第9話

 近所にけたたましいサイレンの音が響いた。長かった日も暮れ、またビールでも飲もうかと思っている時だった。

 いつもなら無視をするそれは、何か尋常ではない出来事が起こった事を私に予感させた。いつもの何か大したことのない。ちょっと警察官が確かめて帰るようなそんなものとは全く違う異質の胸騒ぎを感じた。

 最近少女を見かけなくなった。私の庭にも来なくなっていた。その事が胸騒ぎとなぜか重なった。

 私は玄関から外へ出た。パトカーとすでに集まり始めている野次馬は、同じ号棟のすぐ隣りに集まっていた。私は私の予感が正しかったことを予感した。

 パトカーの数がやたらと多い。クルクルと闇に広がる赤いサイレンが更に私を不安にさせた。そこへ救急車もやってきた。どうやらマスコミも来ているようだった。やはり何か尋常ではないことが起こったのだ。

 団地の入り口から警官と共に男が一人出てきた。これがあのいつも暴れていた男なのか。私は瞬時に思った。私はその男の顔を野次馬の間から首を伸ばし見逃すまいと必死で見つめた。

 時々、団地の敷地内で見かける男だった。男はいつも改造した小綺麗な真っ白いハイエースに乗って、いつも何かに急き立てられるように、少し荒々しく走り去って行った。

 警官二人に両脇を固められパトカーに乗り込んでいくその男の着ている白いTシャツは、気持ちの悪いほどに脂肪の詰まった腹の膨らみで伸びきっていた。

なぜかその時、私はこの男を思いっきり殴りつけてやりたい強烈な怒りとも憎しみともつかない衝動を感じた。私は右手を固く握りしめ、歩いて行く無精ひげの生えた男の横顔を見た。

 警官に促されるまでもなく、男は恐ろしいほど素直にパトカーへと乗り込んでいった。パトカーの後部座席に座る男はまるで怯えきった小さな子供の様だった。

 男を乗せたゆっくりと走り去るパトカーのテールランプを見つめ、私の右手はまだ震えていた。

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