第9話 一戦、そして、一閃
「なんだか面白くなってきたね」
ベレー帽の少女がそう呟いた。
何でもない夕暮れの町、一ヶ所だけ異様な色に変わった空間。その中で煌めきに包まれた少年たちの事を、彼女は遠くから眺めていた。
「アレももしかして彼の力ってことなのかな。ますます興味深いね……」
少女はいつもの笑みを浮かべたまま、少年たちを眺めていたが、やがて立ち上がると、振り向いて言った。
「と、どうやらここに長居するわけにもいかないみたいだ。私は君とはまだ戦いたくないんだよね」
少女が振り向いた先には、黒い影だけがうっすらと残っていた。しかし、それもすぐに夕焼けの中に消えた。
「じゃ、あの子たちの事、後はよろしくね。危なかったらちゃんと助けてあげてよ?」
少女はクスクス笑うと、消えた影に手を振り、同じく夕焼けの中に消えた。
「見せてやるよ。俺たちの力」
レクはそう言うと、大きく腕を振る。すると、体の煌めきが形を変え、腕に鱗が纏われる。さらに、その腕が大きくしなり出す。強靭でかつ柔軟なそれは、ラリアットを繰り出すように黒服の体に叩きつけられ、壁まで大きくふっ飛んだ。
「この鱗……まるで蛇みてえだ。なるほど、俺は蛇の力を持ったヒーローってわけか」
カッコいいじゃねえかとレクは鼻を親指で弾く。
「よっと、次は僕の番だね」
そう言うと、ダイキは地を蹴り素早く駆け出した。纏われた煌めきはダイキの手足を獣の如き姿に変える。そしてダイキは黒服の懐に潜り込むと、鋭い爪で斬りつける。黒服はそれに反応が遅れ、ダイキの爪を受け止められなかった。大きく火花を放ち、その場に倒れこむ。
「この手足、そしてさっきから敏感になってるこの鼻……どうやら僕の力は犬みたいだね」
それはそうと、と言いダイキは体勢を整えると、再び話し始める。
「何となくわかってたけど、奴らやっぱり人間じゃなさそうだね」
地面に倒れた黒服が体から火花を迸らせているのを見て、三人の考えは一致した。
しかし、程なくして倒れ込んでいた黒服が立ち上がる。すると黒服たちのサングラスの奥が赤く光り、先程までとは明らかに異なる挙動でリョウたちに迫る。
「任務強制執行」
リョウたちは身構え、じっと黒服の動きに目を凝らす。
近距離で銃弾が放たれる。よく見てみると、それは指先から放たれていた。
リョウはそれを右に飛んでかわすと、横腹に蹴りを入れる。続いて体勢を崩した黒服にレクが腕を巻き付け動きを封じると、ダイキが顔に爪で大きな傷を付ける。
「今だリョウ!」
「わかった!」
リョウは迫ってきた他の黒服を踏み台にして高く飛び上がり、大きく唸ると、燃え盛る炎を纏った右足で傷つき火花を散らす黒服の顔を強く蹴りつけた。
「問題発生。機能停止」
すると黒服はその場にがっくりと倒れこみ、今度こそ動かなくなった。
残り三体。リョウは額の汗を拭い、再び体勢を立て直そうとした。しかしその一瞬の隙につけこまれてしまった。
背後に現れた五体目の黒服が、腕から拘束具のような鎖を放ち、少年たちを捕らえた。
「くそっ、汚ねえ手使いやがって!」
鎖は相当な強度があるらしく、簡単には千切れそうになかった。
「捕獲完了。段階移行」
黒服はそう無機質な声で言うと、手の平からガスのようなものを放つ。恐らくは自分たちを眠らせるためのガスだろう。少年たちは瞬時に悟った。
絶体絶命だ。ここまで来て、ここまで来たのに、結局僕たちはここで終わるのか。それは嫌だ。でも、どうしたらいいか、何も思い浮かばない。
少年たちは何とかならないか必死で願った、考えた、もがき続けた。しかし、意識は遠のいていくばかりで、答えを、突破口を見つけてはくれない。
もう駄目だ。少年たちがそう思った時、目の前に一筋の光が───いや、一筋の"影"が現れた。
「こんなけったいなもん造るなんて、お偉いさん方もようやるなあ」
影は呆れたような口調でそう言った。すると、黒服たちが一斉に影に向かって腕を向ける。
「障害発生。排除開始」
「やかましいわ。切り裂け、
そう言うと影は腰の刀を抜き、周りの黒服たちを一瞬で斬り伏せた。黒服の拘束が解け、少年たちはその場に倒れる。
「思ったより大したことないんやな。もっと硬いかと……あ、坊っちゃんたち大丈夫やろか。おーい」
遠のいていた意識が影の言葉によって引き戻される。リョウたちは目を擦り、再び目の前の状況を見つめる。
「なんだ……これ」
「どや?驚いたか」
そう自慢気に言う影───白黒の長髪を後ろで一つに束ねた野球帽の少年が、そこにいた。そしてその周りには、胴体を真っ二つに切断された黒服たちが転がっていた。唖然とする少年たちを見ながら、野球帽が話し始める。
「混乱しとると思うけど、ちょっと坊っちゃんたちに話があるんや。今から話すからよーく聞いといてな」
少年たちは真剣な目で野球帽を見つめる。いつの間にか空の色は元に戻り、日は既に沈んでいた。静かな藍色の世界に、少年たちは立ちつくしていた。
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