第3話 抗戦

「何だ……これ」

竜の咆哮が聞こえたと同時に、その腕に纏われた炎はリョウの意思とは関係無く暴れ出す。右へ左へうねるそれは、ユウカの周りの兵士達を圧倒し、大きく後ろへと退かせた。

「ここは私達で仕留める。総員退避せよ。」

気が付くと、リョウの目の前にあのメガホンで指示を出していた男が姿を現していた。

「ふん……成る程な。これが邪竜の力というわけか」

指揮官に見える男は、そう言い放つと、銃をリョウへと向ける。

「貴様を捕獲する。おい、出番だ。出てこい」

その言葉を合図に、男の横にベレー帽の少女が姿を現した。

「やっと仕事?まあいいや」

少女は背中に巨大な筆を背負っている。大きなベレー帽を深く被り、伸びた前髪が両目を隠しているため表情は伺えない。しかし、リョウはその少女の纏う底知れぬ空気を感じとっていた。

「まずい……ユウカ!皆!今のうちに逃げて!早く!」

リョウはそう言いながらも、のたうつ右腕の炎を制御するのに必死だった。その言葉を聞いたクラスメイト達は廊下へ退避していく。

 

「大丈夫。君は大人しくしててくれればそれでいい」

少女は背中の筆を引き抜き、両手で構えた。そして、筆先を床へと当てる。

「"束白"」

床に広がった白い絵の具が、リョウの足元を狙い収束していく。このままではまずい。リョウの本能がそう訴えかけている。それに応じるように、とっさに彼は床を蹴り飛び上がった。するとあっという間に天井にぶつかってしまった。体制を崩し、テーブルへと落下する。テーブルの上の実験器具が床に散乱した。

「どうしちゃったんだ……僕の体」

明らかに先程までとは違う力が自分にある。リョウは混乱の中、それだけは確かに感じることができた。

「よく避けられたね。でもこれはどうかな?」

休む暇もなく、少女が次の攻撃を仕掛ける。

「安心しろ。急所には当てんさ」

それに合わせ、指揮官に見える男が引き金を引く。しまった。もう避けられない。リョウはそう諦めかけた。しかし、それは杞憂だった。

銃弾が、見える。

リョウは素早くテーブルを蹴り、弾をかわすと、唖然とする男へ距離を詰めた。

「これで……どうだ!」

リョウに纏われた炎が、段々とその様相を鮮明なモノにしていく。渦巻き、うねる炎は、咆哮と共に一瞬だけ姿を見せたあの竜の形をしていた。そして、今度はリョウの意思で炎の竜が男へと迫る。しかし、

「なかなかやるじゃん。でもちょっと遅いかな」

それは少女によっていとも簡単に弾かれてしまった。筆で払われたリョウの炎は少し力を弱めた。

「くっ……」

「その戦い方はどこで覚えたのかな?それとも今思い付きで動いてる?」

不適な笑みを浮かべながら近づいてくる少女に、リョウは拳を構えながら言う。

「この力は何なんだよ!知ってるなら教えてくれ!」 

しかし少女はそれには答えず、筆先をリョウへと向けた。不敵な笑みを浮かべたまま。

「ほら、もう一度避けてみなよ」

先程と同じ白い絵の具が足元めがけ迫ってくる。男は再び銃を構え、引き金を引く。リョウは咄嗟にその場で屈み、銃弾を避け、脚に炎を集める。その脚で、足元のアルコールランプを蹴りつけた。次の瞬間、青白い炎が床に広がり、足元への絵の具の侵攻を阻んだ。

「へえ、面白いことするね」

それでも少女はクスクス笑うばかりで焦る様子を見せない。それとは対照的に、男は段々と苛立っているような様子をみせている。

「おい、そろそろ時間だ。片付けろ」

男の言葉で、少女は少し残念だというように口元を曲げて見せた。

「うーん、もう少し遊びたかったけど。まあ仕方ないや。じゃ、大人しくしてね」

少女はそう言うと筆を大きく回転させる。すると、筆先の色が白から赤へ、赤から青へ、次々に変化していく。それはまるで、廊下から見たあの空のようだった。

「これで終わり」

少女が筆を高く掲げる。リョウは少し後退りし、身構える。少女と筆の動きに全霊で目を注ぐ。

 

しかし、それが仇となってしまった。

突然、ドアが開き、一人の銃を構えた兵士がリョウへ発砲する。しまった。流石に反応が遅すぎた。銃弾は少女と指揮官らしき男の横を過ぎ、リョウの胸の中心を撃ち抜いた。

 

ようやく思考が状況に追いついた時には、リョウは既に床に倒れ伏していた。それを見て、仕留めた兵士は声を高くする。

「は、はは、やったぞ!私が化け物を仕留めたんだ!上官殿、私がやりました!」

兵士は意気揚々と男に告げる。しかし、その次に起こったことは兵士の想定に無いことだった。


少女の筆先から、赤い絵の具が兵士へと放たれる。突然の事に兵士は反応できず、そのまま絵の具を被ってしまった。絵の具に塗れた兵士が声を荒げる。

「な……何をするんだ!」

すると、纏わりついた赤は、兵士の皮膚を焼き焦がす程までに熱される。兵士は絶叫し、地面をのたうち回り、悶絶した。

「あーあ、馬鹿みたい。なんで生け捕りにしろっていう命令を無視しちゃうかな。気でも違えた?」

そう言うと少女は少年の方を振り返った。そして、再び口を開いた。


「いや……機を違えたのは私達の方かもしれないね」


少女はその場にしゃがみ、気絶した少年の胸の傷に手を当てる。

「"緊急朱術"」 

すると、みるみるうちにリョウの傷が治っていく。それが終わると、少女は立ち上がって言った。

「じゃ、帰ろっか」

指揮官らしき男がそれに噛みつく。

「おい、この少年は……"邪竜"はどうするつもりだ」

それを聞くと少女は面倒だと言うかのように溜め息を吐く。

「どうせ今の状態じゃ目覚めても使い物にならないよ。今日のところは帰るとしよう。それと───」

少女は何か言いかけて口をつぐむ。

「それと、何だ?」

「なんでもない」

そう言って少女は理科室を後にする。

「じゃ、後始末しますか」

巨大な筆を高く掲げ、

少女が何か唱えると、

次の瞬間、

兵達と少女は消えた。

校庭のヘリも、奇っ怪な色の空も、

夢だったかのように、目覚めの一瞬で全て、消えた。

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