短編SF 『コズミック・ワンハンドレッド・ストーリー』

 ちゃんとダイヤモンド・リフレクター付き使い捨てマイクロトーチは消したか? オーケイ、じゃあ次。今度はまたおれの番だ。


 これで今夜……四度目かな? 百話っていうのは案外、手こずるもんだな。このままじゃあ、そう遠くないうちに喋るネタがなくなっちまいそうだ。


 まあいいや。とにかく、はじめちゃったんだからしょうがない。ちゃんと最後までやらきらなくっちゃな。それがルールってもんさ。それじゃあそろそろ、場の雰囲気も温まってきたことだし、このへんでとっておきのヤツをやろう。それこそ、全身の毛が残らず逆立っちまうような、凄まじく恐ろしいヤツ。おれの持ってる話の中でも、最高に自信のある一本さ。


    *


 これから話すのは、おれが仕事先の知人から伝え聞いた話だ。その知人の言うことを信じるなら、それはとある長距離対応型スペース・トランスポーターのパイロットが、実際に体験した出来事らしい。


 そうだなあ、じゃあ仮に、そのパイロットを〝Sさん〟とでも呼ぶことにしようか。地球人用の義務教育期間を終えてすぐに物流業界に入り、それから二十年以上も勤め続けてきた、いわゆるベテランパイロットさ。勤勉で真面目なタイプだね。


 さて、その夜のことだけど、Sさんは普段どおりに仕事をしていた。時間はメイオール天体基準で真夜中。すっかり扱いなれた単身操作式のトランスポーターには、たっぷりと荷物が詰まっている。夜間輸送の真っ最中ってわけだ。


 いつもとなんら変わらぬ夜、すっかり行き慣れた惑星間領域境界線上の航路。季節はといえば第二安定期の初めごろで、ああそうだ、たしか秋に入ってすぐのことだって言ってたなあ。コクピットキャノピーを彩る星明りが涼しげで、なんとも気持ちのいい日だったそうだ。


 ただ、その日の輸送経路ってのが実に嫌なもんでさあ、動物どころか地衣類のひとつも存在しないような不毛の惑星系を、延々と行くことになってたんだ。高度文明惑星の密集地帯から郊外へ、郊外から他の銀河系へってカンジで、活気のない宙域を突っ切って行かなきゃならなかった。とにもかくにも寂しい道行きさ。


 そんなわけで、Sさんはちょっと沈んだ気分で制御卓についていた。なにか、娯楽用のビデオでも見られれば少しはマシだったんだろうけど、生憎と映像受信機器の調子が悪かった。この一週間ほど、どこで電源を入れてもノイズばっかり拾うもんだから、夜中につけてると余計に気が滅入ってくる。これじゃあ使い物にならない。少なくとも、気晴らしという意味では役立たずさ。


 そんなわけで、なんとはなしに腰の重いような感じだったんだけど、実際に進んでいるルートっていうのは、それまで何度も行き来してきたものだったからね。夜中には交通量がほとんどないことはわかっていた。事故を起こすような心配は不要ってことだ。


 そりゃあ、小惑星や宇宙ゴミなんかにはときおり出くわすけど、万が一そういうのにぶつかってしまったところで、大したアクシデントには繋がらない。そいつらを変に避けようとして、危険宙域に突っ込んだりしないかぎりはね。


 とまあ、そんな具合にずんずん進んでいくうちに、いよいよもって風景が無生物一色に染まりはじめてきた。キャノピーに色濃い孤独が張り付いてくる。すっかり暗黒地帯に入ったんだ。まともな生物圏から完全に切り離された世界さ。Sさんのトランスポーター自体を別にすれば、あとははるか遠方の彗星とか、それよりもっと遠くの銀河系のきらめき以外には、動くものはほとんど見られない。生物としての本能から、自然とおぞけを催すような、暗く、冷たい空間。たとえるなら、生きとし生けるものがまったく死に絶えたあとの海の底、って感じだった。


 そんな風景の中を黙々と進んでいたときのことだった。そのとき、Sさんはふと気が付いたんだ。


――あれ? あそこに見えるの……あれって、人かなあ?


 目的地まで、あとちょうど半分くらいまで来たところだった。


 長い直線の航路だ。向かう先には、セーフティ・ハイパースペーストンネルの合流口が見えている。見通しは悪くない。だけど、そこへ続く道筋っていうのが、これまた陰気でね。光源なんか全然ないし、光を反射するような物もずいぶん少ない。もうホント真っ暗なんだ。向かって右手は中性水素ガス雲の壁、左手はちょっとした小惑星帯になっていて、ずうっと足の下では、分子雲が押し合いへし合いしながら寄り集まっている。しつこいようだけど、まったく暗黒地帯のド真ん中だ。


 Sさんの記憶が正しければ、近くには高度文明惑星なんかもないはずだった。最後になんらかの惑星のそばを通り過ぎたのは三十分も前のことだし、この次に、その手のものにたどり着くためには、ここから七十光年――メイオール天体基準で――くらいは進まないといけなかった。つまり、その航路っていうのは、いちおうは日常的に利用されてはいるんだけど、だからといって夜中に船外活動をするような場所じゃないんだ。


 にもかかわらず、さあ、距離にしてウン十メートルってところかなあ、制御卓上のレーダー指示器に、どうも人影っぽいのが映りこんでいるんだ。


 Sさんは咄嗟に、


(デブリかなにかを見間違えているのかな?)


 とも思ったんだけど、直後には考えを改めた。コンソールモニターを船外カメラからの映像に切り替えて確認してみると、はっきりと対象の姿を捉えることができたからだ。


 それ、まぎれもなく人の後ろ姿なんだよ。それも、一見したところ地球人のようなんだ。Sさんも地球系だからね、肩幅やら背格好やら、宇宙服なんかの身なりやらで、同族かどうかってのはだいたい判別できる。胴体からポコッと飛び出した頭。それぞれ一対になった腕と足。背丈は一メートル半から二メートル前後――こっちは地球基準だ――とにかくそれで、二足歩行。ニュートリノ・サーモグラフィーが示す数値を見るに、宇宙服内部の温度も基準に合致している。どう見ても同類。しかも、胴体部分のシルエットから察するかぎりでは、そいつはどうやら女であるらしかっだ。


 ひとつ幸運だったのは、その女が白色の宇宙服を着ていたってことだ。辺りが暗いもんだからね、これでもし相手が黒いものでも身に着けていたら、下手をするとまったく見逃してしまっていたかもしれない。暗色は宇宙の闇に溶け込んでしまうからね。


 この段階では、まだ年恰好というのまではわからなかった。Sさんのいるところからでは、相手の背中側しか見えなかったんだ。だからこれは仕方がない。とにかく、そんな後ろ姿が、とぼとぼと宇宙の冷暗のさ中を漂っていたんだ。


 ただ気になるのは、周辺にはぜんぜん水気がないのに、その女が凍り付いているように見えたってことだ。なんていうか、トランスポーターが進むのに合わせて、船外投光器の位置が変わるたびに、女の身体が光を跳ね返すんだよ。ちらちらというよりかは、きらきらっていう感じにね。ちょうど、砕けた氷が、明かりを反射するみたいにしてさ。


――うわあ、なんか嫌だなあ。


 Sさんは直感でそう思った。それでなくてもうら寂しい場所なのに、時間帯だって真夜中だ。Sさんの他には通りかかる船影もない。そういう状況で、ともすれば手遅れにも見えかねないそんな人影と、進んで関わり合いになろうという人間はそうはいないだろう。


 もし仮に、宇宙服の生命維持機能が生きていて、なおかつ、その着用者が死んでいたりした場合、これはかなり、「好ましくないこと」になるからさ。なんていったって、あるていどの温度と湿度と酸素濃度とが保たれた環境のもとに、生の肉を放置するのとおんなじなんだ。もちろん経過時間によって状態はいろいろだろうが、いずれにせよ、そんなブツを自分の宇宙船に引き入れるなんてことは、誰だってごめんこうむりたいはずさ。


 とはいえ、Sさんは元来まじめな性格だからね、見て見ないフリをすることはできなかった。この世に幽霊だの妖怪だのがいないっていうのを信じるかぎり、その人影は人間なんだからさ。宇宙ゴミや小惑星なんかとはわけが違う。やっぱり放っておくことはできない。広大な宇宙空間にひとり取り残されて、死にかけているかもしれないんだからね。せめて一声かけるのが人情ってもんだ。


 Sさんは、ほとんど静止しているのと変わらないくらいまでトランスポーターの速度を緩めると、意を決して女との交信を試みた。


「すみません、そこの方、大丈夫ですか?」


 位置関係で言えば斜め後ろというところ。モニターの表示上では、女の宇宙服の左肩部分、居住地国を示す肩章くらいは確認できそうだが、横顔というか、フェイスシールド内部の様子なんていうのはわからない。ともかく、背後から呼び止める格好だった。


 それで、どうやらその女も、Sさんからの通信に気が付いたんだろう。呼び止められたその場で、ぴたっと動きを止めた。姿勢制御用の圧縮ガス推進装置を使ってね。ちょうど、トランスポーターの投光器が照らせるギリギリの角度だ。変な位置で止まられずにすんで、ホントによかった。もしも見失いでもしたら、そのほうがよっぽど気味が悪いだろうからね。


 しかしこれがまた、おかしなことに呼びかけに応えないんだ、その女。


 動きを止めた、つまり、自らの意志によって軌道を変えたんだから、間違いなく生きてはいる。でも、相変わらずSさんに背中を向けたまんまでさ、ただ、じい……っと、それまで進んでいたほうを見続けてばかりいるんだ。


 SさんのほうはSさんのほうで、こっちも完全に船をストップさせた。なんだかあんまり近づきたくないなあ、なんて思いもあったし、万が一、ふらふらーっと船体の前に飛び出されでもしたら、それこそ衝突事故になりかねないからね。進むに進めなかった。


 トランスポーターが身じろぎをやめる。と同時に、氷点下の静寂が周囲を覆いつくした。Sさんの首元に、じわーっと嫌な汗が浮いてくる。合成木綿のワークシャツが背中に張り付く。


 ともあれ、こうしてお互いがその場で足を止めたからには、相手だってこっちに気が付いていないはずがない。いま現在も呼びかけを続けているし、船外投光器が行く先を照らしているんだ。ただでさえ人けも明かりも少ない状況で、この光を見逃すなんてことはまず考えられない。


 なのに、女はいっこうに動く気配を見せなかった。両手をだらんと下げた格好で、相も変わらずぼうっと突っ立ったままさ。ぴくりともしない。唯一、その表面を薄く包んだ氷の層が、きらきらと光を瞬かせている。ほんのかすかに身体を傾け続ける、弱い慣性の影響でね。


――ああ、しまったなあ、変なことになっちまったぞ。


 Sさんはすっかり怖気づいていた。心臓が音を立てて脈打っていたし、手の平なんかはもう汗でびっしょりだ。一刻も早く逃げ出したかった。だけど、ここまできたらもはや引き返せない。いまさらになって知らん顔なんてできるわけがない。相手にどんな事情があるかは知らないが、とにかく、女ひとりを放っておける場所じゃないんだ。こんな辺鄙な場所で人を見捨てたら、文字どおり見殺しにするようなもんだ。


 それに、正体を確かめないままでいるのはかえって恐ろしかった。その女がいったい何者なのか、Sさんはどうしてもはっきりさせておきたかった。だから彼は、勇気を振り絞って、声が上ずるのをどうにか抑えながら、こう叫んだ。


「すみませーんっ、大丈夫ですかーっ?」


 今度のは、前よりずっと大声だった。相手が絶対に聞き漏らしたりすることのないよう、口を出来るかぎり大きく開けて言ったんだ。


 ここまでくれば、女のほうだって察知しているに違いない。「いま、自分の後ろにだれかがいるんだ」ってね。


――ああダメだ、やっぱり、逃げちゃったほうがよかったかもしれない。


 と、そんな考えがSさんの頭をかすめる。だけど身体が固まっちゃって動けない。肩から膝から、まるで金具でガチッと固定されたみたいになってしまって、どれだけ力を込めても、思いどおりにならなかった。がたがた震えるばっかりさ。もう逃げるに逃げられない。


 そうしていよいよ、そのときだ。ついに女の身体が動いた。それまで、まるで時間が止まったみたいにじっと突っ立ってたのが、今度はまた、やたらにゆっくりと肩を引きはじめた。ぐうっと胴体が捻じれる。その胴に続く形で、腰が、太腿が、膝が、引っ張られるようにして順々にこっちを向く。それから最後に、パチン、と音を立ててビデオ通話画面がモニター上に現れた瞬間、Sさんはハッと息を呑んだ。


 その女、顔が無いんだよ。コンソールの画面には、きちんと通信相手の頭部前面が映りこんでいる。通信強度も充分だ。なのに、べったりとおでこに張り付いた前髪の下、普通だったら目鼻の付いているはずのところに、なんにもない。そこに見えた顔面っていうのは、たとえるなら、いびつに膨らんだゴム風船か、あちこち凹んだピンポン玉かというような具合だったんだ。


 そのことにSさんが気づいた途端、


「ウオオオオーッ!」


 女が絶叫した。鼓膜が破れんばかりの大声を、とつぜんに張り上げたんだ。口なんか有りゃあしないのに。


 でも、機械のエラーだとか、そういうことではない。その叫び声は紛れもなく、女の寄越した通信に、確固たる情報として乗せられたものだった。喉が裂けて血が滲むんじゃないかというような、必死な叫びだ。


 Sさん、もう頭の中が真っ白だった。まともにものを考えることもできないほどに、呆然となってしまったんだ。そして次の瞬間には、完全に意識を失ってしまったそうだ。




 次に目を覚ますと、Sさんはその宙域をすっかり抜けた先の、とあるサービスエリアにいた。無料停留所に停められた、トランスポーターの中に、さ。


 自分の身体にも、船体にも、また荷物にも、なんにも異常は認められなかった。まあ、強い疲労感ぐらいはあったけど、仕事の最中なんだからそれは当たり前なんだ。ともあれ、身の回りを改めてみるぶんには、変なことなんてなにひとつ起きないまま、順調に道行きを進んだみたいだった。


(夢――だったのかなあ)


 舟をこぎながら航行していたのかもしれない、と、Sさんは半信半疑に考えはじめた。けれども、夢にしてはあんまりにもはっきりした記憶だったからね、どうにも引っかかって仕方なかった。


 それにSさんは、ひとつのことをあまりにも鮮明に、はっきりと覚えていたらしいんだ。単なる夢だなんて思えないほどにさ。それはちょうど、あの女が大声を張り上げた、まさにそのときのことだった。


――もう引き止めないで。


 あのとき、呆然となったSさんの頭には、そんな言葉だけがぽっかりと浮かんでいたそうだ。


    *


 さあ、いまの話はこれでおしまいだ。どうだ? なかなかイカした話だろう。今回のイベントでおれがやろうと思っていたなかじゃ、とびっきりの一本だぜ。


 ええ? いやそんな、丸っきり怖くないってことはないだろう。そりゃあ、シチュエーションも人物もありきたりかもしれないけど、それはつまり、ズバリ王道っていうことじゃないか。要するに怪談っていうのは…………なに、そうじゃない? というのは……はあ……いやでも、顔が無いってのは不気味だろう。なんていうか、人間に近しい姿を持った、人間じゃないものっていうか、そういう存在との望まぬ邂逅なんてのは、だれだって恐怖に駆られるものじゃないか。


 おいおい、ちょっと待ってくれよ。違うぞ、地球人によく似た異星人とか、そういうのじゃあない、それは断じて違う!


 いやまあ、どうしてそう断言できるのかって訊かれたら、それは困るけど、聞くにもおぞましい魔の叫び声がさあ……ううん…………たしかにそうだ、テレパシーの可能性は否定できない。実際、ある種の強い精神感応エネルギーは知的生命体の脳、とくに記憶に関する部分に種々の影響を及ぼすものだし……だから、記憶の混乱はそれが原因じゃないかって? さあ、どうだろう、わからないけど……。


 いやあ、そうかい……おかしいなあ。地球系の知り合いから聞いたところじゃあ、「こういうのこそが怖い話の鉄板だ」ってことだったんだけどなあ。


 わかった、わかったよ。次の機会までには、もっとコツを掴んでおくともさ。この次に地球人に出会ったら、この話のどこがそんなに怖いのか、もう少しちゃんと訊ねてみることにするよ。彼らがどんなふうに解説してくれるのか、おれには見当もつかないぜ。

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詩作・随筆集 新雪 純丘騎津平 @T_T_pick

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