詩作 『P渓谷慕情』

 遠方では、高い丘が、目の届くかぎり一杯に連なり、盆地のようにくぼんだ平原には、青々とした低木と、緑一色の草類がひしめく。

 丘の斜面の赤い地肌に見える、幾重にも重なった地層は、まるで高波の如く。あるいは、切り立つ岸壁をキャンバスに、白線で丘陵を描くかのようでもあった。

 草木の緑。赤土の色。濃淡のグラデーションを持つ二色が、陽光の生み出す陰影と、スケール感の狂う巨大さを伴って、目の中に飛び込んでくる。

 慌てて頭上に視線を逃がすと、今度は、遮る物の一切ない青空が、区切りなく広がっている。その空の先端が、丘のてっぺんとぶつかって、ぷっつりと途切れる。そこが遥かな地平線。永遠に交わることのない、天地の境目である。時折、遠くから響いてくる、狼か何かの甲高い遠吠えは、その向こうからやって来るのだろう。

 荒野と呼ぶには、緑は豊かである。樹木は榎の他、ムクロジの仲間、ヤナギ、ポプラなどが見られ、花はキク、ひまわり、タンジー等々が季節ごとに咲く。また、連なって伸びるウチワサボテンも、日当たりによる明暗のコントラストで、様々な表情を見せる。

 それらの足元では、乾いた土の上を、野鼠や蜥蜴の類が、そろりそろりと歩く。もう少し大きいものでは、ヤマネコ、七面鳥、コヨーテ、ミュールジカ、更に大きくなると、巨大な角を持つロングホーンなる牛がいるのだ。そして、そこから見上げる大空では、トビやムクドリモドキ、あるいはゴシキノジコという、名の通りやかましい色合いの鳥も飛び回っている。

 そんな動植物たちが身を置くのは、驚くほど、想像もつかないほどの、広大な渓谷の中。風雨に削られ、過ぎる年月によって刻まれた造詣の内側。永遠に変わらないようでいて、その実、一秒ごとに移ろいでいく、厳しき自然の懐中である。

 美しいばかりではない。自然の営みのみならず、過去には、先住民と入植者の戦い、あるいは一方的な侵略の舞台にもなった。この谷のどこかには、いまでもきっと無念の思いが染み付いているのだろう。戦いの記録は、その悲劇を忘れないために残されるのだ。

 雄大なる風景。多様な生態系。連綿と受け継がれる歴史。

 そこに吹く風は、それらの全てを通り過ぎ、その欠片を運んでくる。そしてあとには、微かな遠吠えだけを残していく。

 風よ吹け。大陸を渡り、どこまでも進んで行け。

 いつか、お前と出会える日を夢に見ながら、私も歩こう。

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