引きこもり魔法使いとその弟子

柊けやき

第1話 引きこもりの魔法使い

魔法が一般化された世界、アスガルド。

機械でも、科学でもない、魔法がこの世界では一般的に使われている。火を着けるにも、水を汲むのにも、魔法によって行われる。

そんな中でも、魔法を使えない人間はいる。使えない人間は、魔法を使える人間からすれば劣等種として見られ、差別の対象として虐げられてきた。

だが、魔法を使えない人間への差別はどうなのか、と訴えた人間がいた。その者の名は、『アルベルト・ネイヴィス』。魔法を確立し広めた、原初の魔法使いとして知られる大魔法使いでもある人間。魔法を広めた彼による差別根絶により、魔法を使えない人間への差別は無くならないにしても、犠牲を減らす事には成功した。それを良しとしない魔法使いもまだ残ってはいるのだが、表向きには差別は目立たなくなった。

魔法使いにも、それ以外の人間にも生活しやすくなったアズガルドになるのに、少なくとも1世紀はかかった。

そんなアズガルドの辺境の地、セレスティアル。

セレスティアル郊外の森で、隠居する様に一人の青年が住んでいた。

彼の名は、『ナギ・ルティス』。齢十歳でセレスティアル魔法学校を飛び級卒業し、大魔法使いとして称えられていた。

普通なら、大魔法使いとして称えられていれば名誉ある称号として誇り、王国抱えの魔法使いとして活動できるのだが、ナギはそれをせず、ただ人目のつかない場所で生活をしていた。

いつも通り、ナギは自分の研究を行っている机で寝落ちした所から目覚めた。あくびをしながらその席を立って部屋の隅の水瓶から水を魔法で宙に浮かせる。そこへ顔を突っ込んで顔を洗い、その水を窓際の植木にかける。そして、タオルを魔法で引き寄せて水気を拭き取る。そのまま顔を拭きながら、部屋の真ん中にあるテーブルの上の果物を取って、皮を剥き口へと運ぶ。

「…何か来るなぁ」

家の外から、魔法使いの力の源である魔力を感じ朝御飯である果物を食べながら、ボーッと窓の外を見た。


「もう少しで…!」

自分の体の横にキャリーケースを浮かせながら手に持った羊皮紙を見て歩く金髪の少女。それは、森の中にひっそりと建つ家への道が描かれた地図。その地図を見ながら、少女は森の中を進んでいった。


時間にして午後12時。少女は目的地であるナギの家の目の前に到達した。

その顔は疲労こそ伺えるものの、目的地に着いた事で嬉々としていた。

少女は家を見渡す。館みたいな家を想像していた少女だが、想像していた物とは違う木造の二階建てを見ても落胆することなく、期待のが勝ってしまっていた。

何を隠そう、少女はナギを一方的に尊敬し憧れを抱いてここへ来たのである。家が少しショボくても期待は変わらない。黒髪のイケメンを想像し、これから会える事に胸を高鳴らせていた。

少女はドキドキと高鳴る心臓に手を当て、ドア横に吊られている呼び鈴である小さな鐘を鳴らす。チリンチリン、と音をたてた後、数秒後にゆっくりとドアが開かれた。

「はーい」

そこから現れたのは、間延びした気の抜けた声と、ボサボサの黒髪に隠れた目元、無造作に伸びた髭を生やした青年ナギ。

「…」

それを見た少女は固まり、ナギの全身を見渡す。黒いシャツに、黒いズボン、黒い靴と黒で統一された全身。想像していた黒髪イケメン像が崩れ去る。そんな衝撃の中、不思議そうにしているナギに向けて少女は何とか口を開く。

「…すいません。ここは、ナギ・ルティスさんのお家で合ってますか」

震える声に、疑問を感じながらナギは答える。

「そうだけど、俺に何か用?」

ナギは長くなりそうだと察し、少女を家の中へ促す。少女はありがとうございます。とお礼を言って家の中へと入っていく。

「あなたが、ナギさんなんですね」

埃っぽい廊下を通り、部屋へと到着する。

ナギは少女を部屋の真ん中のテーブル近くのソファに座らせる。イメージしていた大魔法使いとは違った姿だったナギだが、少女はギュッと拳を握り締める。

「そうだけど」

そう言って、テーブルに置かれた小さな火鉢に魔法で火を着け、その上に水を入れた小さなやかんを置く。

「えっと、急で申し訳ないんですが、私を弟子にしてください!」

そう言った少女をジッと見るナギ。少女の表情に見える真剣さを感じとる。

うーん、と考える仕草をとるナギに、返事をドキドキしながら待つ少女。

「いいよ」

「え」

あっさり許可が出てしまった事に驚く少女。少女はもっと手こずると思っていたのだが、ナギはそんなこと気にした感じもさせずに、沸騰したお湯をコーヒーの粉末を入れたマグカップに注ぎ、少女に渡す。

「砂糖とミルクは?」

「あ、いります」

スッと、二つを少女の目の前に置くナギ。それにお礼を言って、少女は砂糖一つとミルクを入れてスプーンで混ぜる。

「魔法の弟子で良いんだよね?」

ナギも砂糖三つとミルクを入れて、魔法でかき混ぜる。

熱いのでゆっくりとコーヒーを口にいれる少女が、カップを一旦テーブルに置く。

「はい、そうです」

「んー、まあいいんだけど、なんで俺に?他にも師匠として有能な魔法使いはいると思うよ」

ナギもカップをテーブルに置き、少女の向かい側のソファに座る。その表情が髪に隠れてわからないが、言いたいことはわかる。

魔法学校にも勿論、セレスティアルには有能な魔法使いはまだいる。わざわざ、こんな辺鄙な場所へ来て弟子になる理由が気になった。魔法学校から近いと言えば近いのだが。

「私はまだ上手く魔法が使えないんです。それで、師匠を作って教えてもらって、ちゃんと魔法を使えるようになりたいんです」

「ふむ」

ナギは少女をジッと見る。魔法学校に通ってるってことは、少なくとも十五、十六歳あたり。魔法学校には一般的に十三歳から入り、十八歳で卒業する六年制である。残り三年で魔法を物にしなければ卒業は難しい。魔法使いとして活動するためには卒業は必須。

だが、それでもわざわざナギに頼む理由があると考えるナギ。

それを察した少女は唾を飲み込み、再び口を開く。

「正直、老人の魔法使いとかに教わるのが嫌だったのもあるんですけど、ナギさんは基礎をしっかり固めた効率的な魔力の使い方をする魔法使いと聞いたんです」

そう言って、少女はキャリーケースから一冊の本を取り出した。その本は、ナギの著書である『基礎魔法の効率化』。火を着ける等の簡単な魔法を、更に簡単に魔力を抑えて使う方法等を載せた本であるが、その魔法を理解していなければいけないため中級者向きの物。基礎を固めていれば、この本を読んですぐに実践できるなかなかの優れ物。この著書のおかげだけではないが、ナギは大魔法使いとして有名になり、隠居生活を送れているのである。

「あぁ、基礎を固めたい訳か」

少女の言いたいことを察したナギ。他の魔法使いでも基礎はある程度固めているのだが、ナギは基礎を完璧に固めている。魔法においても基礎を固めれば応用は簡単である。

少女は頷く。

老人に教わりたくない、と言う少女の言い分に苦笑いするが、なんとなくその気持ちはわからんでもない。

「まぁ、さっきも言ったけど、弟子になるのは君が俺で良いのなら良いよ」

そう言って、ナギは少女のそばに立ち手を差し伸べる。

「ありがとうございます!」

少女は嬉しそうにその手を握り締める。ナギもニコッと笑う。

「ところで、君の名前は?」

手を離し、少女に聞く。

「あ、私はレアスです」

レアスね、とナギは確認し席を立つ。

ふと、レアスの持ってきたキャリーケースを見て気づく。

「もしかして住み込み?」

「あ、はい。そのつもりで来ました。家事は一通りこなせるので任せてください!」

そう言って、レアスは自信満々に両手を握る。

「そっか、じゃあ任せるよ」

家事ができないわけではないが、やると意気込んでるからやらせとこうと思うナギ。

「部屋はどうしようか」

レアスを呼んで、歩き出すナギ。

一階はキッチンと応接室、風呂、トイレ。二階が寝室二つという間取りになっている。

レアスと共に二階に移動し、一つ目の部屋を開ける。特に何もない使ってない部屋だった。

「ここでいい?」

ナギはレアスに部屋を確認させる。レアスが部屋を見渡し、広さを確認する。

「大丈夫です!ありがとうございます!」

そう言って、キャリーケースを部屋に置く。

「家具はまた後で揃えようか」

「はい」

そう言って、家の案内を始めるナギ。


家の案内を終え、再び応接室に戻ってきたナギとレアス。

「そう言えば、君は魔法触媒は何?」

「私はこの杖です」

レアスはスカートのポケットから細長い木製の杖を取り出してナギに見せる。魔法を使うために必要になる、魔力を集めて形にするための道具、それが魔法触媒。杖が一般的であり、指輪やタリスマン、変わり種として剣もあったりする。無くてもいいのだが、あった方が楽と言う事で普及している。

「ほー、戦闘は視野に入れてる?」

「戦闘はあまり…」

目線を外すレアス。

「まあ、戦闘をしないといけない訳じゃないから、おいおいね。」

レアスは魔法自体があまり得意ではないようなので、慣れてからだなと判断する。

「とりあえず、今日は部屋の物を片付けなよ。家具は今から準備するから」

外に行ってくる、そう言ってナギは部屋を出ていった。

「準備する?」

この辺にお店なんて無かったのに、と思いながらレアスは自室へと向かう。


三十分後。

家具が無いためやれる事が特に無く、部屋を一通り掃除して、換気のために窓を開けて外を見るレアス。

そこへ、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。はい、と言ってドアを開けると、ナギが立っていた。

「どんなのが良いかわからんから、とりあえず形にした物を持ってきたよ」

そう言って、ナギは手を部屋に向ける。

すると、次々と部屋にタンスやベッド、机椅子が現れた。

「すごっ…!」

思わず口を手で覆うレアス。置かれた家具に近づき触るレアス。

「コレどうしたんですか?」

しっかりとした、木製の家具。傷一つない新品の家具。

「木から魔法で作った。女の子の好きそうな形はわからんかったから、普通に使うのに困らない形にしたけどよかった?」

少し申し訳なさそうなナギに、レアスは嬉しそうに家具を触りながらお礼を言う。

「全然大丈夫です!ありがとうございます!!」

そう言って、レアスは荷解きを始めた。

嬉しそうに整理を始めるレアスに、安堵したナギはソッとドアを閉めて一階に降りていった。


夜。

荷解きを終え、ナギの沸かしてくれたお風呂でくつろぐレアス。ナギが、家事をやるのは明日からでいいと言ってくれたのと、やる前にナギが既に準備をしてくれていたため甘えてレアスはお風呂に浸かっていた。

「今日はナギさんが準備してくれてるから、明日からしっかりと家事をやらなきゃ!」

晩御飯もナギさんが準備しちゃってるんだろうなぁと思う。

ふと、ナギの姿を思い出す。全身黒コーデのボサボサ頭の無精髭。イメージしていたのとは違ったけど、噂通り凄腕の魔法使いだし、老人じゃないし、優しい感じだったからまぁいいか、と納得する。

「…身だしなみを整えてみようかな」

ナギの髪と髭を整えたら、っと有りがちな想像をしながら湯船に浸かる。


「言われた通り、髭剃って、髪も整えてきたよ」

「…」

お風呂を交代した時に、髪と髭を整えてと頼んでみたレアス。いいよー、と軽く返事が来て十分後、お風呂から出てきたナギを見て唖然とするレアス。

整った黒髪から、先程は見えなかった目が見え、髭の無くなった顔立ちは少し幼さを見せる。

(な、なんてテンプレ…)

あまり期待してなかったのだが、全然印象が変わる。イケメンではないが、整えてれば普通に見えるその姿にレアスは戸惑いを隠せなかった。そして、一つの疑問が浮かぶ。

「ナギさんっていくつですか?」

見た感じ十八とかその辺とか言われても納得できてしまうような童顔。

「えっと二十七かな」

「十歳差!?」

実際、レアスは十六歳なので十一歳差なのだが、ナギの歳に驚きを隠せない。

問題があるかと言われたら特にないし、見た目も綺麗にしたらレアスにしたら文句はなかった。

唖然とするレアスを不思議そうに見ながら、ナギは空の皿をテーブルに並べそこに魔法で料理を出現させた。

「なんか、もうスゴいですね」

驚きの連続でレアスの語彙力は壊滅していた。二人はテーブルを挟んで座る。

ナギは、アハハ、と照れたように笑い晩御飯を食べ始めた。



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