4話 悪徳眼鏡と純粋少年

「あ、おーい! リョータ! 仕事終わりかー!」


 離れた場所で見ていた俺に気付いたのか、ケインが大きく手を振り近づいてきた。

 何故か理由は分からないが、俺はケインに懐かれているのだ。

 弟のようで悪い気はしないけどね! 


 今しがた、地面が凹むほどの衝撃を受けたとは思えない気軽さで、俺に話しかけてきた。

 まあ、本人がこれなのだ。

 俺が心配する必要もないか。


「まあ、殺されるのが仕事って言うならそうだな。うん。仕事終わりだ」


 殺されることを仕事と呼びたくはないけれど、仕事って嫌々やるもんだ。そう考えれば、俺も地球でしていた仕事は嫌だったから、似たようなものである。

 そんな俺の気持ちに興味はないのか、


「そっかー。で、今回の報酬はどうですかい」


 両手を擦り合わせ、俺のわき腹を小突いてきた。


「なんか特別報酬だって、金貨5枚も貰っちゃった」


「金貨5枚!? マジか。よし、今日は肉食おうぜ、肉!」


「なんで、ケインが決めるんだよ」


「そりゃ、俺もご馳走になるからに決まってるじゃん。いつものことだろ?」


「そうだけど……」


 確かに最初の頃は、殺されることにも慣れておらず、その度に「大丈夫か、痛くないか?」と心配してくれるケインの優しさが嬉しくて、報酬を使って一緒に食事をしていた。


 この世界にも慣れていなかったから、美味しいものを教えてくれるのも在り難かったし、何より人と話せることが嬉しかった。その気持ちは今もある。ケインと一緒の食事は楽しいしな。

 だが――。

 だがしかしだ。


 最近は、遂に「大丈夫?」の一言もなくなったのだ。いきなり、今日は何を食べるのかと俺に相談するようになった。


 まあ、そりゃ、薄々と報酬目当てなんだろうな、子供だからしょうがないなとは思っていたけども、でもさ、こう、分かり切っているけど、一連の流れみたいなのがある訳じゃない。

 お約束っていうかさ。


 そういうのがあるからこそ、いい関係が築けると思うんだよね、俺は。

 そんな思いが顔に出ていたのか、


「こら、止めなさい。リョータさんが困ってるじゃないですか。すいませんね。がめつい子供で」


 ケインの頭を軽く叩きながら、サキヒデさんが謝ってくれた。

 大人の対応である。


「あ、いえ、そんな」


 サキヒデさんはこんな俺にも敬語を使ってくれる。と言うか、この人が敬語以外で人に接するのを見たことがない。

 誰にでも敬語を使う。

 そう聞くと、逆に敬われている気がしないのだけれど、それはサキヒデさんを表すに相応しい気もする。


「大体、その報酬は、今後ともリョータさんが気分良く、我々の経験値になってもらうための前払いでもあるのだから、ケインが使ってどうするのですか。全く、大人の駆け引きを分かってないですね」


「……大人っていうか、悪魔な感じもするけどね」


 敬語は使ってくれてはいるが、俺のことは経験値としか見てないんだろうな。

 まあ、しょうがないけれども、うーん。


「それに、我々にはそんなことをする余裕はありませんよ。もう直ぐハンディ戦があるのですから、体調には気を配らないといけません」


 何も考えずに暴飲暴食をするのは避けるべきですとサキヒデさん。


「なら、こんな乱暴な真似をするなよな! 戦う前に死んじゃうだろうが!!」


 食事の栄養管理に気を配る前に、さっきの攻撃の方が危険だとアピールする。

 それはもっともである。


「大丈夫。馬鹿はこれくらいじゃ怪我しませんから」


「いや、結構危なかったからな!」


 危ないと言う割には、元気いっぱいであるし、人に奢って貰おうとしていたではないか。そのことについて追及してやろうとも思ったのだけれど、〈ハンディ戦〉と言う言葉が頭に残っていた。

 初めて聞く言葉に、


「〈ハンディ戦〉って、これまでの戦いとは違うんですか?」


 俺は聞いてみた。

 この国では現在、戦争をしているらしいということは聞いていたが、〈ハンディ戦〉と言うのは初めて聞いた。

 普通の戦とはなにか違うのだろうか?


 この世界で行われている戦――


〈統一杯〉


 そう呼ばれる戦争は、それぞれの領に置かれた神秘の石板――〈戦柱(モノリス)〉によって開催時期が決められていた。

 何十年に一度の時もあれば、数年に一度の時期もある。

 完全に不定期で開催されるらしい。

 ……不定期って迷惑でしかないな。

 だが、どれだけ不定期だろうが、この世界で生きている人間達は、始まってしまえば従うしかない。


「えっと、前回は何年前に開かれたのでしたっけ……?」


「69年前ですね。私達が生まれる前ですから」


「なるほど。で、最下位だったんですよね」


〈統一杯〉は6つの領で競い順位を付ける。

 69年前の大会で、カラマリ領は最下位だった。そして、それが俺がこの世界にいる理由にもなっている。異世界人は、前回大会の最下位に現れるのだ。


 最下位になると国の面積は奪われ、貧困に苦しむことになる。

 つまり、自分たちの責任で、これからの子供たちが酷い暮らしをする羽目になるのだ。

 その屈辱を味わったからか、カナツさん達、主力メンバーの気合はすさまじく、現時点でのカラマリ領の戦績は2位。


 最下位から比べれば大健闘だが、狙っているのはトップだと満足していない。

 ここからが正念場であると息巻いていた。


「ハンディ戦って言うのは、中間順位で一位と二位が互いに戦わなきゃいけないんだ。お互いに潰し合って、疲弊した状態で、一位は五位と、二位は最下位の連中と戦わなければならない。下位チーム救済の戦いなんだよ」


 俺の問いに答えたのはケイン。

 これまでの戦いは、正面からぶつかる戦(いくさ)が多い。だが、時折に「魚釣り」や「虫取り」なんて、可愛い勝負方法もあった。


 戦の内容を決めるのは〈戦柱(モノリス)〉だ。


 だが、ハンディ戦だけは常に決まっており、正面からぶつかり合う力比べになるようだ。

 一位の領と正面からぶつかるとなると、サキヒデさんが慎重になるのも分かるけど、


「でも、それが分かってるなら、互いに潰し合う必要なくないですか?」


 現代っ子の平和ボケしてる俺からすれば、ハンディ戦が毎回決まっており、互いを消耗させるためだと事前に分かっているならば、一位と二位が手を取って、無傷で済ませる方法もあるのではないかと考えた。

 そっちの方が絶対得するじゃん。

 だが、


「甘すぎです」


 サキヒデさんにもう一回死んで来いと冷めた目で見られてしまった。

 視線で伝える所がまた意地が悪い。


「現在一位は、前回大会と同じくハクハ領。彼らはこのハンディ戦で、二位を突き落としました。その結果、二位だった領は、五位に下落したのです」


 カラマリ領がどれだけ歩み寄ろうと、ハクハの人間は戦いで手を抜いたり、取り合ったりすることはない。


「……それでもカラマリ領はビリだったんだ」


 そんなことが有っても最下位とはね。実力の差は歴然だったという訳か。

 あ、睨まれた。

 二人の主力に。


 別に生まれてないからいいじゃんか。

 今が二位なわけだしさ。


 現代のゆとりは異世界でもゆとりだと思われているのか。

 異世界共通認識のゆとりは偉大だね。

 まあ、この場合は世代っていうか世界だけど。

 ゆとり世界だ。


「とにかく。このハンディ戦で、むしろ、ハクハ領を倒さなければ、私達が一位になるのは難しいと考えた方がいいでしょう」


「なるほど」


「そのためには、リョータさんの力にも期待していますよ」


「ま、これだけ金貨貰っちゃったんだから、期待に添えるように頑張るよ」


 と言っても死ぬだけなんだけどな。

 俺のへらへらとした笑いに、ケインが何を思ったのか、俺達に聞こえるか聞こえないかの音量で呟いた。


「でもさ、リョータは嫌じゃないのか?」


「ん? 何がだ?」


「あ、いや。だってさ、報酬貰うとは言っても、殺されるわけじゃん。死ぬのって怖くないのか?」


「……」


 まさか、ケインからこんな質問をされるとは。

 俺が殺されなかったら、上手い飯を奢れないぞと誤魔化せる雰囲気でもないしな。ケインもそんなことを考えるくらいに大人になったということか。

 三か月しかみてないけど。

 まあ、少年の成長に俺が一役買っていると思うと、少しばかり誇らしくなる。

 ケインがクロタカさんのように捻くれないためにも、ここは大事だぞ!


「確かに怖いけど、でも、もう慣れたよ」


 流石に三か月間、週一くらいで殺されたら、誰でもそうなるわな。しかも、別に毎回毎回、今回のように激痛を与えられるわけでないし。


 むしろ、そんなことをするのはクロタカさん位である。

 他の人達は俺に痛みが無いように、命を絶ってくれる。その痛みなど、注射を我慢するくらいの痛みでしかない。

 俺からしたら、痛みに目を閉じて、眼を開けたら畑仕事をしていた程度の感覚だ。そう、普通に働いていた時と変わらない。

 だから、そんな思いつめられても困る。


 大体、このカラマリ領を追い出されたら、俺なんて他の領の人々にひどい目に合わされるだろうし、俺に力を与えてくれる〈戦柱(モノリス)〉から離れても、俺の力が発動するのか分からないのだ。

 今の関係でいい。

 〈統一杯〉が終わるまで、その力が失われることはないと分かっているのだから。


「でもさ……、俺の一度だけ経験値貰ったけど、後味悪いって言うか」


「子供がなに気を使ってるんだよ。いいか? だったら、次のハンディ戦で大活躍してくれよな」


 俺は大人ぶってケインを連れて商店街へと向かった。

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