第5話 夕方、作戦会議

「よーし、じゃあ作戦会議だな」

レクがそう言った。その日の帰り道、リョウ達三人はこれからの事を話し合うことにした。

「まず、状況整理しなくちゃね。今日の三時間目……つまり10時過ぎにあいつらは学校に姿を現した。そして、何かを…おそらくはリョウの事を探してやって来たわけなんだけど」

ダイキはリョウの方を向くと、話を続けた。

「リョウ、何か思い当たることはないかい?今日君が見せた、あの炎の竜のことについても」

そう言われても、リョウには一つも思い当たることはなかった。それもそのはず、リョウは昨日まで、普通の家に生まれ普通の暮らしをしてきた普通の少年だったからだ。むしろどうしてこんなことになったか自分が知りたいくらいだ。

「何も……ないよ」

苦しそうに答えるリョウの気持ちを察してか、レクは明るい口調で言う。

「まあわからないことは仕方ないだろ。だからこれから俺たちはそれを確かめてくんだ。そうだろ?」

それを聞いてダイキはそうだねと答える。と、ふと顔を上げたリョウは前方にユウカと友達が会話しながら歩いているのに気づく。


あんなに怖い思いをしたのに、ユウカも全部忘れてしまったのだろうか。そこでリョウの中に一つの想いが浮かぶ。いや、むしろあんな怖い思いをしたことなんか無かったことにした方が幸せだろう。ユウカにはこの事は隠したままでいよう。リョウはそう心に決めた。

「どうかしたか?リョウ」

レクが上の空のリョウを心配して言う。

「いや、何でもないよ。それよりこれからどうするか決めよう」

それを聞いて、ダイキはその言葉を待っていたと言うかのように不敵に笑って見せる。

「僕に考えがある。トロの力を借りよう」

 

 

 

「ミイナもミサも本当に何も覚えてないの?」

学校からの帰り道、一人の少女が二人の友達に呼びかける。

「そんな怖い顔して、どうしちゃったのさ」

ミイナと呼ばれた友達にそう言われた少女の表情は不安と恐れを隠しきれていなかった。

「だって、だって……」

焦っているような怯えているようなそんな複雑な感情が入り交じった口調で少女は二人にあった出来事を伝えようとする。しかし、二人とも少女の様子を心配するばかりで、話すことを信じてはくれなかった。

「うーん、やはり私はその事を覚えてはいないようです」

「ミサもこう言ってるしさ、今日はゆっくり寝て休んだ方がいいよ。あ、じゃああたしはこの辺で帰らなきゃ」

そう言ってミイナは手を振りながら分かれた道を曲がって自分の家の方向へ行ってしまった。


本当に二人とも覚えてないの?じゃああれはやっぱりただの夢?でも、あの時私に起きた事は───。少女は戸惑うばかりで答えが見つけられなかった。

「あの、ユウカさん」

「え?」

ミサと呼ばれた少女が口を開く。

「私も次の角でお別れです」

そんないつもの事、わざわざどうして言うのと少女は不思議に思った。それを口に出す前に、ミサが言う。

「その、早く忘れた方がいいと思いますよ。それでは」

そして少女に軽くお辞儀をして、手を振ると、彼女も自分の家へ向かっていった。

夕暮れ近い空の下、一人の少女が取り残されていた。

 

 

 

「トロの力を?なんでまた」

レクは首をかしげて言う。ダイキの提案にあまり納得していないようだ。それを聞いてダイキはまた得意気に笑う。

「トロならあいつらの事が分かるかと思ったんだ。ほら、あいつらヘリで来てただろ?トロならヘリの形さえ分かれば何のヘリかくらいわかる筈だ。それに、トロは小学生とは思えないほどの情報網を持ってるからな」

なるほど、とリョウは納得した。トロは重機とか飛行機とか消防車とかそういう乗り物の類いのマニアだ。これならヘリにも詳しいだろう。それにダイキの言うように、トロはネットを使いこなすことで広大な情報網を所持している。これなら今日起きた出来事について何か情報が得られるはずだ。

「よし、そうと決まれば明日トロに相談しようぜ!」

レクも納得したようで、これでこれからやるべき事をとりあえずは決めることができた。

 

「でも、結局僕の力のことは…」

リョウはそれを悩まずにはいられなかった。今は姿を現さないが、またいつあの炎の竜が出てくるかわからない。あの力は危険なものだ。とても簡単に制御できるものではない。そして、リョウの悩みは力の事だけではなかった。もう一つの悩みは、時折形を見せる、あの記憶だ。一度目は力が姿を現した時、二度目は図工の時間。一体あの記憶は何だっていうんだ。リョウは思い切ってその事も二人に話そうと思ったが、何故だか口に出すのが憚られた。

「心配するなよ。それはこれから調べていくうちにわかるさ。それにまた…」

そこまで言ってレクは口を塞いだ。でもリョウとダイキにはその後レクが何を言おうとしていたか、何となくわかっていた。

「ああ。またあいつらが襲ってきた時は、今度こそ返り討ちにしてやるさ」

リョウは精一杯明るいトーンでそう言い放ってみせた。

「頼もしいじゃん。でも、あんまり無理はすんなよ」

そう言ってくれる友達がいることをリョウは嬉しく思った。しかしその反面、その言葉には従えないとも思った。あいつらは何が目的かは分からないけど、おそらく僕を捕らえようとしていた。無理でもしなきゃ、どっちみち殺されるか捕まるだけだ。リョウはそれを考えると、ますます自分の今の状況が理不尽なものに思えた。

「でも、やるしかないんだよな」

だってそうするしかないんだから。

少年は、もしもの時は…と、覚悟を決め、二人に聞こえない小さな声で、二人に届かない震えたか細い声で、そう言った。


 


「なんか、随分記憶が残ってる子がいるみたいだけど……これも彼の力なのかな」

短針が四と五のちょうど間を指す頃、町を見渡せる高台にある神社の御神木の上に、小さな体に不釣り合いな巨大な筆と大人サイズのベレー帽を身に付けた少女が立っていた。

「そろそろ黄昏時か……今夜はあれも空に見えるんじゃないかな」

そう言って少女は、いつもの笑みを浮かべる。


 


「あら、もうそろそろ夕飯を作らなきゃいけない時間ね」

少年の母親が慌ただしく動き出した夕暮れ時、無機質で親しみ深い四角い箱から、今日のトピックスを読み上げる声が聞こえる。

「───次のニュースです。先日打ち上げに成功した日本製の新型人工衛星、"たそがれ"の初観測実験が、今夜日本時間10時頃行われるとの報せがありました」

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