第18話 霧立ちこめる世界
「さっきはごめん」
「気にすんなよ。お前の気持ちは分からなくないからよ。俺だって本当はトロに嘘なんかついていたくない」
そう言ったレクの表情は悲しげだった。罪悪感に苛まれているようにも見えた。隣にいるダイキも、それは同じだった。
「うん、今は仕方ないよ。それより今すべきことはトロのくれた情報から相手の狙いを見極めることだ」
昼休み、リョウ達はまた三階の倉庫に来ていた。やはりここは作戦会議にはうってつけな場所だと彼らは思った。少しばかり埃っぽくてジメジメとしてはいるが。
「やっぱりここにいたんだ。それで、何か分かった?」
リョウ達が話をしていると、少し遅れてユウカとミイナがやって来た。ミイナの言い方が癪に障ったのか、レクは適当な口調で答える。
「ああ、何か分かったよ」
「何それ。もっと丁寧に答えてくれたっていいじゃん」
二人とも怒らないでよとユウカがなだめると、二人は恥ずかしくなったのか首を横に向けた。
「いや、実はトロに調べてもらったんだ。例の黒幕の大臣様のことをね」
ダイキはレクを横目に見ながら少しあきれた口調でユウカ達に言った。そしてそのまま、トロから聞いたことを覚えている限りすべて話した。
「それで、ここからは僕たちの推測なんだけど」
そこでダイキは一息吐いたように目をぎゅっと瞑り、開くのを数回繰り返すと、再び口を開いた。
「能多首相はリョウの力を欲しがってる。これには例の『たそがれ計画』が関わってるんじゃないかな」
「え、関わってるって、どんな風に?」
「……それはわからない」
ミイナの問いに、ダイキは困ったような表情を浮かべはしたが、すぐに返した。というのも、今の時点ではこれ以外の返答は出来ないとわかっていたからだ。もちろん、それを聞いたミイナの表情は多少不満気ではあった。
「ふぅん、まあでも話を聞いてるとわからなくもないかな。あたしもその人工衛星の話は何だかおかしく感じたしね。ユウカもそう思わなかった?……あれ、ユウカ?」
そう聞かれたユウカは何か別のことを考えていたようで、ミイナの声に気づくのに時間がかかった。
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて。えっと、そうだね、私もその話は不思議だと思ったよ。わざわざ自分の立場を危うくしてまで計画を進めるなんて、普通じゃないよね」
「うん、そこなんだ。彼の家系はどうやら波風立てないことを第一にしていたみたいだし、彼の目的が大臣としての立場を手にいれることだけなら、わざわざ危うい開発計画なんかに手を出さなくても彼にはそれが出来るポテンシャルがあったみたいだし」
五人はその場で頭を捻らせてその動機を考えた。しかし、あまり良い答えは浮かばなかった。
「自分の立場を危険にさらしてまでやる計画や、特殊な力を持つ人を捕まえてやることの理由なんかあんまり考えたことないからなあ」
その言葉で、少年達は再び、自分達が一週間前くらいは何も知らない普通の少年であったことを思い出させられた。
リョウはふと倉庫部屋の小さな窓から外を眺めた。思えばあの日まで自分達が見ていたのは、こんな風に小さく切り取られた世界の一部分だったのかもしれない。そして今も、見えている世界の広さは変わってはいなかった。ただ、外に広がっていることに気づいただけで。その外側と呼べる部分には、未だに濃い霧が、暗い雲が、限りなく不透明なもやがかかっていた。
「僕たちは実際にはまだ何も掴めてないってことか」
「そんなことはないよ」
沈んだリョウの声を聞いて、咄嗟にユウカがそう言った。しかし、彼女にはその言葉の先は思い付かなかった。リョウもそれを察してか、問いただすようなことはしなかった。
作戦会議の終わり、午後の始まりを告げるチャイムが鳴る。
「じゃあ、また放課後に」
少年達は急いで教室に向かおうとする。
「5校時目って何だっけ」
「社会だよ、多分」
今のリョウには、こんな普通の会話がやけに悲しく思えた。こういう話だけをしていられたら、普通に日々が過ぎていってくれたら、どんなにいいだろう。ずっと先の明日で、あんなこともあったねと、笑い飛ばせたら、そんな風にいられたら。
ふと、ダイキが後ろを振り返る。そこには誰もいない。
「……気のせい、か」
しかしそれは気のせいではなかった。一人の少女が、少年達を見ていた。
一人の少女が、少年達を見守っていた。
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