5話 大将の悩み

「ふぅ……。なんか、分からないけど、ここが一番落ち着くんだよな」


 俺がいる場所は、城の裏から、少し離れた場所にある大きな泉。木々に囲われているために、城の姿は見えないけれど、実際の距離は歩いて数分しかない。


 水は澄んでおり、空に浮かぶ小さな星々と月の光を緩やかに反射していた。

 神々しい景観。

 中心にある〈戦柱(モノリス)〉が、光に揺れて存在感を強く示す。

 それはまるで、神様のような美しさだ。

 なんて、俺、神なんて見たことないんだけど。異世界に来るときに、せめて出てきてくれれば良かったのにな。


「でも、ま、ここで目を覚ましたんだから同じもんか」


 俺はこの場所で目を覚ました。

 先輩たちとキャンプをしていたはずの俺は、翌日この場所にいた。


「あの日から、大体三か月くらいか……」


 俺が現実世界で行方不明になって三か月。

 行方不明だと騒ぎになっていればいいが、だが、こんな世界にいるなんて誰が想像できるのだろう。助けは期待できないな。

 いや、それ以前に騒ぎにすらなっていないかもしれない。

 自殺してそうとか言われたことあるくらいだもんな……。


「はぁ……」


「……なんだ。お前もここにいたのか。奇遇だな」


「カナツさん!?」


〈戦柱(モノリス)〉に寄りかかっていた俺は、背後から聞こえた声に振り向き、慌てて頭を下げる。


「お前、神聖な物に寄りかかるなんて、そうとう肝が据わってるな」


 泉の深さは俺の膝下まで。

 水に濡れることも厭わずに、カナツさんが〈戦柱モノリス〉に向けて脚を進めていた。


「いや、別にそういうつもりじゃ……。カナツさんこそ、何しに来たんすか?」


「そんなの戦の条件を確認しに来たに決まってるだろ?」


 カナツさんは、その場で横になり、全身を泉に沈めた。

 仰向けて浮かんでくる彼女は、星を纏った聖女のようだ。

 だが、そんな煌びやかな姿から結び付かないほどの、重苦しい吐息を漏らす。

 


 ……どうやら、悩んでいるようだ。

 恐らくハンディ戦のことだろう。

 俺はこんな性格をしているが、意外にも察しは良い方なのだ。


「ひょっとして、ハンディ戦のことですか」


「ほう。良く知ってるな。私、リョータに説明してないよね?」


「ええ。ケインが教えてくれました」


「なるほど……お前ら仲いいな。その通りなんだよね。リョータだから言っちゃうんだけど、私さ、正面からハクハ領と戦うことに、ちょっとビビってるんだ。こんな姿、人に見せるわけにはいかなかったんだけど」


 カラマリ領のトップとして人に弱みを見せる訳にはいかないから、神聖な場所だからこそ、人が近づかない〈戦柱(モノリス)〉まで来たのだろう。

 だが、残念なことに、聖域だろうが構わない無礼な先客が居た。

 まあ、俺なんだけど。


「大丈夫ですよ、俺は口外しないですから」


「当たり前だよ。したら、報酬金は半分にするんだからね!」


「……分かりやすいパワハラだ!」


 是非とも訴えて裁判沙汰にしたいが、この世界には弁護士なんていない。

 職場環境をよくするのは難しいな……。

 

「パワハラ……? 何を言ってるんだよ、リョータは」


「なんでもないです……」


 そうか。

 この世界じゃ『パワハラ』なんて言葉はないのか。そう考えれば、俺達のいる世界は、言葉がある時点で恵まれているな! 


「まあ、何にしてもリョータは〈戦柱モノリス〉を大事にしなよ。そこから生み出されるんだからさ!」


「まあ、そうですよね……」


 俺の木偶たちは、不気味に染まる黒き石柱から、自然と生まれてくる。〈戦柱(モノリス)〉こそ、俺の力の根源であって、俺をこの世界に呼び寄せたモノらしい。

 

 その証拠――には、ならないかもしれないが、俺が〈戦柱(モノリス)〉に手を翳せば、ご丁寧に俺の力の説明が表示される仕組みになっている。


 いや、そもそも、〈戦柱モノリス〉は、どんな構造なんだと、カナツさんや参謀であるサキヒデさんに話を聞いたのだが、俺の問いに答えた人はいなかった。

 答えられた人はいなかった。

 誰も〈戦柱(モノリス)〉が――一体なんのか理解していない。


〈統一杯〉になると、どこからか不思議な力を持った人間を呼び寄せ、次に戦う相手を告げる。ゲームマスターのような存在。

 その程度しか分からない。


 因みに、この世界に来たばかりの俺は、「なんでこんな意味の分からない〈戦柱(モノリス)〉に従っているのだろう」と質問したことがあった。

 その質問には答えてくれたんだっけな。確か、サキヒデさんが教えてくれたんだ。


 かつて、〈統一杯〉は7つの領で行われていたと。だが、ある時、ひとつの領が〈戦柱(モノリス)〉の指示に従わなかったらしい。


 その結果――7つの領は6つになった。

 消滅させられたのだ。

 領もろとも〈戦柱モノリス〉にだ。


 つまり、この世界は、ハイリスクハイリターンのゲームに、強制的に参加させられているのだ。

 正体不明の物体に、ただ、戦わされていた。

 その恐怖は、大将であるカナツさんに重くのしかかる。


「ハクハ領と正面から戦えば、どれだけの被害がでるか――そう考えただけで私は怖いんだよ」


 自分だけが死ぬならばいい。

 だが、部下たちが死んでいくのは耐えられないと――カナツさんは暗闇の中に沈んでいく。大きな水面の揺らめきは、カナツさんの不安な心のように波立った。


「じゃあ、俺も戦いに行くとかできませんか? 身体は一杯あるから、盾くらいにはなると思うんですけど」


 聞こえているとは思えないが、それでも言ってみた。

 いつまでも、ここで『経験値』として殺されているだけでは、申し訳が立たない。一人だけ楽をしているようでさ。


「それはいい案かも知れないね! でも、リョータを倒すと相手に『経験値』が大量に入るから、やっぱり無理だよ」


「あ……そうでした」


 殺されたら、敵にも『経験値』が渡るのだった。せめて、所属している領だけに与えてくれればいいのに……。やはり、俺にはなにもできないのか。


「気持ちだけは受け取っておくよ。うん、リョータと話せて良かったよ」


「……なにもしてないですけどね」


「いいんだよー。こんな弱気をアイリには見せられないからね!」


 カナツさんはそう言って水面から立ち上がった。水を含んだ着物が張り付き、大将とは言えど女性の身体のラインを強調させる。


「じゃ、風邪ひかないようにね!」

 

 最後に俺を気遣って天守閣に戻っていった。

 泉に一人残された俺は、自分に何かできないかと――〈戦柱(モノリス)〉に触れてみた。

 そこには『経験値が多い』と、何度も目にした説明文が浮かび上がるだけだった。

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