第2話 そして、目醒め

「皆無事か!?」

理科室へ辿り着いたリョウ達を追うようにして現れた多田先生が生徒達に呼び掛けた。どうやら先生もこの状況が把握できていないらしい。つまり、これは決して何かのイベントなどではないと言うことだ。その事実が、崩れ落ちた日常に止めを刺すかのように、リョウ達の胸を抉った。


足音が聞こえる。素早く、しかし等しく揃えられた足音が。黒い兵隊が校内へと侵入してきたのだ。

「皆、落ち着いてここで待機しなさい。先生達が状況確認をするまで、大人しくしていてほしい」

そう言った先生の声は震えていた。どうしたらいいのか分からないのだろう。それは勿論先生だけでなく、生徒にも共通することだった。


兵隊達は途中で幾つかの部隊に分かれ、様々な教室の前に辿り着いた。理科室の前にも、6人の兵隊がやって来た。多田先生が恐る恐る扉を開き、兵隊へと話し掛けた。

「あの、申し訳ありませんが、私達教員と生徒達はこれから授業を行います。どのような理由があってここにお越しいただいたかは存じませんが、授業に支障が出るような行為をするのであればお引き取り願います」

震える声で丁寧に対応する先生。しかし、兵隊達はそれに全く応答しなかった。彼らの目は虚ろで、生気がなく、しかし人形というにはあまりにも出来すぎているといった感じであった。と、その時。


「忠告する。友人を傷つけられたくなければ降伏し大人しく我々の元に来るがいい。」

ヘリから真っ先に姿を現したあの男が、校庭からメガホンでそう呼び掛けている。

「あのおっさん……誰に向かって言ってるんだ?」

理科室で待機しているうちに段々と平静を取り戻したレクが言う。確かにそうだ。僕たちの中の誰かに言っていることには違いない。しかし、一体誰に向かって…。リョウ達の中に浮かんだ新たな疑問。それを払うようにメガホンを持った指揮官らしき男が叫ぶ。


「各エリアで待機中の兵に告ぐ、各クラスから生徒一名ずつを人質に取れ!」

再びざわつくクラス。そして理科室内に先程まで眉一つ動かさなかった兵士たちが嵐の如く駆け込んできた。

「ま、待ちなさい!生徒をどうするつもりだ!」

多田先生の制止をものともせず、兵士は次々に理科室へなだれ込む。クラスメイト達が悲鳴を上げ、室内を駆け回る。しかし、兵士によって一人の少女が捕らえられてしまった。

「そんな…どうして」

リョウはその場に崩れ落ちる。捕らえられたのは、ユウカだった。




「ふん、あまりこういう手段は好まないが、仕方ない。どうせ全て忘れるんだ。どんな手を使ったって構わないか」

黒のヘリが並び尽くす校庭。指揮官らしき男はメガホンから手を離すと、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した校舎を眺め、そう言った。

「なんだってまあ下手くそなやり方だね。後始末しなきゃならないのは私なんだからもう少し気を使ってくれないかな」

そう返したのは、男の側に立つ、ベレー帽を被った小柄な少女だった。

「もうすぐお前の出番だ。無駄口を言う暇があれば準備をしろ」

「はいはい」




「この少女の命を助けたければ早く出てくることだ。我々は躊躇はしない。さあ、早く」

一人の兵士がユウカに銃を突きつけながら言う。後ろではトランシーバーで連絡を取っている兵士がいる。恐らく、どの部屋に彼らが探しているモノが潜んでいるのか確かめているのだろう。

「どうすればユウカを助けられる?どうすれば……」

こんな混沌とした状況の中で、冷静になれている自分にリョウは自分でも驚いていた。だが、答えは浮かばない。どうすればいい、どうすれば助けられる……どうすれば……。


「助けなきゃ」

リョウは突然立ち上がった。そしてそれと同時に、リョウの口から思ってもみない言葉が飛び出す。いや、思ってもみない言葉ではない。先程から想い続けた言葉だ。

立ち上がった少年を見て、人形のような兵士の表情が生物的に変わる。

「何だ?少年。貴様がそうなのか?」

室内の兵士が一斉にリョウへと銃を向ける。

そんな事知るわけがない。勝手に動いて勝手に死の目前にいる自分の体にリョウは苛立ち、脚を震わせながらも、精一杯声を振り絞って言う。

「ユウカ。今助けるから」


一瞬、少年の意識が遠のく。

そして、少年の前を眩しい光が覆う。

その光と共に、少年の脳裏に、意識に、記憶に、見たことの無い景色が映し出される。

広大な大陸。

見たことの無い人々と、彼らが暮らす街。

何処かで見たことがあるような建造物。

一面に広がる花畑。

それが焼け野原へ変わる姿。

空を駆ける一対の竜。

戦場、兵士、黒い空。

それらが一瞬の内に少年の前を通り過ぎていく。


そして、少年の見る景色は、現実へと引き戻される。

「何だったんだ……今のは」

リョウは頭を抱え、目を伏せる。今の景色は何だ?意識がかき混ぜられる感覚がした。あれは一体……。混乱の中、リョウは再び目を前へ向ける。

いや、それよりも、今は。

「なんだ、どうした?怖じ気づいたか」

銃を構えた兵士達が煽り立てる。それを無視し、リョウは兵士達に言い放つ。

「ユウカを離せ」

リョウの右目に、火が灯る。そう、それは比喩ではない。そしてそれに呼応するが如く、右手に激しい炎が纏われる。

「や、やはり貴様がそうだったか。貴様が我々の探していた"邪竜"か」

平静を保とうとする兵士を吹き飛ばすように、リョウの胸の中で何かが咆哮する。

咆哮と共に、リョウの右手の炎が一瞬形を変える。竜の姿へと。

その姿は、混沌とする意識の中で見た、あの竜によく似ていた。

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