第6話 青空と黒い霧
少年は目を覚ました。
他でもない自分のベットで。
梅雨だと言うのに、空は晴れ渡っていた。陽気な朝日がカーテンの隙間から部屋へ顔を出していた。気持ちのいい目覚めだった。
でも、何故だか、今日の目覚めはいつもとは違う気がした。どうしてそんな気がしたのか、少年はまどろみの中で思考を巡らせた。
刹那、少年の脳裏にとある光景が浮かぶ。
あの混沌とした空、黒いヘリと兵隊、人質に捕られたユウカ、ベレー帽の少女、少年に纏わりつく炎、そして自分を貫く銃声。
そう、つい昨日のこと、少年は"いつも"を失ったのだった。
「おはよう」
「おはよう……あら、珍しい。自分で起きてくるなんて」
階段を降りると、キッチンでは母がいつものように朝食を作っていた。テーブルに腰掛ける父はいつものように新聞を読んでいた。
「リョウ、昨日はよく眠れたか?」
「え?」
父の唐突な問いにリョウは少し戸惑う。早起きしたことに何か言うのかと思えば、そんな事を聞いてくるなんてどうしたのだろう。リョウは不思議に思い、聞き返す。
「どうしてそんな事聞くのさ?」
「いや、お前昨日元気なかったみたいだったからな。何でもないならそれで良い」
リョウは見抜かれていたことに少し驚くと同時に、親の目は誤魔化せないな、とため息をついた。
「昨夜初めての観測実験が行われた新型人工衛星"たそがれ"が……」
「今日未明、都内のマンションで火災が発生し……」
「先月、ヨーロッパの各国代表による会議"ERS"で決議された……」
昨日と、いつもと同じく、四角い箱は世間のニュースを淡々と読み上げていく。リョウはいつもなら気にならないそれが、今日は何故かとても気になっていた。そしてリョウはそんな自分が自分でも変に思えて、少し考えこんでしまった。
多分、知りたいんだと思った。今まで興味の無かった事も、今は知りたいと強く思った。昨日起きた出来事で、自分がいかに何も知らないのかを、突き刺さるほど鋭く、重く、思い知らされた。だから、今は、とにかくいろんな事を知ってみたかった。
こんなに考えこむことも多分そのせいだ。だから、逆にリョウはそこで考えるのを一旦やめた。ひたすら考えていても仕方ない。まずは昨日の作戦通り、トロの力を借りて証拠を探そう。
「それじゃ、いってきまーす!」
「いってらっしゃい」
少年は家を飛び出し、登校班へ向かった。班長のハルカもリョウがいつもより早く来たことに驚いていた。そしてレクも今日はギリギリではなく、早めに集合場所に着いた。
「なんか今日は珍しいね。あなたたち二人とも揃って早く来るなんて」
「へへ。まあそういう時もあるよ」
レクが少し得意気に言う。こうしていつもと同じ、朝が始まった。
そんなリョウ達の登校を、野球帽の少年が住宅街の屋根の上から見下ろしていた。
「うーん、坊っちゃん達、自分では気付いとらんのやろなあ。自分がほんとは怖がっとること。不安だから、無意識に早く皆と一緒に居たくていつもより早く登校班に来たこと」
野球帽はリョウ達の本心を見透かし、考察しようとする。しかし、
「やめや、やめ。考えるのなんか面倒くさいったらあらへん。しっかしこうでもしなけりゃ暇で暇で仕方ないわ」
そして野球帽はそもそもこの仕事が自分には合ってないと愚痴をこぼす。
「そろそろ潮時かもしれへんな……この仕事も」
そう言うと野球帽の体は電柱の影に溶け、跡形もなく消えた。
リョウ達は学校に着くと、ダイキはまだ来ていなかったが、二人で真っ先にトロのいる所に向かった。
「おはよう、トロ」
そう言われてトロがリョウ達の方を振り向く。
「あ、リョウとレクか。おはよう」
トロは眠そうな表情をしていた。多分夜遅くまで重機の魅力やレスキュー隊用の乗り物の機能性についてネットの討論会で語り合っていたのだろう。
「いや、実は今日ちょっと話があって」
「うん、どうしたの?」
目を擦りながらトロが答える。本当に眠そうだが、リョウ達も今はトロの力が必要なので食い下がる訳にもいかなかった。
「実は、ヘリについて教えてほしいことがあるんだ」
「ヘリ……?なんでまた急に」
期待してはいなかったが、やはりトロも昨日のことは覚えていないようだ。
リョウはなんと言ったらいいか悩んだ。
「まあ何だって良いじゃんか。昨日たまたま飛んでたヘリを見てちょっとヘリに興味が湧いただけだよ」
レクの大雑把な性格はこういう時に役立つ。これでなんとかそれっぽく思わせることができた。
「そっか。じゃあ何が知りたいのか、どんどん聞いていいよ」
トロはどんな質問でもどんとこいといった自信に溢れた様子だ。リョウは回りくどい質問は必要ないと考え、早速本題を切り出した。
「えっと、昨日飛んでたヘリがどんな種類の物だったか知りたいんだ」
それに対してトロは少し困った顔をする。
「うーん、僕はそれを直接見てないから特徴を教えてもらわないと分からないなあ」
それもそうだとリョウは思ったが、いまいち自分でもヘリの特徴を覚えていなかったので、振り返ってレクに聞くことにした。
「なんか覚えてることある?」
レクは目を瞑り、記憶を引き出そうとする。そして、なんとかいくつかの特徴を思い出すことができた。
「まず、色は全身真っ黒で、それで……」
「真っ黒?マークとかは見当たらなかった?」
トロは首をかしげ、レクに疑問を投げかける。レクは頭を右に左に何度か揺らした後、再び口を開く。
「うーん、細かい見た目はわからねえな。ただ中には一つのヘリには大体10
人くらいの兵隊が乗ってた気がするぜ?」
そんな情報量では流石のトロでも判断しかねるのではないかと、リョウは思った。しかし予想に反してトロは少し首を捻ると答えに行き着いたようだった。
「兵隊が10人くらいか……この辺でそれだと、多分、あれかな……。うん?なんで中に兵隊が居るってわかったの?」
それに対してはレクも返答に困ったのかリョウの方に視線を送る。しかし勿論リョウにも返答は浮かばない。説得力のない説明が頭に浮かんでは消えていく。
「状況はよくわからないけど……そのヘリは、おそらくUH-1J。日本の陸上自衛隊で現在使われている中型の汎用ヘリさ」
そこまで正確な情報を出せるとは。リョウとレクは思わず感嘆の意を込めた溜め息をついた。
「すげえな。流石だぜトロ」
「まあ、僕も元々興味あったのは工事現場の重機とかレスキュー隊の乗り物だから、この辺はちょっとかじったくらいで詳しくは分からないけどね」
それですぐ分かったんだから大したもんだぜと、レクはトロの肩を大きく叩く。やめてよ、とトロは痛そうに顔を歪めながら笑う。しかし、その後真剣な顔に戻ると、先程の解説にもう一つ付け加えるように言った。
「でも、そのヘリが真っ黒に塗装されてるってのは聞いたことないなあ。兵隊は見間違いで、やっぱり違うヘリなんじゃないかな」
見間違いなはずはない。しかし、リョウ達はそれを説明する手段も持ち合わせていない。そこで、リョウの中にとある閃きが浮かんだ。
「レク、あれは多分ベレー帽の子の仕業だ」
「え?なんだよそのベレー帽の子ってのは……ああ、あいつか」
レクが思い出すのに時間がかかったのをリョウは不思議に思ったが、よく考えてみればそうだった。リョウは戦いの途中でクラスメイト達を理科室の外へ逃がした。レクがあまり覚えていないのも当然だ。
「あの子は筆を操って戦っていた。多分あの子の力でカモフラージュさせていたんじゃないか?」
「おお、それならつじつまが合う……と思ったけど、なんでわざわざカモフラージュなんかする必要があったんだ?」
レクは再び首を傾げる。そしてそのまま続ける。
「だってあいつら、俺たちの記憶を消そうとしてたんだぞ?実際俺たち以外の記憶は消されちまった。わざわざカモフラージュなんかする必要ないだろ」
確かに、とリョウは思った。元々記憶を消すつもりだったならなんで…そこでリョウの中の再び閃きが浮かぶ。
「多分、あいつらは予想してたんじゃないかな。僕たちみたいに記憶を保てる人が居ることを」
不思議そうな顔をして話を聞くトロの前で、二人は顔を見合わせる。
「自衛隊のヘリに記憶のこと。もしかしたらこの事件は、僕たちが予想してたよりずっと大きな物かもしれない」
晴れ渡る青空に、生徒達の声で賑わう教室。そんな光に満ちた小さな世界の中で、少年達は黒い霧に囲まれ、立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます