第17話 大人達の嘘、少年の嘘
「なんだ、その『たそがれ計画』って?」
レクは我慢ならないと言った様子でトロに問いかけた。それを聞いて、まあ待って、今から説明するからとなだめると、トロは再び説明を始めた。
吉一が大臣に任ぜられてから、唐突に持ち上がった新たな宇宙開発計画、それが人工衛星"たそがれ"の開発というものだった。元々日本国内でも様々な人工衛星の開発が行われていた頃だったので、初めはあまり目立つこともなかった。
しかし、その計画の進め方が常軌を逸していた。先に始まった他の計画を無視し、『たそがれ計画』のみを強引に推し進めたのだ。これには全国の多くの研究機関からの意見も相次ぎ、様々な出版社や報道機関がこれに目を付け、裏を探っていた時期があった。しかし、結局批判はされても計画が止められることはなかった。後ろめたいことなど何も見つからなかったからだ。"見つからなかった"だけかもしれないが。それに他の計画が完全に停止させられたという訳でもないということで、段々と時の流れでこの問題は風化していった。
こうして順調に進んでいくかと思われた『たそがれ計画』だったが、その途中、もう一つの事件が発生した。アメリカの宇宙開発局が、"たそがれ"の共同開発を提案したのだった。勿論この提案自体には特に問題はなく、吉一の留学時代の縁もあってかこれは承認されるはずだった。
しかし、当の吉一がこれを拒否した。表向きは開発チームに否定派の意見が多数だったため否認されたと言われていたが、これも実際は吉一が裏で手を回したからだと言われている。
こうして日本国内のみでそのほぼ全てが開発、製造された人工衛星"たそがれ"は、つい先日宇宙へ飛び立った。
「僕が『たそがれ計画』について知っているのはここまでかな。もう少し時間をかけて調べればもっと背景が見えてくるのかもしれないけれど……」
話が少し複雑だったのか、レクは頭を右に左に何度か捻ると、疑問符をそのまま描いたような顔でトロに聞き返す。
「うーん、話は何となくわかったけどよ。なんでそこまでして大臣のおっさんは人工衛星を作りたかったんだ?」
トロはそれを聞くと眉間に皺を寄せ、少し困ったような表情を浮かべて言う。
「それについては何とも……。僕も引っ掛かってはいたんだけどね。これに関してはネット上でも意見が分かれてて、一つに定まらないんだ」
一呼吸置いて、トロは再び話を続けた。『たそがれ計画』の後の、今の"能多首相"に至るまでの話だ。
吉一はその後、先見性のある政策と生まれ持ったカリスマ性で、周りの政治家達を突き放す人気を持った政治家となった。そしてそのまま現在の民正党党首まで上り詰めた。その後間もなく民正党が与党となると、党首であった吉一は内閣総理大臣の席を手にいれた。
「そんなわけで、彼は政界で表立った活躍をしてこなかった能多の家系に現れたヒーローともいえる存在になった。ここまでが僕が調べた能多吉一首相の経歴だよ」
聞き終わると、リョウ達は改めて感心した様子でトロを見つめていた。気恥ずかしくなったのか、トロはまた、耳の辺りを掻いて言った。
「な、なんか照れくさいからやめてよ。僕はただ出来る範囲で調べただけだからさ。……あの、一つ聞きたいことがあるんだけど」
それを聞いて、レクは、おう、なんだ?と聞き返す。どうやらトロの"聞きたいこと"の意味には気づいていないようだった。一方で、リョウとダイキは何となくその内容を察していた。そしてその予想は当たった。
「どうして急にこんなこと知りたかったの?この間もヘリのこと聞いてきたりしたし……。何かあったのかと思って」
それに対する返答はすぐには浮かばなかった。リョウ達は、自分達の行動は普通に考えて不自然だと気付いてはいたからだ。
少しの沈黙の後、ダイキが口を開いた。
「いや、僕たちもそろそろ社会について学ぶべきかと思ってね。来年は六年生だし、すぐに中学生になる。うかうかしてられないと思ってさー」
その声はどこか苦しそうだった。そしてその瞳はまるで生まれたばかりの仔山羊のように、水面に浮かべた笹舟のように、しっかりとした軸を持たないまま、ふらふらと宙を泳いでいた。
「……そっか。確かに若いうちから社会について興味を持つのはいいことだって先生も言ってたからね」
その時、そう言ったトロが少し寂しそうな目をしていたのを、リョウ達は確かに見た。
そうだ。こんな状況で僕達が何かを隠していることに気づかないはずはないんだ。
それならどうする。真実をそのまま伝えるのか?そうしても意味なんてないことにはとっくに気づいているのに?トロならば信じてくれると、不確実な確信を持ってそれを伝えるのか?
少年達は誰かを"信じる"ことを信じられずにいた。
「じゃあ、また聞きたいことがあったら何でも話してよ。調べることは好きなんだ」
トロはそう言って僕たちに背を向けた。彼もまた、何かを隠すように。
「あの、さ」
リョウがそう言いかけた時、レクが強く肩を掴んだのを感じた。振り返ってみると、口を閉じたままのレクの表情は、確かにこう言っていた。
『今は、まだ早い』
背中合わせた二つの感情を抱えたまま、すれ違ってしまった少年達の空いた胸へ、教室の窓は夏風を運んでいた。
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