第16話 "たそがれ計画"
「僕とレクで一気にあいつらを追い詰める!その時二人は出来るだけ大きく深い傷を刻み付けて!」
リョウはそう叫ぶと、二体ずつに分かれていた黒服たちを一ヶ所に追い詰めるように炎を纏った蹴りを繰り出す。それを避けようと黒服たちは後方に下がり、蹴りの届かない位置に立ったが、次の瞬間、彼らには予測不可能な出来事が起こる。
リョウの脚に纏われた炎の竜が、大きく口を開き、そこから巨大な火炎弾が放出される。突然の出来事に計算が追い付かなかったのか、黒服たちはそれが直撃し、動きを数秒止めた。
「逃がさねえぞ」
続いてレクが腕を伸ばす。牛をも飲み込む大蛇のように伸びたそれは、黒服たちに巻き付き、縛り上げた。
「今だ!いくよ、ダイキ!」
「うん!」
そのチャンスを逃さないように、ミイナとダイキは素早く黒服たちの頭上に飛び上がり、頭頂部から胸部にかけて、深い爪痕を刻み付けた。黒服たちの頭部と体から、火花が迸る。リョウは再び地面を強く蹴ると、黒服たちの半壊した上半身に炎の一撃を食らわせ、それをほぼ全壊させた。そうして体のコアを失った黒服たちはその場に倒れた。
「おお、やっぱすごいなあ。あんな竜の息吹きみたいなものまで見せてくれちゃって。あれも咄嗟に思い付いたのかな?」
楽しげに拍手しながらベレー帽はそう言うと、リョウ達の元に降りていった。
「お前……来るなら来いよ」
「おっと、そう焦らないで。お楽しみはとっておかないとね。じゃ、今日はこのくらいにしといてあげるから」
ふざけんな、そうレクが言ってベレー帽に迫った時には、空は元の色に戻り、黒服たちの残骸もやはり消えていた。
「ちくしょう、逃げやがって」
「まあまあ、レクも落ち着いて。僕たちも消耗してたし、今彼女と戦うのは危険だったよ」
ダイキがそうたしなめると、レクはまあそれもそうかと、不満を少しだけ軽くできたようだった。
「とりあえず、今日はもうやつらも来ないだろうし、それぞれの家に帰ろう?」
ミイナのその言葉で、リョウ達は今日のところは、と別れることにした。
風に流され、梅雨の足跡として夏の始まりに残された六月末、七月近くの雲が、暖かい色へ変わり始めていた。もうすぐ夕暮れだ。
自分の家に向かいながら、リョウは少し不思議に思っていたことがあった。あの竜のことだ。
あの時、竜が吐いた火炎弾、あれは自分で意識して編み出した技というわけではなかった。どちらかと言えば、体が勝手にそうさせた、そんな風にリョウには思えた。
正直、自分にもわからないことが自分の体で起こっているという今の状況はあまり気分の良いものではなかった。未知のものに対する恐怖心、それをリョウは今、確かに、自分に対して感じていた。しかし、そんな正体の知れない何かがリョウを、そしてレク達を救ったのも事実だった。そう考えれば、悪いものではないかもしれないと思うこともできた。
そうして少年たちの戦いの、始まりの一日は幕を閉じた。
「おはよう、みんな。頼まれてた能多総理大臣の経歴をまとめてきたよ」
次の日の朝、教室に来たリョウ達を待っていたのはトロだった。彼は手に持った何枚かのプリントを机に広げ、リョウ達に見せた。
「おおお……すげえなトロ。こんな風にまとめてくれるとまでは思ってなかったぜ」
レクは感心しきった様子でトロの肩を何度も叩く、強く叩きすぎたのか、トロは少し顔をしかめたが、照れくさいのもあるのか、耳の辺りを掻いて笑っていた。
「へへ、まあそんな大したことでもないよ。それより、説明を始めてもいいかな?」
ぜひ始めてくれとリョウは言った。すると、トロは一呼吸置き、放送委員会の真似をするように、聞き取りやすい声のトーンと速さで話し始めた。
高祖父である
海外への留学などで宇宙開発についての知識を深めていた学生時代の彼は、次第にそれに関わる仕事に就きたいと思うようになったという。だが、一家代々政治家の家系で、長男である自分が好き勝手は出来ないという意識があったようで、結局若くして政界入りを果たし、初めは特に波風立てることのない、父までの代と同じ様な政治家であったという。
しかし、ある時を境に彼は変わった。今まで目立っていなかったはずの彼が突然、文部科学大臣に抜擢されたのだった。そしてその頃、これも今まで彼には無縁だったはずの様々な黒い噂が、彼の周りでささやかれるようになった。
「そして、文部科学大臣となった彼の主導で、とある宇宙開発計画が持ち上がった」
人々はそれを、『たそがれ計画』、そう読んでいた。
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