりませんね……。これはただ、無様に怪我をした私への警告にしか思えません!」


「それを言ったら、無様なのは皆同じだよ? サキヒデだけじゃない。その怪我を責める人間は、誰もいないよ」


 どうやら、ハンディ戦のことで揉めているらしい。サキヒデさんが〈ハンディ戦〉で負った怪我――肩を白い布で固定していた。

 それはシンリの持つ『拳銃』で貫かれた後だ。

 命に別状はなかったが、大怪我であることには変わりはない。いくら、レベルの高いサキヒデさんでもそうそう簡単には治らないようだ。


「ならば、何故、次の戦から私を外すのですか!」


 ああ、なるほどね。

 俺はここで、なんでサキヒデさんが怒っているのか理解した。


〈ハンディ戦〉が終わり、三日後にはランク最下位との戦いが控えている。〈ハンディ戦〉はあくまでも上位二つの領を疲弊させるためのイベントでしかない。

 これからが――本番なのだ。

 順位が変動する戦。


 その戦いに、怪我をしたサキヒデさんは参加させないとカナツさんが指示したらしい。

 

 しかし、サキヒデさんは例え怪我をしても、策士として戦ってきたプライドがある。前線には立てなくとも、バックアップをするくらいは出来るのだと、戦への参加を熱望しているようだった。


「だから、サキヒデには他にやって貰いたいことがあるんだって!」


「今の私に戦に参加する以外にやるべきことなど一つもありません!!」


「まずは話を聞いてよ、サキヒデってそう言うところあるよね……」


 サキヒデさんは、きっと、『怪我を負った』ことが許せないのだ。例え、それが未知の『武器』である『拳銃』だったとしても、撤退する要因は自分に合ったと思い込んでるらしい。

 その思い込みは誰がなんと言っても解消されることはない。次の戦で活躍するしかないと本人が信じ込んでいた。


 あー、こういう人いるよね。

 現に俺の勤めてた会社にもいたし。ミスしたら、自分の決めた方法でしか挽回しようとしない人。それが決して悪いとは言わないけど、忙しい時期にやられるとめっちゃ迷惑だよね。

 周囲が良いって言ってるからいいのに。


 しかも、そういう人に限って、普段バリバリに結果を残してるから、少しくらいのミスは誰も気にしていないのに。


 完璧主義な人に在りがちだ。

 完璧主義のあるあるだ。


 仕方ない。

 ここは俺が姿を見せて話の流れを変えてやるか。


「どーも、お話し中すいません。下で待っていたのに誰も来ないんですけど……?」


 二人の話はなにも聞いてませんよー。

 今来ましたよー。

 そんな雰囲気を纏いながら俺は天守閣に上がった。


「ああ、そうか。リョータに言い忘れてたね! ほら、先日の戦いで一度殺しちゃったから、今日の分として、前借ってことにしたんだ。ごめんね!」


「…………」


 そうか。決して空気が重いから逃げた訳じゃないのか……。でもさ、そんな大事なことを当事者に伝えないって中々酷くないか?


 まあ、両手を合わせて謝る可愛らしい仕草に免じて許すんだけど。

 報酬もしっかり貰えるみたいだし。


「あ、そう言えば二人は何の話をしてるんですかー?」


 盗み聞きをして、大体の話は知っているのだけれど、なんにも知りませんと言った顔で、白々しく聞いた。こういうのは、堂々とした方がバレないのだ。

 我ながら名演技だ。


「……話を聞いていたから知ってるでしょう」


「私はリョータのそういう所が気に入ってるよ?」


 俺が盗み聞いているのは、お二人にバレていた。サキヒデさんは、怪我をしていない左手で眼鏡の位置を直し、カナツさんは俺に報酬を渡しながら頭を撫でた。

 

 うわー。

 超恥ずかしいじゃん。

 澄まし顔で「なにかあったんですか?」なんて格好つけなければ良かった。


「お、俺はともかくとして、ほら、なんかカナツさんは言いたいことがあったんでしょ? 言うなら今がチャンスですよ!」


 俺がいなければサキヒデさんは、話を突っぱねて聞かないだろうが、今は俺が同席している状態。少なくともカナツさんが話をするくらいは出来るはず。

 カナツさんは聞き入れて貰えなかった続きの内容を話す。


「サキヒデにはとある特別な任務を任せたくてさ」


「特別だなんて言葉で誤魔化せるほど、私は馬鹿じゃないですがね」


 チクリと棘を指すサキヒデさん。

 もう。

 ここまで来たら普通に話を聞いていただきたい。だが、流石は大将だ。小さな棘を抜くことなく言葉を続けた。


「サキヒデにはこれより、クガン領に向かって貰いたいんだ」


「なっ! 何でですか!? 今からクガン領に行って何をするのですか!?」


 えっと……。

 俺は頭の中からクガン領という言葉を検索する。

 確か現在ランキング5位の領だったよね……? こないだケインをご馳走する時に、ハクハ領と戦う相手だって言っていた気がする。


 つまり、クガン領も俺達と同じく戦が控えている状態である。

 そんな領に、急に訪ねても邪魔者扱いされ、門前払いを受けるだけだとサキヒデさん。うーん。これはサキヒデさんの言うことが正しいな。

 カナツさんが何を考えているのか、俺にも分からない。


「この時期だからこそ行くんだよ! シンリが持っていた『武器』を教えなきゃ! あれは知っていなければ、対処できない。私達の二の舞になるのを避けさせるの」


「……そんな事をしてなんになるのですか?」


「あれは初見じゃ対処できない。だとしたら、クガン領が負けるのは確実じゃない。それってつまり、私達が最下位の相手に勝っても、順位に変動はないんだよ」


 確かに事前に武器の情報を知っているのといないのでは、移す行動に差が生まれる。

 もしも、シンリが拳銃を持っていることを知っていたならば、〈ハンディ戦〉は違う結末になったかもしれない。

 その違う結末を、クガン領に与えようという訳だ。

 少しでもハクハ領に追いつくために。


「クガン領とカラマリ領は、他の領と比べて多少は友好関係が築けているから、これはチャンスなんだよ」


「しかし、私でなくても!」


「サキヒデ……行ってくれるな?」


 これは大将の命令だと――強い視線で命じたのだった。

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