第11話 もう一つの目醒め
「ユウカー、次の日曜日……というかあさってって暇?」
梅雨ももうすぐ開ける、そして夏が来る。そんな季節の午後4時近く。二人の少女が学校からの帰り道を歩いていた。
「う、うん。暇だよ」
ユウカはミイナの問いかけに応答するのに時間がかかった。気にかかることがあったからだ。それを見抜いたようで、ミイナは口をとがらせて言う。
「もしかして、まだ月曜日のこと気にしてるの?そんなことあったはずないじゃん。きっと夢でも見たんだよ」
「いや……実はリョウ君たちも見たって言ってたんだ。何人かがいっしょに同じ夢を見るなんてそれこそありえないと思わない?」
それを聞くと、ミイナはすこし気味悪がったような顔をして、そのあと少し考えたような素振りをみせてから、ユウカに明るく微笑んで見せた。
「気にしすぎだって。それに、もしそれがほんとだとしても、早く忘れた方がいいよ」
あたしはユウカにはいつもみたいに笑っていてほしいから。ミイナはそう言って、ユウカの頬を人差し指でつんつんと触った。
「ありがとう。心配してくれて」
ユウカは確かにこうして悩んでいても仕方がないとは思った。しかしその一方で、どうしても気にかかることがあった。リョウのことだ。
『いいから早く忘れて』
少年の言葉は、小さなとげのように、雪に素手で触れたときのように、ちくちく、ひりひり、そんな感触をもって少女の胸に残り続けていた。
「あ、そういえば、ミサ今日どうしたの?」
「ピアノとスケートのおけいこだって。いつもは土日と水曜だけど、なんか発表会近くて忙しいらしいよ。まったくお嬢様は大変だよね」
でも発表会はあたしも楽しみかな、とミイナが言う。そして、まもなくいつもの分かれ道に着く。
「じゃ、日曜日いっしょに遊ぼうね。アオイも呼ぶかも。電話して予定話すから、出れるようにしといてね」
そんじゃまたと手を振り、ミイナは元気に走り去っていこうとした。しかし、突然、立ち止まる。そして、怯えたような顔をして振り向く。
「え?どうしたのミイナ」
ユウカは心配せずにはいられなかった。しかし、次の瞬間、ユウカも異変に気付く。
ふと、後ろを振り向くと、ユウカは思わず言葉を失った。
来たはずの道が、消えている。
黒い壁に覆われ、跡形もなく、
消えている。
「なに……これ」
ユウカはミイナの方に向き直すと、やはりミイナの前にも黒い壁が段々と姿を見せ始めていた。気付けば周りの道全てが塞がれ、行き場のない空間が出来上がっていた。
「ど、どうしよう」
この状況は明らかにおかしい。パニックの中、ユウカの脳裏にあの日の光景が浮かぶ。少女の"いつも"を奪ったあの日の光景が。
「逃げよう、ミイナ」
ユウカはとっさにミイナに駆け寄り、その手を掴む。ミイナはうん、と弱々しく答え、ユウカの瞳を見つめる。今ここから抜け出す方法は一つ。塀を越えての上方向の脱出しかない。しかしどうすれば……。
「強引に行くしかないね」
ユウカとミイナは覚悟を決め、塀をよじ登ろうとする。なんとか塀の上に手が届く。しかしその時、塀の上に影が現れる。
「領域内に非捕獲対象が一名……。少し予定とずれたが……まあいい。森咲ユウカ。貴様を捕縛する」
驚いたユウカ達は塀から手が離れ、地面に背中を打って倒れ込む。深い黒髪の少年が、二人の目の前の塀の上に立っていた。ぎらぎらと光る彼の眼は、正に獲物を狙う獣のそれであった。
「恨むなよ。これが俺の仕事だ」
そう言った少年はユウカへと手を伸ばす。ユウカは助けを求めようにも声が出ない。しかしそもそも叫んでもその声は届きはしないのだが。
閉ざされた空間で、一人の少女は今をあの日に重ねていた。ここにはあの時助けてくれた彼はいない。なら、私に出来ることは一つ。
「ミイナ、逃げて!」
ユウカは震える足を叩き起こして、少年を睨みつけたままそこから距離をとった。全ては自分に注意を引き付け、ミイナをここから逃がすために。
閉ざされた空間で、もう一人の少女は今に勇気を重ねていた。彼女は混乱の中、一つだけ分かることがあった。自分の親友が、これ以上ないくらい危険な状況だってこと。なら、あたしに出来ることは一つ。
「逃げないよ。ユウカを捕まえたりさせるもんか」
少女の瞳のその奥に、煌めきが宿る。
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