経験値として生きていく~やられるだけの異世界バトル~

誇高悠登

一章 経験値として生きてます

プロローグ 経験値タンクとしてのお仕事

 こいつ……俺を殺す気だ。 


 俺の前に立つ白髪の男は狂気に満ちていた。いや、満ちているなんてものじゃない、狂気が溢れかえっていた。

 男の纏う狂気が、石を斑に敷き詰められて作られた石室を満たす。

 右眼のすぐ下に刻印された、黒い一本の入墨が、更にそう感じさせているのかも知れない。


 着物と軍服を合わせた、時代の最新鋭を行くようなファッション(むしろ、日常じゃ絶対見ないデザイン)に袖を通す男。


 だが、この状況で特筆すべきはファッションセンスではない。

 男が両手に握っている二本の小刀である。薄い刃はよく手入れされているのだろう。光沢を持った鏡のように、恐怖に震える俺の表情を移していた。


 刀とは「何か」を切るためにある。


 そして、残念なことに、この部屋の中に斬られる対象は俺しかいなかった。


 こんな状況下でも冷静に分析する自分が頼もしいぜ。

 ……いや、実際には冷静じゃないんだけど。ただ、怖くて口数が多くなっているだけだ。そのせいで子供の頃は酷い目にあったものだ。 

 だが、成長して大人になった俺は口先だけじゃない。

 度胸も筋力も増加しているんだ。


 家の中で、毎日コツコツと筋トレをしていたし、最近はジムにも通っていた。

 どうせ死ぬのであれば、抵抗の一つでもしてみようかと手を突き出す。


 が、「がしゃん」と俺の背後で鎖と石壁がぶつかる音がした。

 ああ、そうだった。

 俺の両手両足は絶賛拘束中だった。

 手足首に巻かれた黒い輪が、俺を笑うかのように擦れた。


 ……見事なまでに俺を殺すことしか考えられない状況。


 男は楽しそうに顔を近づけると――俺の太ももに、研ぎ澄まされた小刀を突き刺した。人を刺すことになんの躊躇いもない動作だった。

 激痛が俺の太ももを駆け上がる。

 痛みを堪えようと歯を食いしばるが、喉から焼きつぶされたような悲鳴が漏れる。

 

 身体を支える右足を刺されたのだ。

 力が入らずに、崩れ落ちてしまった。


 霞む視界は、脚から流れる止めどない血液によって、大きな血だまりを作っている床が映る。いくら、大理石のような石質とは言え、掃除するのは大変だろうな。

 俺は、自分のことよりも、殺された後のことを考えてしまっていた。


 朦朧とする意識の中、俺は間抜けな面をしていたのだろうか、男が髪を掴んで引き上げた。

 露わになった喉元に小刀が突きつけられる。

 刺そうと思えばさせるだろうに、止めを刺さない。頬の皮を引き裂き、今度は爪を剥がし、そして指の骨を砕いて行く。

 

 淡々と、それが自分の仕事であるかの如く、無言で俺を痛めつける。


「……もうやめてくれ、早く殺せ」


 俺は苦痛に満ちた小さな声で言葉を綴るが、男は体を弄る手を緩めない。

 じわじわと意識が薄れていく。


 死を感じた俺の脳内を楽しかった思い出が駆け巡る。

 走馬灯という奴か。

 

 つまらなかった人生の中で、ようやく射した光の時間。

 社会に出て、俺は『人と何かをする』ことにようやく楽しさを見いだせた。小中高と根暗な青春を過ごした俺に取って、職場の先輩や同僚とのキャンプは、とても楽しいものだった。


 BBQなんてリア充ちっくなイベントにも参加しちゃったし、ちょっと、俺、イケてるんじゃないの?

 なんて勘違いしていたはずなのに。

 まさか、その勘違いがマズかったなんてことないだろうな。


 勘違いしたから、こうして異世界で殺されそう・・・・・・・・・になってるなんて、いくらなんでも酷すぎるだろ。


 これまでの人生、運動駄目、勉学駄目、才能駄目。全て赤点で生きてきた俺に取って初めてのご褒美だったんだ。

 少しくらい勘違いさせてくれてもいいじゃないか。


 楽しかった記憶の中、3人の顔を思い出す。

 社会に出て、俺を光に引き連れてくれた先輩。

 そして、二人の同僚。

 まさか、社会に出てからが俺のスタートだとは思わなかった。


 ああ、学生時代、苦痛に耐えながらも引き籠らないで良かったと、唯一、過去の自分を褒めたくらいなのに――。


 そんな俺の思いを突き破るかのように、腹部に刀が突き出された。

 ガッと胃の中に溜まる血液が吐き出される。


 俺の抱いていた思い出が、意識と共に死に向かって意識が消えゆく。

 暗闇に支配された俺に向かって、男が呟いた。


「経験値を――ありがとう」


 その言葉を最後に、俺の魂は体から抜けていくのだった。

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