10話 敗北のハンディ戦
死んだ俺が目を覚ますのは、いつもの畑だった。
「なにが起こったんだ?」
俺はシンリに突進をしようとして――そこからの記憶がない。だが、一つだけ分かるのは、ここにいるということは、俺は殺された。
それだけは理解できた。
「カナツさんとクロタカさんは大丈夫なのか?」
俺が囮になると、時間を稼ぐと言い切った。なのに――、真っ先に俺が死んでは意味がない。夕暮れにも関わらず、せっせと農作物を作る俺(ぶんしん)が、この時ばかりは羨ましく思えた。
「とにかく、戻らないと!」
畑の中で働く俺は無表情で、死んだような顔をしている。全く、俺(オリジナル)がこんなに焦っているのにいい気なものだ。
その間抜け面を張り飛ばしたくなる。
試しに近くにいた一人を小突いてみた。
……。
滅茶苦茶虚しかった。
自分と同じ顔の分身に八つ当たりという、無意味な時間を取り戻すべく、畑から飛び出す。もう一度馬を借りれる程度には、金貨は残っている。
俺は迷わず金貨を使う。
手元に残ったお金は零に近づいたけど、そんなことはどうでもいい。
まさかとは思うけれど、クロタカさんとナツカさん。二人そろってあの化け物にやられているなんてことないよね……。
最悪の展開が脳裏をよぎる。
俺は二人が今も戦っているかもしれない領境に駆けだした。
一人、森の中を走っていると、前方に傷を負ったサキヒデさんを抱えるアイリさん達に出会った。
そうか。
アイリさん達が撤退するよりも、俺が死ぬ方が速かったのか。
「リョータ!? 大将は?」
アイリさんが俺に詰め寄る。俺と鉢合わせになるというのがどういうことなのか、アイリさんは瞬時に理解したようだった。
肩を貸していたサキヒデさんがバランスを崩して崩れ落ちた。いくらレベルがあろうとも、『痛み』はなくならないらしい。
脂汗を浮かべる策士を見ながら答える。
「分からないです。俺が囮になるって言ったんですけど、殺されてしまって……」
足止めすら満足に行えない自分の弱さ。
もしも、これで二人が死んでしまっていたのならば、俺はどんな顔をして、アイリさん達と暮らせばいいのか――いや、カラマリ領には居れなくなるだろうな
だから、
「俺、もう一度様子見てきます。もしかしたら、まだ、戦ってるかもしれないし、今度こそ囮になってみせます」
『経験値』として何度も死ねるならば、死にきるまで食らいつく。
「そっか。じゃあ、私も一緒に行く。ここまで来れば、シンリも追ってこないもんね」
「……ありがとうございます」
助かった。
1人よりも俄然心強い。サキヒデけさんをケインに任せて、馬を連れていた兵士から譲り受けた。
「じゃあ、行こうかー!」
「はい!」
並んで風を切る。
森の中は平地と違って走りにくいが、アイリさんは俺が走りやすい道を選んでくれていた。こんな時まで気を使わせているのかよ。
「ねぇ……」
前を走るアイリさんの言葉が、風に乗って聞こえてきた。
「はい! なんでしょう!!」
「リョータは、あの武器のこと知ってるの?」
「……まあ、少しだけですけど」
遠距離から引き金を引くだけで銃弾が飛び、人を殺めることが出来る。俺達の世界でも――その気になれば手軽に入手できる殺傷能力の高い兵器であることを告げた。
「そんな武器を相手に……大丈夫かな?」
アイリさんが速度を上げる。俺はその背を必死に追う。
すると、ハクハ領の方角から――二つの影が現れた。まさか、ハクハ領の人間が、弱った
しかし、アイリさんはその二人を見て、更に加速した。
そうなると敵じゃないのか。
ならば――、
「カナツさん! クロタカさん!」
人影の正体は、赤く血に染まったクロタカさんとカナツさんだった。
「無事だったんですか……」
良かった。
クロタカさんも怪我をしてはいるみたいだけれど、でも、普通に動けるようだ。俺がしっかり足止めをしていれば、こんな怪我をしなくても良かっただろうに。
申し訳なさから俺はクロタカさんに頭を下げた。
「すいません」
「……なんでリョータが謝るんだよー! 謝るならクロタカの方でしょ?」
頭を深く下げた俺を見て、カナツさんが呆れて言う。
「えーっと……?」
「あ、やっぱ、気付いてない? あのね、リョータを殺したのはシンリじゃなくて――クロタカだよ?」
「は!?」
衝撃の事実に、俺は勢いよく頭を上げた。いや、てっきり俺はシンリに殺されたものだと思っていた。
だが、それは俺の勘違いだったようで、俺の決死のタックルが当たることがなかったのは、シンリの前にいたクロタカさんに妨害されたから。
そういうことらしい。
いや、……そういうことってどういうことだよ?
俺、仲間に殺されたのか? 助けようとした相手に殺されたのか?
カナツさんに聞いた。
「分かりやすく言うと、クロタカはリョータの血しぶきを目くらましに使ったんだよ」
俺は死んでも死体は残る。
分身に戻るのは意識だけ。ならば、体に流れる血液は朽ちるまでそのままだ。その特性を利用して、クロタカさんは、目くらましに使ったらしい。
「『経験値』もシンリに渡さないし、確実に逃げれるいい案でしょ……? でも、次は倒すよ」
クロタカさんが、俺を殺したことなんてどうでもいいと、大きく欠伸をする。あのままでは自分の命が危ないと気付いていたのか。
大人しく命令に従ってくれて良かったと、アイリに耳打ちをする大将。カナツさんにとって、一番の心配はクロタカさんが撤退を素直に受け入れるかだった。
「ごめんね。リョータを殺して逃げちゃって……」
「いえ、上手く逃げれたみたいですから、全然、大丈夫です!」
ハンディ戦。
カラマリ領は一位の相手に傷を負わせることなく、命がけで逃げるという結果で終わった。
◇
天守閣。
俺はとある話し合いに参加していた。
大将であるナツカさん。
参謀のサキヒデさん。
そしてアイリさんだ。
三人と話している議題は、何故、シンリが俺が居た世界の『武器』を持っていたのかということだ。話し合いに参加と言うことになっているが――どうやら、少しだけ、俺を疑っているらしい。
そりゃそうだ。
〈統一杯〉で呼び出された異世界人は俺なんだ。
1人しかいないなら、その1人を疑うのは当たり前だ。
まあ、疑ってるのはサキヒデさんだけなんだけど。
「これまで、〈統一杯〉に置いて、呼び出される人間は一人だけ。つまり、その一人が、情報を流した可能性が高いですね」
「でも、そんな人間が、命がけで味方を助けますか?」
「それも怪しいんですよね。いくらなんでも、日頃から苦手意識を持っていたクロタカを助ける為に、自分が犠牲になりますか?」
「それは……」
まあ、言われてみれば確かにそうなんだけれども。
でも、ほら、俺って格好つけだし、目の前で仲間が死ぬのも、ちょっとは勘弁願いたい。その程度の気持ちで犠牲になったわけだ。
犠牲はちょっと言い過ぎか。
別に本当に死ぬわけでもないんだし。
痛い思いを済めばいいだけ。
それくらいなら、耐えてもいいかと思ったのだが。
「今思えば――自分から進んで『経験値』になることを受け入れるなんておかしいですよ!」
「えー」
それをサキヒデさんが言いますか。俺を殺して『経験値』を得る代わりに報酬を渡す契約の発案者はあなたじゃないですか。
策士さんよぉ!
「気持ちは分かるけど、少し落ち着いたらー? 怒ると怪我に悪いよ?」
アイリさんが「ぎゅー」とサキヒデさんを抱きしめる。
どうやら、拳銃で撃たれたことで、少し、思考が乱れてしまっているようだ。数日もすれば落ち着くだろうけど……。
「そうだ。アイリの言う通りだよ? それを言い出したらキリがないし、それに私たちが、リョータお陰でレベルが高いのも事実じゃん。未知の『武器』に怪我を負わされて悔しいのは分かるけど、ちょっと言い過ぎだよ?」
「……しかし、大将!」
「今はそんなことを言っても仕方がないんじゃないかな? 仮にリョータが裏切者ならば、これから見張りを付ければいいだけだしさ」
「……分かりました」
「リョータもそれでいいかな?」
「俺は別に構わないけど……」
見張られても特になにもしてないしな。
「じゃあ、リョータはそれでいいとして、もしも裏切ってないのに、ハクハが未知の『武器』を手にしてた場合はどうなるのかな?」
アイリさんが手を挙げて発言する。
間の抜けた口調は話し合いの場にそぐわないが、話しの流れを戻すには十分であった。
「そう。それが問題だ。まさかとは思うが――私に一つ思い当たる節がある」
「奇遇だねー。私もあるよ?」
二人は互いの顔を見合わせる。
そして、アイリが言った。
「ハクハ領にも〈戦柱(モノリス)〉から呼び出された人がいることかな……。でも、それは考えられないんだけど」
「私も同じ意見! でも、これまでの歴史で、〈統一杯〉に不思議な力を持った人間が現れないことはあったけど、複数人、現れたなんて聞いたこともないよ。ましてや相手は連勝中のハクハ領。バランスが悪すぎるんだよね」
「……となると、たまたま似たような『武器』を作ったってことなのかな? リョータの話をきくと、この世界、日本って国と似てるみたいだし、可能性はあるよね」
「ああ。ともかく、今後ともハクハ領と戦う時は気を付けたほうがいいだろう」
結局、対策は俺の見張りだけか。
まあ、少なくとも未知の武器を持っていることを知り得ただけハンディ戦の成果と思おうと、ナツカさんが前向きに笑った。
◇
ハクハ領。
そこは森の中に位置するカラマリの城を和風とするならば、山の上に立つハクハの城は洋風の城と言うべきだろう。
城下町とも離れたその場所では、ハクハの主戦力たちが暮らしていた。
人が座るには、大きすぎる玉座。
そこに座っているのは、センリだった。
「あの男。この武器が何かを知っていたか……。となると、今回、〈統一杯〉で呼び出されたのは一人でないと言う訳か」
拳銃を眺めて呟く。
「少しはこの戦いも楽しくなりそうだ」
化け物と称される男は――嬉しそうに瞳を閉じた。
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