第15話 再戦

「ふふ、そろそろ時間かな」

 

月曜の夕方、体育館の屋根からベレー帽の少女は下校する生徒たちを眺めていた。

 

「これ以上"仲間"を増やしてもらうと面倒なんだよね。出来るだけ周りにいなくなったところを狙わないと。あのエージェント君みたいな失敗はしたくないしね」

 

ベレー帽はそう一人言のような何かを言い終わると、後ろを振り返って言った。

 

「ね、影使い君?」

 


 

「おいおい、何か大げさじゃねえか?かえってこれじゃあ目立っちまうよ」

 

レクが言った。その日の帰り道、少年たちは四人でユウカを囲みながら帰っていた。

 

「仕方ないでしょ。相手がいつどこから現れるのかわからないし」

「で、でも私も何かこれは気が引けちゃうなあ」

 

緊張感を崩さず常に回りを見渡しながら動くミイナに、ユウカが顔を赤くして言う。


あの話の後、リョウ達四人は事件が解決するまでの間、ユウカと一緒に帰るということに決めていた。

 

「もちろん、本当に危険な状況になったら僕が身代わりになるから。それはゆずれない」

 

リョウはレク達を信じていながらも、自らの覚悟を捨てたわけではなかった。本当に危険になったら、つまり、僕たちがやつらに勝てなかった時は、僕がみんなの身代わりにいなくなる。この覚悟だけは変わらない。そうリョウは彼らに告げていた。

 

「そんな状況にはならねえぞ。俺たちは負けないからな」

 

そう言ったレクは笑っていた。リョウを気遣ってそうしたのか、それとも自分の不安を押さえるための強がりか、それはわからない。でも、リョウにはその笑顔がとても頼もしく思えた。


 

  

そうして今に至る。少年たちは警戒を解くことなく、一キロ半ほどの帰り道を歩いていた。

 

「そういえばダイキ、あれのことは……」

 

あれと言うのは、野球帽の少年がリョウ達に告げた男のことだった。彼の経歴を知れば、今回の事件に何か繋がる可能性も考えられた。だから、情報に強い誰かにその調査をお願いしようと思っていたのだ。

 

「ああ、トロに頼んでおいたよ。あいつならすぐにやってくれるさ」

 

事情も知らないのに何か悪いなあとリョウは言ったが、実際協力してくれる友達がこんなにいることを嬉しく思っていた。そんな話をしているうちにも、ユウカの家は段々と近付いていた。

 

「もうすぐだね、ユウカの家に着く」

「そうだね。もうすぐだね」 

 

少年たちがどこからか声を聞いたとき、世界は一気に彩度を狂わせ、雲も空もアスファルトも、周囲の全てが混沌とした色彩に変わっていた。

 

「やあ、こんにちは。私の迷彩宮カモフラビリンスにようこそ」

 

しまった、と四人は思った。ベレー帽の少女は、いつも通りの不適な笑みを浮かべ、隣家の屋根の上から少年たちを見下ろしていた。

 

「俺たちはこんなとこに来るつもりはなかったぞ。お前が閉じ込めたんだろ」

「人聞きが悪いなあ。こっちだって機を見極めるのに苦労したんだから」

 

ベレー帽は笑いながら言う。相変わらず、小柄な体に合わない大きめのベレー帽のせいで、正確な表情は読み取れなかった。

 

「ユウカは渡さないよ」

「うん?何か勘違いしてない?私はそもそもその子に用はないんだけどなあ……」

 

とぼけるなとでも言うような表情で、ミイナはベレー帽を睨み付けた。

 

「ま、こうして話ばかりしてても仕方ないよね。"本題"をあげようか」

 

そう言って少女が筆を振ると、どこからかあの黒服が現れた。前後から二体ずつ、リョウ達にじわりじわりと距離を詰めてくる。

 

「出やがったか、ロボット野郎」

「目標確定。任務開始」

 

黒服のサングラスの奥から赤く点滅した光が見えた。リョウ達はユウカを囲んだまま、戦闘体勢に入る。

 

「食らいやがれ!」

 

最初に動いたのはレクだった。前方から迫る二体の黒服に、右足を蛇の尾のごとくしならせ、反動をつけると、一気に叩きつける。黒服は大きく吹っ飛ぶが、受け身をとったため、すぐにまた立ち上がり、以前見せた指先からの発砲へ移行した。

 

レクは辛うじてそれを避けきり、再び蹴りを繰り出そうとしたが、今度は足をとられてしまった。

 

「ちっ、しまった……」

「レク、危ない!」

  

黒服たちは動きを封じられたレクに容赦なく銃撃を浴びせる。しかし、間一髪の所で、ダイキが間に入り、レクの足を掴む黒服の腕を爪で切り裂いた。レクは転がるようにして銃弾を避けた。

 

「助かったぜ、ダイキ」

「お礼は後で言って」

 

その後も、四対四による小競り合いが続いていった。しかし、状況は少年たちに不利になっていった。疲れが現れ始めたのだ。そして、こちらには守るものもある。

 

「くそっ、あいつら息切れ一つしやがらねえ。燃料切れまではノンストップってわけか」

 

苛立つレクの言葉に、リョウ達はそもそもやつらは燃料切れなんてするのだろうかとも思った。

 

しかし、どうやら時間稼ぎはただの体力の無駄ではなかったようだ。黒服の体内の銃弾は既に尽きたようだった。後は隙を狙って突破するだけだ。

 

「大丈夫、もう少しだ。行くよ、皆!」

 

リョウの声に、三人は疲れを吹き飛ばすように明るく応え、体勢を整える。

 

 

 

「さ、もう一度見せてくれよ、リョウ君。あの日君が見せたあの戦い方。あれは明らかに素人のものじゃなかった」

 

ベレー帽が呟く。彼女は相変わらず屋根の上から戦いを傍観していた。 


「君の力は果たして"邪竜"に近しきモノなのか……それとも?」

 

続けてそう言ったベレー帽は、ふと周りを見渡す。


「へー、観客は私以外にも意外といるみたいだ」

 

影法師が、一羽の烏が、一人の少女が、彼女と同じく、それを見ていた。

 

 

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