第20話 号火

雑木林の中、創り出された異空間。瞳に突き刺さる鮮烈な色と、どこか不安にさせられるような鈍重な色が幾重にも重なり、交錯し、その空間を埋め尽くしていた。それはまるで、幼い頃読んだ絵本に描かれた魔女の住む森の様だとリョウは思った。

 

そんな少年の方へ、ベレー帽は筆を大きく振り回した後、筆先を向ける。

 

「さあさあ、まずは戦闘準備を整えるとしようか。空装画エアームズ“ピースメイカー”」


ベレー帽の呼び声に応じるように、散らばった色たちが拳銃の形を空に描き出す。やがて出来上がったそれは、まるで本物の銃のようにこの空間に姿を現す。そして勿論、その銃口は少年へと向けられていた。

 

「そんな拳銃一丁で僕は仕留められないぞ」

 

しかしそれに臆することなく、少年はベレー帽へと構えた拳を前に突き出す。その拳には猛る炎が纏われており、まるで意思を持っているかのようなその炎は、描き出された一丁の拳銃を捕らえ、灰塵へと変わるまで焼き焦がす。

 

「おっと、そうはいかないね。複写青製アズル・レプリック

 

ベレー帽が青の絵の具をばらまくと、その絵の具は先程ベレー帽が造り出したものと全く同じ形の拳銃へ変わる。しかもそれは、一つではなかった。少年の周囲を囲むように、全部で12丁の拳銃が、宙に浮かんでいた。

 

「さあ、もう逃げられないよ?」

「まだだ、上がある」

 

少年はそう言って地面を蹴ると、大きく飛び上がり、左足を軸に炎を纏う右足を回転させる。すると、右足の炎が音を立てて激しく燃え上がる。

 

「ふふ、今の時点でここまで出来るとはね。でも、やっぱり、まだまだだ」

 

ベレー帽は再び筆先を少年へと向ける。それに従うように、12丁の形ある絵空事が少年へと引き金を引く。

 

放たれた12の弾丸は少年の右足を撃ち抜き、少年はその場に倒れ込む、かと思われた。しかし、少年に纏われた炎は、更に火力を増していった。竜の鱗のような模様が、少年の右足に浮かぶ。そしてその鱗が、何匹もの蜥蜴のように姿を変え、足先へと集結していく。

 

少年の叫びとともに、最高潮に達した炎が、近付く弾丸を一瞬で消し去る。そして、少年は燃え上がり昂る炎の脚でそのままベレー帽へと蹴りを放つ。すると、その炎はいつかの竜の形へと変わり、蹴りとともに巨大な火球を吐き出した。

   

ベレー帽は浮かべていた笑みを崩すことなく、墜ちてくる炎を筆で払い、素早い身のこなしで蹴りをかわす。

 

払われた火球が近くの木々を焼き尽くす。不可思議な色の木々は、不気味な色に燃え、叫び声を上げる。少年は、力を使いきったのか、その場に倒れ込んだ。


「君はいつも予想を超えてくるね。本当に面白い。さっき君が見せてくれた竜の子供たち、蜥蜴、そう、まるで火蜥蜴サラマンダーみたいだ。そうだ、私が名前を付けて上げるよ。号火砲サラマンダーキャノンとかどう?気に入った?」 

 

崩れない笑みとともに、拍手とともに、冷めやらない興奮とともに謎の提案と称賛の言葉を並べ立てるベレー帽に少しうんざりしながら、少年は強く言い放った。

 

「君の予想なんか超えてやる。僕は、君が言うように幕を下ろさなくちゃいけないから」

「いいね、その意気だよリョウ君。その調子で君にはオジサンを倒してもらわなくっちゃね」

 

この少女は本当に何を考えているんだ?いや、今はそれよりも、やることがある。何を考えているかなんて、後で聞き出せばいい。少年はベレー帽の理解し難い言動に困惑しながらも、自分の中で確かな覚悟を決めた。

 

「それで、能多首相に会うにはどうしたらいいんだ?君は奴の……なんだったかな、そうだ、エージェントなんだろ?」

「あれ、教えてたっけ?いや、もしかして“彼”から聞いたのかな。まったく、余計なことしてくれるよね」

 

ベレー帽は溜め息を吐くと、そうだよ、君の言うとおり私はオジサンに雇われたエージェントさ、そう答えた。実はリョウも確かなことは覚えていなかった。この話は、野球帽の少年に聞いた話だったが、事件の黒幕を聞かされた後だったので、その時のことは意識がふらついていたせいでよく覚えていなかったからだ。

 

「まあ、でも、正直な話私はあんまりオジサンに興味があるわけじゃないんだ。私が興味あるのは……おっと、うっかり口を滑らせるとこだった。とにかく、君は、君たちは少なくとも私の興味の対象だから安心していいよ」

 

まったく嬉しくないねと少年ははっきり言い放った。それを聞いて、君もなかなか素直じゃないなやつだなあとベレー帽はクスクス笑った。

 

「ま、今日はこれでおひらきだね。また会うのを楽しみにしてるよ」

「待て、まだ大事なことを聞いてない」

 

時が来たら教えて上げるよ。そう言ってベレー帽は姿を消した。いつの間にか、辺りはいつもの雑木林に戻っていた。勿論、周りの木々は無事なままだった。

 

身勝手なやつだと少年は思った。同時に、本当に考えが読めないやつだとも、少年は感じていた。向こう側についていながら、こちらに勝手に協力する。ベレー帽の内面は、幾重にも塗り重ねられた“色”で隠されているような気がした。

 

「さて、僕もそろそろ帰るかな」

 

帰路に着いた少年の身体を、初夏の風が吹き抜けていった。踏むアスファルトの温度は、確かに次の季節が来ていたことを少年に感じさせた。

 

今年の夏は忙しくなりそうだ。午後五時過ぎの暮れだした空を見上げ、少年は一人気丈に微笑んだ。

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