1話 生き返っても畑仕事
「……はっ! くそ、何で俺は生き返ってまで畑仕事をしてるんだよ!」
手に持っていたクワを放り投げる。
物に当たる行為は、人として駄目だと分かっていたが、理不尽に痛めつけられた怒りから、思わず物に当たってしまった。
反省反省。
感情任せの愚行に、俺は周囲を見渡して状況を確認する。うん、誰にも見られていないな。精々いるのは、俺が投げ捨てたクワと同じ物を持った男達だけである。
畑仕事に精を出す男達。
あ、いや、訂正。
男達じゃなかった。
こいつらは――俺と同じ身体を持った木偶である。
自分のことを木偶と呼ぶのに、まあ、そりゃ、抵抗はあるけど、でも、木偶なものは木偶である。木偶が嫌なら、俺の姿をした人形とでも言うべきか。
自分の意志を持たず、ただ、言われたことをこなす俺(にんぎょう)は、灼熱の太陽の元、汗を垂らして畑を耕していた。
「まったく。俺にもお前らくらいの勤勉さがあればいいのにな」
働く俺(にんぎょう)の肩に手を置き労うが反応はない。
だが、働き続ける分身に代わって、柵の外から返事をする声があった。
「いい心がけだねー! 偉いよー!」
木の柵に腰かけている一人の女性。俺が周囲を確認した時は誰もいなかったのに、いつの間にいたのだろう。
彼女のトレードマークである真っ赤な髪を見落とすはずもないし。人が座るには細すぎる策に腰かけて、満面の笑みを浮かべていた。
深紅に染まる長い髪を、頭の右側で一つに縛っている女性。
年齢は十代後半。
白い肌を日差しで焼かないようにと、ピンク色の日傘を指していた。
そして、なによりも、彼女の服装は、俺を殺した右目入墨と同じような、非日常なファッションで纏められていた。
女性が身に着けている服も、着物がベースになっているんだろうけど、セーラー服の意向も取り入れられたような独特なデザイン。
少なくとも、街中で見かけたら否が応でも目を引くような恰好である。
ま、この世界じゃ、こんな格好が一般的なので、目立つことはないのけれど。
「見つけたよー」
のんびりとした口調で、日傘を握っていない手で指差した。正確には刺したのは指ではなく、猫じゃらしのような植物でだ。俺が働いているのに、この女性は、一人猫じゃらしで遊んでいたようだ。
「ほらー、おいで、おいで」
と、ふさふさと毛先を揺らして俺を呼ぶ。
理不尽な殺され方をした俺は、反骨精神満々故に呼びかけを無視して、放り投げたクワを拾った。
このまま、木偶の仲間のフリをすれば、見逃して貰えるかと思ったが、
「言うこと聞かない子にはお仕置きだよー」
ターンと、柵を蹴り上げた彼女は、空高く宙を舞うと、寸分違わず俺の上に落ちてきた。
しかも、着地するさいに、俺の首を太ももで挟み(彼女は着物風スカートなので、中身が見えたことは内緒だ)地面に押し倒した。
「ふふふ。ここで私が倒してもいいんだよー」
「……それは勘弁してくださいよ、アイリさん」
「うーん、どうしようかなー。なんてねー。一日に二回殺したら大将に怒られるから、やめとくー」
アイリさんは「へへへへ」とハニカみ足を退けてくれた。背中から倒れた俺の視線には、彼女の下着しか映らなかったんだけども、本人は気にしてないようだ。
うむ。
これならば、押し倒された痛みを引いてもプラスだったと、損得勘定を終えて、俺も立ち上がった。しかし、俺がこんな目に遭っているのに、反応の一つもしない。
俺が沢山いると知った時は、徒党を組んで反逆してやるぜと息巻いていだが、意思の疎通ができないので、チームワークを深めることすら出来なかった。
まあ、今のアイリさんの身体能力を見ても分かる通り――例え、ここにいる俺が全員で挑んだとしても倒せないだろうけどさ。
足場の悪い柵を使った跳躍で、一体何メートル跳んだのか。彼女の細い手足からは全く想像できない脚力である。
「じゃあ、戻ろうかー」
「はい……」
俺は言われるがままに柵を越えてアイリさんの後ろに続く。
畑から少し入ると森が見えてきた。
眩しく大地を照る日差しを遮る木々のお陰で、一気に空気が冷ややかになった。畑仕事をして汗を掻いていた俺には少し冷たいくらいだが。
森の中には所々、木製の家が建てられていた。
キャンプ地であるようなコテージみたいなやつと言えば想像がしやすいだろう。
それはつまり、俺が最後に向こうの世界で眠った場所と似ているということだ。俺は先輩たちとキャンプをしていた翌朝、目を覚ましたら
「駄目だ……。考えるな」
このコテージたちを見るたびに、俺は少しばかりセンチメンタルになってしまう。
ホームシックという奴だな。
薄々とは分かっていたと思うけど、俺が数十人働いてたり、死んだはずなのに生きていたりと常識を脱しているところから分かるように、ここは日本でない。
そしてもちろん地球でもない。
俺はこの世界では異世界人なのだ。
だが、それでも通り過ぎる人々は笑顔で俺に挨拶してくれる。その度に俺は小さく会釈を返す。
誰もが笑顔な中で俺だけあんな目に合うというのだから、「理不尽だ!」と、思う所もあるのだけれど、拾われお世話して貰っている身でもあるので、感謝はしている。
俺がこの世界に来てから三か月。
まだまだ、世界事情に詳しくないが、それでもようやく、自分が住むこの森が何なのか教えて貰うことができた。
ここはカラマリ領というらしい。
その領土全てが森という、田舎暮らしの俺でもびっくりな環境である。
どれくらい広いか一度だけ案内してもらったが、徒歩では一日使って全部を見て回ることはできなかった。
下手したら一つの県位広いのではないだろうか。
カラマリ領の中心であるこの場所は、最も人が多く発達しているからこそ、多くの人が集まっていた。
商人なのか、果物を売っている女性や、森にいた獣を捌く肉屋。
グルグルとお腹が鳴るが、今の俺は一文無しだ。
物を買うには、今、アイリさんと向かっている屋敷に行かねばならなかった。
商店街――と言っていいのか分からないが、ともかく、商人たちが囲う通路を抜けた俺の視線に巨大な城が姿を見せた。
森の中にある日本の城である。
俺が城マニアだったら、毎日その姿を写真に収めただろうけれど、残念なことに俺は建物にも歴史にも全く興味がない故に、初めて見た時も「大きな城だなぁー」としか感じなかった。
「大将いるかなー。自由気儘な猫さんだからなー。ま、この時間じゃお昼寝してるでしょ」
アイリさんの言葉と共に、俺は城の中に入るのだった。
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