第14話 それぞれの"こたえ"

「ねえ。あんたたち、先週のこと覚えてるんでしょ?」


週末開けた月曜日、いつもの空気が満たされたいつもの教室。

いつもと同じようにに集まって、くだらない談笑を交わしていた少年たち。しかしそんな彼らを、あまりに唐突な言葉が襲う。

 

「……み、ミイナか。急に何だよ。びびるじゃねえか」

 

柄にもなく声を震わせるレクに、ミイナは少し苛立った口調で続ける。

 

「ねえ、覚えてるんでしょ!」

「大声を出すなよ、目立っちまうだろ」

 

それを聞いてミイナは声のトーンを絞って話を続けようとする。しかし、地でかなり通るミイナの声は、絞ってもあまり効果はないようだった。

 

「これでいいでしょ。とぼけないで教えて」


四人は場所を変え、三階の倉庫にやって来た。ここは行事で使う道具などが並べてあり、普段は誰も来ることがない。話し合いにはちょうど良い所だ。

 

ミイナの問い詰めに、説明があまり上手くないレクが困っているのを察してか、ダイキが代わりに話し出した。

 

「うん、君の言うとおり、僕たちは先週の月曜起きたことを覚えてるよ。でも君はその事は覚えてない様子だったじゃないか」

「思い出したの。金曜日に」

 

それを聞いて三人は顔を見合わせた。そしてレクはその後すぐに食らいつくように聞いた。

 

「何で思い出したりしたんだよ。きっかけは?」

「これ」

 

そう短く告げ、ミイナは自分の手を周りから隠すように三人の前に見せた。すると、その手はみるみるうちに猫のような手に変わっていった。


「マジかよ……」

「おどろいたな、まさか君が……でもどうして?あの時は忘れていた記憶が後から目覚めるなんて」

 

ミイナは先週の金曜日に起こったことを出来るだけ事細かに説明した。勿論混乱した中で起こった出来事だから、完全に正確に覚えているわけではなかったが、それでも覚えている限りのことはすべて話した。

 

 

「そういうわけで、あたしは記憶が戻った。こうやって話しかけたのはユウカのことを話さなきゃいけないと思ったから」

 

レクとダイキの二人はただただ驚いた顔をしていたが、リョウだけは話の途中からずっと俯いたままでいた。それもそのはず、自分の知らないところでユウカが危険な目に遭っていたと知って、平気ではいられなかったからだ。

これも僕のせいだ。

 

「そういうわけで、あんたたちもユウカを守るために協力してくれるよね?」

 

話を続けるミイナに、ダイキが何か歯の奥につまったような顔をして言いづらそうに言う。

 

「それが、ちょうど僕たちもその日、襲撃にあったんだ。そこで野球帽を被った男の子が助けてくれたんだけど……」

 

今度はダイキがあの日野球帽に聞いた話を全てミイナに伝えた。話が終わるとミイナは少しだけ狼狽えたが、すぐにいつもの調子に戻って言った。

 

 

 

「じゃあ、相手が大きいからってユウカを見捨てるっていうの?子供は大人に勝てないって?」

「いや、別にそういうわけじゃ」

「そういうことだよ」

 

俯いていたリョウが唐突に口を開く。その後、三人の驚いた顔をそれぞれまっすぐ見つめてから、再び話し始めた。

 

「僕らじゃ大人には勝てない。実際金曜日に起きたこと、あの場で野球帽やベレー帽の子の助けがなきゃどうしたって僕たちは逃げられなかった」

 

それを聞いて少年たちの瞳に暗い影が落とされる。

確かにそうだ。よく考えてみれば簡単にわかったことなのに、そこから目を背けていた。そうだと認めたくないがために、目を瞑っていた。

 

「だからやれることは一つしかない。僕の見つけた"こたえ"。」

 

リョウは自分に言い聞かせるようにそう言うと、見つけ出した"こたえ"を三人に告げた。

 

「僕がいなくなることだよ」

 

それで全部元通りだと少年は言った。強がりじゃないと言えば嘘になる。でもこの言葉がただの強がりでないことも本当だった。


「あんたはそれでいいの!?いいわけない……」

「そうかよ。それがお前の見つけた"こたえ"か」 


レクは大きく溜め息をついて、今度はリョウを見つめ返した。その目には、光と影が混ざりあって映し出されていた。ただ一つ、リョウの心を揺らしたことがあった。彼の目には、光と影はあっても、迷いは一切ないと言う事実だった。そしてそれは、ダイキも同じだった。

 

「俺の"こたえ"は違う。それはダイキ、お前もそうだろ?」

 

うん、とダイキは大きく頷く。そして、僕らの答えは違うよ。そう言ってレクと同じくリョウの方を見つめ返した。意外な出来事に、リョウは少し狼狽えた。そこで、レクがはっきりと言い放った。

 

「俺たちは戦う。リョウもユウカも誰もあいつらになんか渡さねえ」

 

どうして。無理だよ、そんなの。リョウは必死にレクたちを説得しようとするが、彼らの覚悟は簡単に揺らぐものではないようだった。

 

「勝てないからって何もしないで友達を渡すのかよ!俺はそんなの嫌だ!」

「子供の考えだ、何も分かってないって言われたっていい。僕たちは自分が後悔しないためにも戦う」

 

その後もリョウは二人の考えを変えようとしたが、二人はまるで動く気配を見せなかった。リョウは頭を抱え、うずくまるようにして考える。

 

どうしてだよ。僕さえいなくなれば、後はまたいつも通りに戻るのに。どうして……。

 

「リョウ。あんた、自分がいなくなればみんないつも通りになるなんて思ってるのかもしれないけど、レクたちやユウカはそんなの許さないよ」

「お前のいない"いつも通り"なんか、全然いつも通りじゃねえんだよ」

 

その言葉を聞いて、リョウは顔を上げた。そして、どうやら説得は無理らしいということに気がついた。

 

こんなに自分のことを考えてくれてる友達がいるのに、結局僕は一人で背負おうとしていた。

 

『そうやって人は何でも分け合ってくもんなんだ』

 

「ありがとう、みんな」


リョウの頬を一筋の滴が伝う。

 

そして、物語が、世界が、運命が動き出す。

少年たちの戦争が、始まる。

 

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