6話 狂人とのお留守番
「さてと……。ハンディ戦は危険だから近づくなと言われたけど、そう言われると余計見に行きたくなるのが、人の性ってもんだ。分かってないなーカナツさんは」
それに、弱気なカナツさんを見せられたんだ。
不安にならないわけがない。
俺は日頃はカナツさんの特等席である高座に座って腕を組む。
本日、ハンディ戦が行われると言うことで、選ばれたカラマリ領の兵士たちは、昨日の内からハクハ領との境付近へと向かっていった。
ハクハ領とカラマリ領は隣接こそしているが、その面積の大きさは明らかに違うし、生活環境もハクハの方が数段高い。そして生活環境の違いはモロにレベルや戦闘能力に差が生まれるらしく、戦に出る兵士たちの空気は緊張からか、常にピリピリとしていた。
重い空気の一つに、〈戦柱(モノリス)〉の出した戦条件の一つが追い打ちをかけているのだろうな。
〈戦柱(モノリス)〉が出した条件。
それは、戦に参加する人数の指定だった。
各軍30人。
戦の規模としては小さいものだが、だが、それは個人の戦力の差が大いにモノをいうことになる。俺を使ってのレベル上げをしているのだから、有利だと思っていたがどうやら違うようだった。
「おいおい。それじゃあ、俺が死に損じゃないか」という、ブラックジョークで皆の指揮を高めようとしたが、流石にそんなことを言いだせる状況ではなかった。
……。
そう言うこと考えるから、現実世界では友達が少なかったんだろうな。
といわけで、俺は何も言い出せないまま、留守番を命じられていた。
戦の際のお留守番はいつものことだけれど、ハンディ戦に指定された領境(りょうさかい)は、城から近いし、皆がビビるハクハ領がどんな相手なのか気になってしまう。
俺、戦うのは嫌だけど、ボクシングとか総合格闘技の試合見るのは結構好きなんだよね。
戦とボクシングは一緒じゃないんだろうけど。
でもさ、この世界の人間は皆、人間離れした身体能力を持っている。そんな人々の戦いに、興味がないと言えば嘘になる。
この世界に慣れてきたことで生まれた余裕なのか、慢心なのか。
自分ではどう考えればいいのか分からないが――
「行ってから考えるか」
好奇心が勝った。
俺は戦いの舞台である『ワリュウの渓谷』に向かうことを決意した。
俺が命令に背いて、戦に向かうことを考慮してか、カナツさんやサキヒデさんは、情報を隠していたが、残念ながら俺には、ケインという可愛い弟がいる。既に情報は入手済みだ。
ふふふふ。
日ごろから奢っていたことが、こんな所で役に立つとはな。純粋な少年を利用したことに、心苦しくなるが、まあ、これまでのご馳走した金額を考えれば平等だ。
俺はそう思ってる。
「報酬の金貨で馬も借りれたし……」
この世界での移動手段は車ではなく馬であった。
これもまた、俺に『足』を与えるのを拒んでか、必要ないと、中々触れさせて貰えなかったけど、密かに練習をして、乗りこなすことに成功していた。
金貨を見せれば貸してくれる馬主がいることも、俺はこの三か月で知っていた。
その時から、いつかは戦いを見たいと計画を練っていた。
ここで、ようやく使う時が来たのだ。
「なに、ちょろっと遠くから戦いをみるだけだから、別に平気だよな」
俺がこの世界に慣れてきたように、カナツさんたちも俺を信用してくれているのか、今回は見張りを残していかなかった。
いつもならば、一人は残っているのに、今日は誰も見張っていない。
もしかしたら、ハクハ領との戦いだから、そんな余裕がなかったのかも知れないな。
やれやれ、こんなミスをするなら、余計に不安になるじゃないか。
やっぱり、俺が様子を見に行かないとな。
抜け出すのは悪いと思うが、それ以上にミスをするのはマズいだろう。
そのことを教えるためにも、戦を見なければ。
そう思い込むことで、僅かに残っていた罪悪感を消して、天守閣から降りていく。両手を頭の後ろで組み鼻歌を歌いながら階段を下りる。
すると――絶対に残っていないと思っていた主力がいた。
しかも、白髪と右目の下にある漆黒の茨のような入れ墨がチャームポイントの狂人。
狂人のチャームポイントなんて、チャームでもなんでもないだろうけれども。
いや、それ以前にこの人――30人に選ばれなかったのか?
「……君はなにしてるのかな?」
感情の読めない声で、天守閣から降りてきた俺に言う。いや、なにをしているのかと聞きたいのは俺の方だ。
なんで、この人が城に残ってるんだよ。
切り込み隊長じゃないのか?
切り捨てられたのか?
俺はこれまでにクロタカさんから、幾度となく苦痛を受けたからか、視線を合わせられない。トラウマが意識に刻まれていた。
「あ、いえ、ちょっと、買い物に……。それよりも、クロタカさんいいんですか? ハクハ領とのハンディ戦は? 我らがカラマリ領を代表する、偉大でイケメンな戦力、クロタカさんがいなきゃ、もう、戦わずして負けたようなもんじゃないですか。戦の素人が、戦場を見ずに分かっちゃいますよ」
クロタカさんの機嫌を損ねないように、俺は精一杯の矜持を述べる。
だが、そんな俺の苦労は虚しく、気を良くするでもなく平坦に答えた。
「『お前は無茶するから残ってろ』だってさ。だから、残って君の見張りをするように言われたんだ」
マジか……俺の見張りがクロタカさんだと?
危うく恐怖で表情が引きつりそうになるが、なにがクロタカさんを刺激するか誰も理解できない。だからこそ、極力感情を表に出すのはマズい。
「……そ、そうなんですね」
感情を押し殺しながら顔を反らす。
あ、俺、信用されていたわけじゃないのね。
そっかー。
見張りはクロタカさんかー。
……。
よし!
諦めよう。
今はまだ、狂人ランクが低いので、会話は通じているけれど、いつ、暴れ出すのか分かった物ではない――だからこそ、置いてかれたのか。
ハンディ戦は正面からの本気のぶつかり合い。
もし、クロタカさんが狂ってしまえば、命を惜しまず、ひたすら前に進み続け、最悪味方すらも斬りつける。
斬る者を選ばない諸刃の剣。
そんな危険な武器を、ランキング一位のハクハ領で使えないとカナツさんは判断したのか。
……でも、だからといって俺の見張りに付けないでよ。
下手したら、俺、無駄に殺されまくるじゃん。
俺は大人しく天守閣に戻る。戦力的には痛手だろうが、俺の見張りに関しては絶大な効果を発揮していた。もはや、俺は城から抜け出す気もなくなっていた。
さてと。
脱出を諦めた俺はどうやって時間を潰そうかと考えていると、のそのそとクロタカさんが階段を登ってきた。
え、なんでこっちに来るんだ?
まさか、顔を見たことで俺を殺したくなったのかと、階段から距離を取り、伏せるような形で頭を抱えた。
こんな行動で命が守れるほど甘くないだろうが、まあ、防災訓練で培った咄嗟の避難方法だ。クロタカさんは俺にとっては天災と等しい恐怖である。
頭を抱えて伏せる俺に対して、クロタカさんが言った。
「これからハンディ戦に行くから、君は大人しく待っててね」
「は、はい! 分かりました!」
良かった。
ハンディ戦に行くのか。
これで俺も自由になってハンディ戦の観戦に行ける……。
って、うん?
「え、えっと……。あれ? クロタカさんは、ここに残ってるように言われたんですよね?」
「そうだけど?」
階段に足をかけた状態でクロタカさんは止まった。俺が話しかけたことに、狂人レベルが溜まったようで、左手が腰についてる小刀に添えられていた。
こえー。
俺、話しかけることも許されないのか。
しかし、だからといって、ここで、「なんでもないです。頑張ってください」なんて言ったところで、更に狂人レベルが上がることになるだろう。
……クロタカさんに殺されるのは痛いからなー。
他の人が注射レベルの痛みなのに、一人だけ、ガチで死に対する痛みだ。
大体、俺が逃走しようとしたきっかけもこの男である。
「なにかな? 僕、急いでるんだけど」
呼び止めたのに言葉を詰まらせる俺にイラついたご様子である。こうなってしまえば、何を言っても同じだと、俺は自信の考えを告げる。
「あ、その、俺から一つ提案があるんですけど、聞いて貰えないですかね……? クロタカさんにとっても悪い条件じゃないと思うんですけど」
「……?」
「いや、簡単に言えば、俺もハンディ戦に連れてってもらえないですか? 勿論、行くのは俺の意思です。つまり、クロタカさんはハンディ戦に向かった俺を、止めようとしたことにすれば、多少はマシになるんじゃないですかね?」
自ら見張りを置いてハンディ戦に合流するよりも、イメージは良くなるはずだ。まあ、クロタカさんに正面切って文句を言えるのは、ケインを除く主力の3人だけだ。
「……君、頭いいね」
「あ、ありがとうございます」
これがアイリさんやサキヒデさんならば、俺の穴だらけの提案なんて、掃いて捨てるのだろうけど、クロタカさんは受け入れてくれた。
……良かった!
切実に!
「じゃあ、行こうか」
こうして俺は初めての戦観戦を、切り込み隊長である狂人(クロタカさん)と共に向かうのだった。
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