第8話 失意、絶望、そして

それから数日の間、リョウ達三人は街を駆け回り、聞き込みをして情報を集めていた。

 

「そう、その日の10時頃なんですが……」

「黒いヘリが8台くらい飛んでいて……」

「はい、雨が降っていて、空の色が突然……」

 

覚えている限りの情報をぶつけ、街の人々の反応を探るが、やはりその日、あの異変に気付いていた人は誰一人としていないようだった。

 

「はあ、やっぱり誰も見てないのか、見てなかったことにされてるのか……」

 

リョウは首を捻って目をぎゅっと瞑って唸る。聞き込み三日目、何の情報も得られぬまま、既に夕暮れの時間が近づいていた。

 

「まあ、また明日頑張ろうよ。諦めなきゃ、そのうち何かに辿り着ける。今はそう信じるしかない」

 

そうは言っているが、ダイキの顔にも少し陰りが見えていた。リョウはそれを見て、何だか申し訳ない気分に襲われた。

 

「ごめん、何か、僕のせいでこんなに時間を無駄にしちゃって」

 

それを聞くとダイキとレクは首を大きく横に振る。

 

「そんなことねえぞ」

「そうだよ。僕たち二人ともリョウの為だけじゃなくて、自分の為にも、あの日の真相を掴みたいんだ」

 

そうは言っても、リョウは自分に責任が有るように思えてならなかった。


僕にこんな変な力さえなければ、きっとこんなことにはならなかったんだ。

 

そう思えば、どうして今までこの力に気づかなかったのだろう。こんな危険な力のこと、どうして今まで……。

 

三人で別れ、夕日に照らされた帰り道の中、リョウはずっとそんなことを考えていた。

 

続く四日目の聞き込みも、進展はありそうになかった。


「うーん、黒いヘリコプターねえ。心当たり無いわ。多分おばちゃんは見てないわねー」

「あー、確かに雨は降ってたけどもなあ、空はずっと鼠色でいつもと変わらんかったぞ」

 

誰に聞いても答えは変わらず、いよいよ行き詰まってきた感じがしていた。

 

「なかなか見つからないなあ、覚えてる人。お、あそこ。公民館の前に人だかりがあるぞ。聞いてみようぜ」

 

レクが二人にそう呼び掛け、そちらに向かおうとするが、ダイキがそれを遮るように言う。

 

「多分あの人達、一昨日に僕達が聞き込みして、覚えてなかった人達だったよ」

 

それを聞くと、レクはそういえばそうだったと思い出し、残念そうに溜め息をつく。

 

「あ、あんな所も人集まってるじゃんか。あれだけいれば誰か覚えてるかもな」

 

また、しばらく歩いているとレクがおもむろに白い教会のような建物を指差して言う。しかし、またダイキはそれを阻むように言う。

 

「やめた方がいいよ。ほら、あれ"天道正会"って、なんかよくわからない怪しい宗教の教会っぽいよ」


ならダメかとレクはがっくりと肩を落とす。そしてまた口を開く。

 

「ムカムカするなあ、頭も体も。このままじゃあ全然ストレスもとれそうにないぜ」


レクはまた大きく溜め息をつくと、やれやれと首を振った。ダイキも口には出さないものの、時間が経つにつれ段々と諦めの表情が浮かび始めていた。そんな様子ながら、二人は決して諦めようとは口に出さなかった。それがリョウには辛かった。

 

「ねえ、二人とも」

 

リョウが沈黙を切り裂いて言う。

 

「もう、やめにしない?」

「ち、ちょっと待てよ。せっかくトロの力も借りてここまで真相に近づいたのに、今諦めちまうのかよ」

 

レクは焦ったように話す。ダイキも同じようなことを言ったが、リョウはこの状況をどうしようもないものだと考えていた。

 

多分、トロの話を聞いたときの僕たちの予想は当たっていた。敵は始めに考えていたよりずっと大きくて、それこそ僕たちみたいな普通の小学生が辿り着ける存在じゃない。だから、これ以上はどうしようもないんだ、と。

 

それを二人に告げると、二人は納得がいかないと言うような表情を浮かべて聞き返す。

 

「本当に、それでいいのかよ」

「このまま、分からないままやめるの?」

 

だって、仕方がないじゃないかとリョウは思った。身勝手かもしれないけど、それが今の僕の答えだと、リョウは再び二人に返した。

 

「……そう、か」

 

レクは残念そうな顔をしたが、一方でその表情はリョウの言ったことに納得しているようにも見えた。ダイキの方はと言うと、まだ納得しきったわけではないという感じがした。


「じゃあ、一旦この事は忘れて、今日はお開きにしようか」

 

ダイキが少し不満そうにそう言うと、レクもああ、と答えた。リョウはダイキには申し訳なかったけど、ずっとこうやっていた方がダイキにもレクにも悪いと思ったため、後悔はなかった。

 

「じゃあ、な」


そうしてリョウ達三人は、レクのこの一言で帰路に着いた。

 

 

 

はずだった。

突然、三人を取り巻く辺りの景色がうねり始める。風のように、波のように、揺れ動く景色は、形だけでなく色を変え始めた。赤、青、黄色、一所に留まることなく変化し続けるその色は、あの日見た空の色と同じだった。

 

「まずい……これはもしかして」


リョウの悪い予感は当たった。景色の歪みが収まり、視覚が安定して機能するようになった時、リョウ達は既に囲まれていた。

 

「くそっ、こんな罠を用意してたなんてな」


リョウは辺りを見回す、人気の感じられなくなった空間、進んでいく道の先と、進んできた道の上、つまり前方と背後を、サングラスをかけた大柄な黒服の男に囲まれてしまった。混乱の中、三人は状況が良くないことだけはすぐに理解した。

 

「ちょっとまずいかもしれないね」

「ちょっとじゃねえぞこりゃ……」

 

リョウには、ダイキとレクはそんな風に冗談めかして言うことで体の震えをいなしているように見えた。不安を悟られないようにしているようにも見えた。


そうだ、僕が戦うしかないんだ。

今二人を守れるのは、僕だけだ。

遅かれ早かれこうなるのはわかっていた。それが思ってたよりちょっとだけ、早かっただけだ。

 

リョウはそう心の中で唱え、 覚悟を決めようとした。

 

「来るなら来い……僕は捕まえられないぞ!」

 

そう叫ぶとリョウの右手から肩にかけて輝きが迸る。するとその輝きが、炎の竜に姿を変えていく。しかし、それを見ても黒服の男達は微動だにしない。その様子は、予測していたというよりは感情が無いようにも思えた。

 

「気味の悪い奴ら……あの時の兵士みてえだな」

 

レクがそう言う。リョウも、確かに黒服の様子はあの時の人形のようだった兵に似ていると感じた。しかし似ているだけで何か違うとも思えた。リョウは拭えない違和感を黒服に感じた。

 

「目標確定。任務開始」

 

黒服たちが動き出した。数は全部で四体。あの時の兵士の数に比べれば大したことはない。リョウはそう思うことで恐怖を抑えようとした。

 

「二人とも離れてて!いくぞ……これでどうだ!」

 

リョウは周りに集まった黒服を、炎の竜によって薙ぎ払う。黒服たちは大きくのけぞり、地面に叩きつけられる。

 

しかし、すぐに立ち上がり、今度は一斉にリョウに右手を向ける。

 

「なんだ……?」

「武装用意、射撃開始」

 

構えられた右手から、一斉に銃弾が放たれる。リョウは必死にそれを避ける。地面を蹴り、壁を蹴り、段幕を掻い潜っていく。

 

「まだだ……これでもくらえ!」

 

リョウは空中で身をねじり、勢いをつけ、炎を纏った右足で黒服の顔面に蹴りを入れる。今度は流石に堪えたのか、地面に頭を打つとすぐには起き上がらなかった。

 

「作戦変更。捕獲開始」

 

そう言うと黒服は、リョウを無視し、レクとダイキを捕らえようとする。

 

「うおっ、こっちくんな!」

 

レクとダイキは必死に逃げ回り、抵抗する。しかし、二人はただの小学生。あっという間に黒服たちに追い詰められてしまった。

 

「まずい……やめろ二人に手を出すな!」


リョウがそう叫ぶも虚しく、レクとダイキはあっさり捕らえられてしまう。それを見たリョウの炎が、瞳の輝きが、失われていく。

 

「くそっ、離せよちくしょう!」

 

そこにいたのは、三人の少年。 

もがく二人と、絶望する一人。


絶望する一人の少年は思う。

結局僕は、二人を助けることもできないのか。こんな力があっても、僕じゃ何にもできないっていうのか!


もがく二人の少年は思う。

結局僕は、俺は、足手まといにしかならないって言うのか。戦えるのはリョウだけで、僕には、俺には、何にもできないって言うのか!

 

どうしようもない失意と絶望の中、

三人の叫びが、想いが重なる。

熱く脈打つ心臓の、鼓動が重なる。

 

そして、胸の奥の煌めきが目醒める。

煌めきが、もがく二人の少年を包み込む。

 

「これって……もしかして」

 

絶望していた少年の炎が、瞳の輝きが、再び息を吹き返す。

 

そして、煌めきに包まれた二人の少年は大きく息を吸うと、強く、強く言い放った。

 

「いくぞ、リョウ」

「いくよ、リョウ」

 

「「反撃、開始だ!」」

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