other side1:焦燥

「やあ、久しぶり。オジサン」

 

公務を終え、自分の書斎へと戻ってきた男の前で、一人の少女が椅子に腰かけていた。少女を見た男の心に不安と焦燥が現れる。しかしそれを悟られないよう、すぐに国民の前に立つ時の、いつもの柔和な表情を浮かべる。


「やあ、君か。今日は何の用件だ?」

「いや、別に私は何も用はないよ。でもオジサンは私に用があるんじゃない?」


そうだ、君には聞きたいことが山ほどある。少し焦りを露にした男が言うのを、少女はただ口元に笑みを浮かべて眺めていた。


「何故、あの時、少年をその場で捕らえなかったんだ?あの場で捕らえてしまっていれば、回りくどい方法を使う必要はなかった筈だ」


それを聞いた少女は少し面倒くさそうに溜め息を吐いて答える。


「うーんと、あの時彼はまだ完全な覚醒状態になかった。だからあの場で捕らえてもオジサンの必要とする"器"には成れなかったと思うよ。これが一つ目の理由かな」

「捕らえた後で力を引き出せば良かっただろう。せっかくの機を逃したのは重大なミステイクと言わざるを得ないな」

 

それを聞いて、少女は男を嘲笑うかのように首を振る。そして再び口を開く。

 

「オジサンも分かってると思うけど……私達の力はマインドコントロールなんかでは引き出すことが出来ない。正確には出来なくはないけど、どちらにしろ今の彼では無理だよ」

 

それを聞くと、男は諦めたような表情で溜め息をつく。そして、聞くのが億劫なような、焦っているかのような、どちらともとれない様子で口を開く。

 

「まあいい。ではもう一つの理由を聞かせてもらおう」

「じゃあ言うけど、正直彼はオジサンの求めてた"邪竜"とは別モノだと思うよ。これは私の憶測でしかないけど、明らかに違う力を感じたんだ」

 

それを聞いて男は少し驚いたような顔をしたが、すぐに冷静を取り戻した。そして再び始めの優しげな表情を浮かべると、こう言った。


「わかった。彼が覚醒途中であることも。彼が私の求めていた力の持ち主ではないことも」

 

男の表情が次第に歪み始める。穏やかな声が、冷淡なものへ変わり始める。

 

「しかし私には時間がないのだ。例え彼が"邪竜"でなくとも、計画を進める力が彼には眠っている。私は彼を捕らえ、あの計画を、一族の悲願を成就させる」

 

随分焦ってるんだね、少女がそう嘲笑うのを、男は真剣な表情で見つめる。


「ま、そこまで言うなら頑張って。私もできる限り手伝うからさ」

 

そこまで言うと、少女はドアへ向かった。誰にも聞こえない、小さな呟きを残して。


「…飽きないうちは、ね」


少女は書斎を後にし、建物から出た。雲の切れ間から太陽が覗く空。果てしない青と白のキャンパスを眺め、少女はいつもと同じような、どこか寂しげな笑みを浮かべた。

 

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