第6話

 初夏だというのに早くも襲ってきた猛暑が少し和らいだ日暮れ時、私は一人椅子にまどろみビールを飲んでいた。もう辺りは暗闇に包まれていた。リサイクルショップで見つけた安物のキャンプ用の電池式ランタンの明かりがそんな闇にほの白く広がっていた。

 今日は妙に森が静かだった。うるさいぐらいの鳥のさえずりも、虫の鳴き声も殆ど響いては来なかった。夏の宵のそんな静けさが、体に浸み込むように心地よかった。

 その時、また周囲の草むらの揺れる音がした。あの少女かと思ったが、それにしては音が大きい。

 現れたのは、別の少女だった。今まで団地内でも見かけたことのない少女だった。

少女は私を見て少し驚いたようだった。まさか、団地の片隅の敷地内にこんな空間があるとは思ってもみなかったのだろう。当然だ。そこに机と椅子を並べ、ビール片手に男がくつろいでいるのだからなおさらだ。

 少女は中学生か高校生くらいだろうか、子供というには少し成熟している感じを受けた。しかし、大人というにはまだまだ幼かった。多分十五、六ぐらいだろうか。

 少女はしばらく黙って私を見つめていたが、物怖じせず私に近づいてきた。そして、いつもあの少女が座っている私の横に置かれた白い椅子に座った。

 ランタンの明かりが届く中に入ると、少女の目には泣きはらした跡が見えた。少女はどこか投げやりになっている様子がうかがい知れた。それでこんな見も知らない男のいる空間へ恐れもせず入って来たのだろう。

 私は少女を見つめた。少女も私を見つめた。

「飲むかい」

「うん」

 少女は小さくうなずいた。私は少しぬるくなった缶ビールを一つ少女に渡した。私たちはしばらく黙ってビールを飲んだ。

 虫の音だけが時折小さく辺りに響いていた。

「世の中クソだわ」

 少女は怒りとも悲しみともつかない感情を吐き出すように言った。

「知ってる」

 私は言った。私の答えに少女は少し驚いたようだった。

「私、死にたいの」

 少女が続けた。挑むような言い方だった。

 私は特段驚きはしなかった。そんな人間は今のこの国では珍しくもないことはよく知っていたし、何年か前に、雑誌の仕事でそういった少女たちに実際たくさん会ってきた。何より私もそんな人間の一人だった。

 仕事も無く、お金も無く、友も無く、恋人も無く、まして家族も無く、そんな日々に死にたいと思わないことはあり得なかった。

 そんな私の反応に少女は更に驚いたようだった。他の大人たちは、もっと違った、もっとまともな、そんな考えは良くないとでもいった反応をしていたのかもしれない。少女は私もそんな反応をするだろうと高をくくっていたのかもしれない。

少女は再び黙ってビールを啜った。

「大人になっても生きるって辛い?」

 少女はうつむいたまま力なく言った。

「ああ」

 私の答えに少女は、特に反応はしなかった。

 少女はビールを半分以上残し、何も言わず静かに去って行った。

 その後、団地の敷地内で一度、その少女が一人歩いているのを遠くから見かけたのを最後に二度と会うことも無かった。その時も特別な感慨もなく、やはりこの団地の住人だったのかと思っただけだった。


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