2話 我らが大将

 会いに行こうとしている大将は、天守閣にいることが多い。

 故に最上階に上がるためには、階段を登らなければならない。結構な高さの城なので是非ともエレベーターが欲しいが、この世界に電化製品などない。

 

 俺が迫りくる階段を前に、足を震わせていると、ふと、部屋の一室から1人の男が姿を見せた。 

 白髪に右目の入墨が――嫌でも目を引く。

 あんな特徴的な男は、例え異世界だろうと一人しかいないだろう。


 俺を殺したクロタカさんだ。相手も俺の視線に気づいたのか、「じっ」っと俺を睨んできた。

 だが、すぐに視線を外すと、どこかに消えていった。


「怖かったー」


 また、なにかされるのではないかと思って、ビビってしまった。

 だが、相手が背を向ければこっちのもんだぜ。

 

 俺はのっそりと歩いている後ろ姿に舌を突き出した。完全に委縮した人間のやることは陰湿だった。見えないところで挑発する。

 つまり、全く無意味な動作である。


「もうー。そんなことすると、また殺されちゃうよ?」


 命を粗末にすることは止めなさいと、階段を一段登っていたアイリさんが頭を軽く叩いた。

 俺の挑発が見られていれば、確かに殺されるかも知れないけど、でも、それ以前に――


「なんでクロタカさんが、俺を殺してるんですか! あの人、もう、経験値はカンスト近いんですよね!?」


 なのに、なにが「経験値をありがとう」だ。

 格好つけやがって。


「ほら、クロは気性が荒いから。定期的に毒を抜いてやらないと、一人で戦いに行っちゃうんだよ」


「毒抜きに利用される俺の毒は溜まってきますけどね!」


 ふいと俺は顔を背ける。


 この異世界には、どうやらレベルがあるようだ。

 経験値を手に入れれば数字が上がり強くなる――らしい。


 なんて、他人事のようになるのは、俺にはレベルが存在しないし、相手のレベルも確認できない。

 だから、俺はこの世界にレベルがあると、身をもって体験することは不可能だった。


 でも……、信じるしかないんだよな。

 俺が死んで生き返っているんだ。それが『経験値』があるという証明だ。


 『経験値』として殺され、生き返る。


 それがレベルの代わりに俺に与えられた特別な力だった。

 特別な力と言われれば、そりゃ悪い気はしないけど、でも、そんな力のせいで、俺は殺されているので、素直に喜ぶことはできないんだけど。


 俺を殺すとアイリさん達が入手する『経験値』は、通常とは比べ物にならないほど多いらしい。

 ゲームで言うところの『経験値タンク』。

 それが俺に与えられた力だった。


 異世界に転移って勇者じゃないのかよ!

 なんで、異世界で殺されなきゃいけないんだ!


「レベル上げに利用される雑魚キャラの気持ちを、まさか、自分が味わう目になろうとは……」


 自分を主人公だなんて思ったことはないけど、それでもモブキャラくらいでいさせて欲しい。

 それなのに……ボーナスキャラって。


 それでも、この世界に来た当初は、「モブキャラよりは需要がありそう」なんて特別な力に舞い上がっていた。無駄にポジティブだった。

 異世界きてテンション上がっちゃったのかな?

 だが、しばらく異世界で暮らせば、その思いは薄れて行った。

 今は、生活するための『仕事』って感じだ。


「はぁ……」


「もう、いじけないでよ、可愛いなー。じゃあ、ほら、毒抜いてあげるよー」


「あ、ちょっと、やめてください」


 溜息を吐いた俺を「ギュッ」とアイリさんが抱きしめた。

 畑での出来事もそうだが、彼女は異性という意識が薄いらしい。何かあるごとに人に抱き着くし(でも、クロタカさんには抱き着かない。まあ、抱き着いたら殺されそうだし)、裸で城の中を歩き回ることも少なくない。

 むしろ、最近は見慣れてきた感がある。

 これは俺が日本に帰った時の感覚が不安になる。

 まあ、帰れるかは分からないんだけれども。


 アイリさんに抱き着かれて数分経過した。


「はい、毒抜きしゅうりょー」


 本当に毒気が抜かれるような笑顔。

 解放された俺は、アイリさんの後に続いて階段を登っていく。

 

 天守閣に向かうまでに、何人かとすれ違う。

 その誰もがアイリさんに、丁寧に頭を下げていた。対してアイリさんは、「頑張ってねー」と気さくに笑うだけ。

 当然だ。

 彼女の立場は、このカラマリ領の中でもトップクラスなのだから。

 上にいるのは精々――、


「大将、生き返ったリョータを連れてきたよ」


 天守閣内でも一際高い台座に胡坐を掻く大将だけである。背を向けた背中からもその迫力が伝わってくるというものだ。


「あれ……? 大将……? リョータに報酬渡さないの?」


 この時間帯は、昼寝をしていると思っていたが、台座に座っているところを見ると、一応は起きているようだ。

 起きているのに、アイリさんの言葉に反応を示さない大将。

 いつもならば、何よりも先にアイリさんの来訪を喜んでいるのに。

 

 普段と違う大将――カナツさんの態度に、俺も少しばかり戸惑う。


 アイリさんが俺をここに連れてきた理由。

 俺は一度殺されるごとに、報酬を貰える契約になっているからだ。いつもならば、労いの言葉と共に、すぐに報酬を渡してくれるのだけれど、何故か、今日は顔すらも見てくれなかった。


 二重にらしくないカナツさんの行為に、俺とアイリさんは同時に首を傾げた。


「ねぇ、アイリ。アイリは今日、リョータの迎えに行く当番じゃないよね? なんで行ったのかな?」


 あ、これ面倒くさいやつだ。

 背中から溢れていたのは、威圧感じゃなくて不機嫌だったようだ。

 俺は、カナツさんのトーンから察したが、のんびり屋のアイリには伝わらなかったようで、


「あのねー。クロタカが殺したいから、変わってくれって」


 困っちゃうよねー。

 といつもと変わらない様子で笑った。

 ああ、駄目だって、そこはもっと上手く誤魔化さないと!

 俺は口に手を当てて、そのことを伝えようとするが、クルリと回って顔を見せた大将の迫力に、姿勢を正すだけで精一杯だった。

 今の俺を分度器で測ったら、見事な垂直になっているだろう。


「アイリの馬鹿!!」


 だが、どれだけ美しい姿勢を作ろうとも、カナツさんが見ているのは俺ではなくアイリさん。


「えっと……、大将はどうして怒ってるのかな?」


 真っ直ぐに怒りをぶつけられたアイリさんは、何故、大将であるカナツさんが怒っているのか理解できていないようだった。

 その意味を求めて俺に質問をしてくる。

 ……この状況下で俺を巻き込まないで頂きたい。

 俺は硬直した体と同じように、口も動かさなかった。この件に俺は関わらない方がいいな。


「大体、私のことは大将じゃなくて、カナツって呼んでって何回も言ってるでしょ!?」


「でも、それだと、他の人に示しが付かないもん。大将は大将だよ! そんな無礼なことが出来るのは精々クロタカくらいじゃないかな?」


「また、クロタカの名前!?」


「……?」


 あの白髪右目入れ墨の名前を出すのが、なんで駄目なのだろうと、不思議そうに頬に人差し指を当てるアイリさん。

 その可愛らしいしぐさに、カナツさんの表情も緩むが、我に返って、キッと俺を睨んだ。


 いや、アイリさん見ると、顔がにやけるからって俺を見ないでくださいよ。


「くそ、こうなったら、私が・・クロタカをぶっ飛ばしてやる!」


 カナツさんは拳を天に突き上げて立ち上がった。

 実に雄々しい口調ではあるが――カナツさんは女性である。ショートカット(爆発したウニのような茶髪)と、男勝りな言葉使いから、俺も最初は、性別がどっちなのか悩んだ。


 そして女性であることを、つい最近知ったのだった。

 この生活に馴染めなくて、中々、聞き出せなかったんだよね。


「駄目だよー。クロタカと大将が戦ったら、周りの人間が沢山死んじゃうんだからー」


「なに!? 私はクロタカには負けないもん!」


 そして、もうすでに言わずともがなではあると思うが、我らが大将カナツさんは、アイリさんのことが大好きなのである。

 クロタカさんと仕事を変わったことで、アイリさんと共に過ごす時間が減ったことに、彼女は怒っているのだった。


「だから~、大将じゃなくて、皆が死んじゃうの。そしたら、〈統一杯〉に勝てなくなるよー」


「うっ……」


「ほら、ほら、ギュッーってしてあげるから、落ち着いてー」


 俺と同じく毒気を抜かれるカナツさん。


「アイリ~」


 抱き着きと頭を撫でられて、幸せそうな表情でアイリさんの名前を呼んだ。

 これでは、どちらがカラマリ領を統べる大将なのか分かりはしない。


 女性たちの抱擁を見て、俺はそう感じたのだった。

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