12話 クガン領ともう一人の異世界人

  クガン領へと向かうことを命じられたサキヒデさんは、納得していない表情のまま、即座にカラマリ領を出た。

 何人か、他の兵士を連れて行けとカナツさんは言ったのだけれど、「私は一人で充分です」と断った。クガン領に行くことには従うが、それ以上の命令には従う気はないということらしい。

 そんな訳で、一人で乗馬するサキヒデさん。

 俺はその背に話しかけた。


「あの、クガン領ってどこにあるんですかー? 結構遠いですか?」


「……」


 あれ?

 俺の声聞こえていないのか? サキヒデさんは見向きもしない。ならば、もう一度、今度はボリュームを上げて声を出すが、やはり、反応はない。


「……なるほど」


 策士の反応に一人頷く俺。

 俺の声が聞こえていない訳ではないだろう。となると、考えられることは、前を歩くサキヒデさんが、俺を無視することを決め込んでいるらしい。


 おいおい。


 策士が聞いて呆れるぜ。

 この俺にそんな勝負をしかけて何になると言うのだ。

 

 だが、まあ、冷静沈着な男が、みっともない行為をしているのだ。ここで、俺も同じように無視しては、只の子供の喧嘩になってしまう。


 無視されても話しかける。そんな大人の対応(いやがらせ)をしてやるか。


「おーい、サキヒデさん、無視しないでくださいよー」


「……」


「おーい! おーい!」


 何度かしつこく呼びかけるが――、

 うん。

 普通に話しかけただけでは駄目か。

 ならば、


「おい、悪徳眼鏡!」


 普通に悪口を言ってみた。

 なんだかんだと結局、俺も子供なのだ。引いて駄目なら押す。そんな単調な心理戦しかできなかった。いつもの策士ならば、俺の単純な思考など冷めた笑みで見通すだろうが、今は冷静ではない。


「さっきから五月蠅いですよ!」


 鋭い視線と共に振り向いた。


「あ、怒りました……?」


 取り敢えず、無視するのはやめてくれたみたいだ。

 あからさまに不機嫌だけど。

 まあ、その方がマシか。無視されると中学時代にクラス全員から無視されたというトラウマが蘇ってくるからな。


「大体、なんであなたが付いてきているのです? 自分の役目を忘れたのですか? ほら、早く帰って皆に『経験値』を与えてきてください」


 私に付いてきても、あなたに出来ることはありませんと追い返そうとする。

 しかし、だからと言って素直に俺も引き下がれないのだ。


「いやー、俺もそうしたいんですけど、大将命令なんで、仕方なーく付いてきてるんですよ」


 そう。

 何故ならば、これも大将命令。

 カナツさんが俺に指示したのだ。


「リョータも一緒に言ってやってくれ。レベルのない異世界人のお前がいれば、未知の『武器』についても信用してもらえるからな」


 だそうである。

 いや、実のところ、俺もサキヒデさんと全く同じことを考えていたのだ。サキヒデさんの穴を少しでも埋めるべく、レベル上げに貢献しようとしていた。

 俺も戦に集中すべきではないかと、カナツさんに聞いてみたところ、


「ああ。次の戦に勝つならそうした方がいいだろうけどさ、でも、私達が狙っているのは頂点だよ? どれだけ最下位を圧倒的に蹴散らそうが、ハクハに勝てなければ、一位には成り得ないじゃん」


 カナツさんが見据えているのは目先の勝利ではなかった。優勝するにはどうするのか。

 そのことを考えていたらしい。

 俺達よりも更に先を見据えていた。


〈統一杯〉は戦に勝つことで得られるPtの合計で決まる。だから、どれだけカラマリ領が勝とうが、ハクハ領が負けなければ、その差は縮まることはない。

 

 その為にはどうするか。

 まずは、ハクハの持つ『武器』を攻略する必要があると結論付けたらしい。流石は大将。よく考えているぜ。

 と、俺は感心したのだけど、


「って、アイリが言ってたよ」


 の一言で、若手芸人さながらにずっこけてしまった。カナツさんの作戦がアイリさんの受け売りなのはともかく、言っていることに間違いはない。

 幸いなことに次のハクハ領の対戦相手はクガン領。元より、カラマリと共戦を結んでいたこの状況は正に、ハクハを破るには相応しいと言えるだろう。


 そんな作戦を聞かされては、俺が反論する理由はない。

 理由はないのだけれど、もう一つだけ、俺がクガン領への同行を命じられた要因があった。サキヒデさんの後を追おうとする俺に向かって、カナツさんは言った。


「また、留守を任せて抜け出されては敵わないからねー。罰としてクガン領に行ってきて」


 だそうだ。

 罰って言っちゃったじゃん。

 まあ、俺はこの世界は、未だにカラマリ領の森しか知らないから、外の世界を見れることはご褒美であるんだけれど。

 だから、ちょっとした遠足気分で俺のテンションは上がっていた。

 サキヒデさんからしたら迷惑でしかないだろうけども。


「やれやれ。お使いと子守りを同時に任されるとは……。無様に傷を負った私への罰ということでしょうか……」


 俺の話を聞き終えたサキヒデさんは、更に自分への戒めを強くする。どうやら、今はネガティブにしかものを考えられなくなっているようだ。


「いや、それは普通に信頼されているんだと思いますよ?」


 多分だけど、クロタカさんが俺を見張ることは、もう二度とないだろう。俺の口車に乗せられて〈ハンディ戦〉に出向いたことは、バレてしまっているし。


「で、クガン領はどれくらい離れてるんですか? 今日中には付きます?」


「はぁ……。そんなに近い訳がないでしょう。二日か三日は掛ります。ですので、時間に余裕はありませんよ? こうして無駄なおしゃべりなど以ての外です」


 後ろに続く俺を引き離すように、乗馬の速度を上げた。

 このまま引き離されては俺はクガン領に辿り着けないと、必死に食らい付こうとする。サキヒデさんが怪我をしてなければ、追いつくことは出来なかっただろう。なんとか、その背に付き走っていく。


 そのペースのまま、日暮れまで走り続けたサキヒデさん。

 怪我をした状態では、俺を突き放すこと無理だと諦めたのか、仲良く焚き木を囲っていた。時間はないといっても、休息をしなければクガン領は『危険』らしい。


 何が『危険』なのだと、時間がないなら休まず先を急ぎましょうと息巻いたが、『危険』と言う意味が分かると、我先にと体力の回復に努めた。


 クガン領。


 それは巨大な岩山の上に位置する、言うなれば天空都市らしいのだ。 

 登るだけで命を落とす可能性があるとクロタカさんは言う。

 流石にそれは言い過ぎだと、俺は笑って眠りについたのだが、翌日。誇張でも何でもなく、むしろ、それは控えめな表現だったと実感した。


 頂上が見えない。

 

「何世代前の少年漫画の修行だよ!」


 俺は一人でそびえる岩山に突っ込んだ。

 実際の距離だけならば、一日程度で到着することができた。だが、サキヒデさんは「ニ、三日かかる」と言った。その言葉から導き出せることは、最低でも、二日をかけてこの山場を登らなければいけないことだった。


 マジか。

 雲に隠れて山頂見えないぜ?

 しかも、普通の山じゃない岩山だ。


 やっぱり、俺は引き返すとサキヒデさんに伝え、カラマリ領に戻ろうとしたのだが、散々、ちょっかいを仕掛けたのが悪かったのだろう。


「命令を受けて付いてきたのでしょう……。領を出て直ぐに引き返せば、私が追い返したと庇て上げれたのですが――。まさか、クガン領を目前に逃げたのでは、庇いようがありません」


 すいませんと頭を下げる策士。どうやら俺を返す気はなさそうだった。

 謝ってるくせに……顔は笑ってるけど?

 性格の悪い参謀だった。





「さて、困りましたね」


「ですね」


 俺とサキヒデさんは、クガン領に入るべく岩山を登った。

 道中、普通の人間である俺は力尽き、怪我人のサキヒデさんに背負って貰うという、ささやかな青春イベントが発生したが、如何せん相手は悪徳眼鏡だ。

 これがアイリさんやカナツさんとかだったら、まだ、良かったのだろうが、相手が相手だ。ちっとも心が躍らなかった。


 そんなイベントを乗り切り、山頂にあるクガン領に辿り着いた俺達。

 息も絶え絶え(主にサキヒデさんが)に、頂上にやってきたもかかわらず、俺達は石壁の中に入ることが出来なかった。

 

 石壁で区切られたクガン領。

 天空都市と呼ぶに相応しい神秘的な領内に、俺達が入ることは許されなかった。


「今まで、こんなことはなかったのですが……」


「やっぱり、戦前だから忙しいんじゃないっすか?」


「だとしても、戦相手のハクハ領の情報を持っているのです。門前払いされる理由は何処にもありません」


 引き返すにも雲が眼下に広がる山頂だ。

 ここまで来た労力を考えると、素直に引き下がることはできない。サキヒデさんはもう一度、門の前に立つ二人の男たちに交渉を試みる。


 カラマリ領の主戦力であり参謀だ。

 その顔はクガンの人々も知っているようで手荒に追い返す真似はしないが、明らかに迷惑そうである。


 追い返されるにしても、理由を聞かねば納得できないと食い下がるサキヒデさん。何度も順序だてて話を聞き出そうとする悪徳眼鏡に嫌気が差したのか、門番の一人が口を滑らせた。


「もう、どの領とも手を組む必要はなくなったんだよ」


 その言葉を最後に、二人の門番は沈黙を保つことにしたようだ。これ以上なにも聞き出せないと諦めたサキヒデさんが俺の座る場所へと戻ってきた。


「どういうことなのでしょう……。ランキング5位にも関わらず、手を組む必要がないとは」


「うーん。俺が考えられるのは、やっぱり、今から誰に頼らずとも逆転する方法があるってことじゃないんですか? クガン領がどんな領なのか、全然知らないですけど……」


「逆転をする為の〈ハンディ戦〉。そこで、私がこんな怪我を追って、訪ねてきたのです。なにが起こったのか、少しでも情報は得たいはずです」


 順位の高いカラマリ領が、シンリ一人に敗北したとなれば、単純にクガン領に勝利はない。


「と、なると……。カラマリ領の参謀として、もしも、ここが一位になるための作戦があるとしたら、どんなことを思いつきます?」


「……私ですか。クガンの戦力を全て把握している訳ではないので」


 そう言いながらも、一応はシュミレーションしてみてくれるらしい。が、ものの数秒も経たないうちに、シンリには勝てないと首を振るった。


「クガン領には、クロタカのような狂人はいませんから、あの『武器』を攻略するのに時間が掛るでしょう。対戦内容は知りませんが――何をしても勝つ可能性は零です」


「なるほど……。ただ、一つ言わせてもらっていいですか?」


「なんでしょう」


 参謀の分析に文句を言うつもりはない。


 ただ、分析以前に――結果を告げる声がデカかった。「クガン領がハクハ領に勝てる可能性は零」だと

門番に聞こえちゃってるじゃん。

 ほら、なんか、ランスを構えてこっち睨んでるじゃん。


 クガン領の戦力以前に、この場にいる俺達の戦力を考えてくれ。

 一人は怪我人。

 もう一人は、殺すだけで『経験値』が貰える雑魚キャラ。

 門番とサキヒデさんのレベル差は倍近く違うとらしいが、ゲームで言うHPが赤ゲージならば、その差はあまり関係ない。


「別に聞こえたっていいでしょう。我々とは手を組む気がないのですから」


「……組む気がないから、なお、マズいって普通考えません?」


 ようするに敵認定を受けたってわけですからね。


「だとしても、私が付いてますから安心してください」


「だから、怪我人じゃん!」


 俺を背負って登ってくれた時も、首に掴まる俺は暇を持て余して、さりげなくサキヒデさんの傷口に触れてみた。

 背負ってくれている相手に何をするのかと言う非難は甘んじて受けよう。しかし、優しいソフトタッチにも関わらず、サキヒデさんは余りの痛みにバランスを崩して――足場の悪い岩山から落ちそうになったのだ。


 マジで死ぬかと思ったぜ。


 俺はともかく、岩山から落下して死ぬ参謀。

 笑い話にはなるだろうけど、生き返った俺は笑えない。


 そんな怪我人に安心してくださいと言われて、どうやって安心していいのか教えてくれ。

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 いや、ちゃんと調べてはいるんだろうけどさ。

 勝手な偏見である。


「本当に五月蠅い人ですね。じゃあ、あなたはどう考えているのか教えてください」


「だから、サキヒデさんの考えに反対してる訳じゃないですって……」


 しかし、聞かれた以上は取りあえず考えるのが俺である。

 ビリから二番目のチームが、上位チームの救いの手を跳ね除ける。それだけ聞くと、俺が直ぐに思いつくのは、自分達だけで勝ってみせる意固地になっていることだ。

 しかし、今まで協力体制だったことを考えるとそれはない。


 そうなると、別の理由があるのか。

 ……。

 そうなると、俺は一つだけ思い当たる節がある。

 カラマリ領の皆は否定していたけど――、

 

「やっぱり、俺の他にも〈戦柱(モノリス)〉に呼び出された人間がいるんじゃないですか?」


 異世界の武器を手にしたハクハ領。

 交友関係にあったクガン領の拒絶。


 これが偶然で済むことなのかと疑うのは、この世界を知らない俺だからなのかも知れない。もしくは、同じ環境の人間がいて欲しいと期待しているだけかも知れないが……。


 どちらにせよ、この世界で何かが起こっているのは間違いない。

 そんな、俺の訴えに対して、やはり――サキヒデさんの言葉は想像通りであった。


「ですから、それは在り得ませんよ。もし、そうだとすれば、少なくとも三人もいることになります。そしたら、この世界は滅茶苦茶――」


 サキヒデさんはそこで言葉を止めた。

 見つめているのは門番たち。


 否。


 正確には門番ではない。

 その中心に、何やら土で出来た筒のような物に視線を奪われたのだ。さっきまで、そんな物はなかったし、門番たちですら驚いていた。

 何が起こるのかと俺たちは固唾を呑んで見守る。

 

 すると、中から一人の女性が飛び出した。


 鎧を見に付けてはいるが、「その装備で本当に防御力は大丈夫なんですか?」と心配したくなる装甲の面積である。

 そんな心もとない装甲(アーマー)の下には紫のドレススカート。黒く艶やかな髪を両サイドで纏めた、クールな眼差しには似合わないツインテール。

 だが、俺が驚いたのは防御力の皆無な装甲(アーマー)にではない。

 

 |俺が彼女を知っていることだった≪・・・・・・・・・・・・・・・≫


「あら、久しぶりね、沙我くん」


 チラリと俺を見て挨拶をする女性。

 ゆっくりと門番の間を通ってクガン領の中に消えていった。


「あ、久しぶりです!」


 俺は数秒遅れて消えた背中に挨拶をした。

 いやー。

 久しぶり過ぎてびっくりしたわ。

 三か月ぶりくらいか?

 ……。


「って、土通さん!?」


 似合わないツインテールの騎士は、俺がこの世界に来る前に一緒にいた一人。

 土通(どつう) 久世(くぜ)。

 先輩の幼馴染であった。

 この異世界で初めて出会うにも関わらず――至ってノーマルな挨拶だった。

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