other side4:魔法

男が公務を終え、自分の書斎に戻ってくると、見覚えのある光景がそこにあった。彼の椅子には一人の小柄な少女が腰かけていた。

 

「おかえり、オジサン」

「君か……。丁度いい、聞きたいこともあったのでね」

 

奇遇だね、私もだよ、そう言ってその少女───ベレー帽の少女は椅子から立って男の方へ歩み寄っていく。それに対して、男はいささか焦ったような声でベレー帽に問いかける。

 

「では私の方から聞かせてもらおう。何故エージェントを始末した?彼は私が雇った男だ。君と敵対する存在ではなかったはずだが」

「オジサンは彼を雇ったことを私に伝えもしなかったよね?あの女の子───ユウカちゃん、だっけ?彼女を捕らえるっていう作戦のことも。よくないなあ、そういうの」

 

男は少しの間言葉を詰まらせたように喉の辺りに触れていたが、やがて口を開き、言い放った。

 

「だったら君ももう少し私に信用されるような行動を心掛けなさい。私が用心深いのは知っているだろう?」


それを聞くと、鼻から笑いを洩らし、ベレー帽は小馬鹿にするような口調で言う。

 

「へえ、オジサンは私が怖いんだ。それじゃ、"あの人"とどっちが怖い?」

 

ベレー帽が人差し指をくるくると回しながら、男の方を見つめる。もちろん、男にはベレー帽と伸びた前髪で少女の表情は正確には読み取れなかったが、心を読まれるのを避けてか、結局男はその質問には答えなかった。

 

「まあいいや。私が聞きたかったのはそんな事じゃないし。話を戻すけど、今日聞きたかったのは、どうして独断でユウカちゃんを捕まえようとしたりしたかってこと」


男は深く溜め息をついて、少し疲れたような、しかし焦っているようにも見える表情をすると、ゆっくりと口を開く。

 

「正直、君のやり方では時間がかかりすぎる。彼が使い物になるレベルまで覚醒するのを待っているのでは不確実すぎると判断した。"あれ"の内部システムが解析されてしまってからでは遅いのだよ」

「時間がかかる?そんなことないと思うけどなあ。むしろ急ぎすぎてせっかくの素材を駄目にしちゃう方が不味いような気がするけど?」

 

ベレー帽に返す言葉が見つからないのか、男は再び俯き、口を閉ざした。沈黙が二人の間の3メートルを満たす。しばらくして、ベレー帽の方からまた話が始まった。

 

「オジサンの焦る気持ちは分からなくもないよ。でも私の"子供"の目線から言えることは、もう焦っても遅いかもしれないってことさ」

 

その言葉に男はハッとしたように顔を上げる。どういうことだと、男は食い入るように少女に聞く。

 

「ターゲットの彼らの周りに、私と同等か、それ以上の"力"を持つエージェントがいる。誰が雇い主なのかは見当がつかないけど……」


それを聞いて男は目を細める。そして、また大きく溜め息をつくと、がっくりと肩を落とした。

 

「もう手遅れだと言うのか。一族の悲願成就は、結局泡沫の夢に過ぎなかったと言うことか」

 

そんな悲しげな男の顔を見て、ベレー帽は少しわざとらしく慰めるような口調で言う。

 

「まだ方法はあるよ。こっちの土俵で計画を進めれば介入を妨げることはできる。彼らをここに呼び出して、オジサン自ら戦えばいいんだ」

 

何を言い出すかと思えば。男は自棄に満ちた口調でそう言うと、ベレー帽はまあ聞いてよと男の方を見つめながら返した。

 

「アレの技術を使った装置───"あけぼの"、だっけ?それを使えば、人工衛星は充分起動できるはずさ」

「しかしあれは試作品、というか失敗作だ。確かにエネルギー転送の点では全く問題ないが、肝心のエネルギー変換に膨大な量の煌気ルミナスを必要とする。いくら邪竜に近い力を持つ少年といえど、あれを起動できるかどうか……」

 

それを聞いてベレー帽はまたわざとらしく、少し呆れたように口元を歪めて首を横に振る。

 

「彼には危機的状況において周りのルミナシストの力を引き出す力がある。これも理由は分からないけど、戦えば戦うほど彼も周りも強くなるってこと。オジサンが相手してやれば、充分なルミナスが集まると私は見てる」

「成る程。しかし一つ納得のいかないことがある。戦うなら私でなく君でも構わないのではないか?」

 

疑惑の色を浮かばせた目を向けてきた男に対し、ベレー帽は意地悪なことを聞くなあと、すこし寂しげな表情で応える。

 

「前言わなかったっけ?私はルミナスの量自体はあまり多くないんだ。ちょっとした手品でうまく使ってるだけ。だからエネルギー変換の面で言えばオジサンが適任だよ」


手品?魔法だろう、と男は微笑んで言った。それを聞いてベレー帽はクスクスと笑う。

 

「確かに、種も仕掛けもないけどね」

 

それじゃ、また。そう言ってベレー帽は男の部屋を出ていった。そして、少し降りだしそうな空を眺め、何故だか残念そうな表情を浮かべると、そこから消えていった。その跡に、"真っ赤"な色を残して。

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