第4話

 入学式から一週間ほど経過して、オリエンテーションも終わり、クラス内のヒエラルキーが徐々に確立されてきた。涼介は安定のトップである。詩織もトップに君臨している。俺はというと、二人のおこぼれに与かる形でなんとかトップ下くらいの位置につけた。二人が同じクラスじゃなかったら、選手にもなれずに、観客席から二人の活躍を見守ることになっていただろう。しかしどうだろう、トップ下って、何ならトップよりも重要なポジションなんじゃなかろうか。ラストパスをだすポジション。小野伸二ばりのエンジェルパスを献上差し上げたいところだが、そんなに優秀なら単品でもトップ下に君臨できるだろう。というか、トップ下って別にサッカーのポジションの話じゃないし。サッカーのポジションで重要じゃないところなんてありません。

 そんなわけで、クラス内で三人で話す機会が無いわけでは無いくらいの関係性に収まった。鎹でもつなぎ止められないのが高校生なのです。小学校よりも中学校よりも周囲の圧力が強い。お前ら、大人になっててんじゃないのかよ。退行してんじゃないの?と言いたくなる。まあ、でも、そんなの実際は考えすぎで、周りを意識しているのは自分だけで、他の人はだれ一人として気にとめていないに違いない。周囲の問題と言うよりも、これはやはり自分自身の問題なのだ。幼なじみ三人の会話がかみ合わなく、いや、幼なじみ二人と一人の会話がかみ合わなくなりつつあって、それ故に会話が減っているというだけの話なのだろう。中学の頃は同じ部活だったからなんとなく続いていただけで、これが本来の位置関係なのに違いない。


 新学期の気楽な半日登校週間は終わってしまって、教科書が配られ、もうすでに授業が始まってしまっていた。高校の授業は大変だ。進度は速いし、中学の頃よりも難しくなっている。と、姉にさんざ脅されていたのだが、何のことはない。そんなことは小学校から中学校に上がるときだって言われていたことで、結局、高校の初期の授業なんて中学の授業の延長線上にあるのだ。イントロダクションから生徒をおいていくような授業が行われたとしたら、それは生徒ではなく教師の落ち度だろう。俺は頬杖をついて黒板を眺める。いや、頬杖をついて視線が下がったことで俺の目には黒板よりも涼介の背中が見えている。涼介の背中の背景に黒板がある。背が高いってうらやましいなあ。俺ももう少し背があれば、サッカーを続けようと思ったかもしれないのに。俺は顔を支えている手の位置を変えながらクラス内を見回した。皆さん、お行儀良く授業を受けていらっしゃった。よくもまあ、退屈しないことだなあ。詩織の机の上にはいくつかのカラーボールペンが転がっていた。教卓では教師が山月記を音読している。一つあくびをして寝た。


 お安いビッグベンの音が鳴り、授業が終了した。目が覚める。体を起こして伸びをした。ついでにあくび一つ。あくびの音が聞こえたのか涼介が振り返った。


「お前、また寝てたのか?中学のころから相変わらずだな」


 苦笑いしながら涼介はそう言った。


「こんな退屈な授業、よく受けてられるな。お前には簡単すぎるだろ?」


 足が痺れた。会話にいまいち身が入らない。ぐっと足を伸ばして砂を踏んだような感覚を逃がすように努める。


「簡単なわけないだろ。一杯一杯だよ」

「どうだかね」


 詩織も一緒に居るときにすりゃ良かった。いや、今からでも詩織をここに呼ぼうか。そうすればこいつの嫌みを周囲の人間が謙虚だとか勘違いせずに済むだろう。

 ……無駄だな。こいつに対しての悪評は立ちにくい。たってもすぐにたち消えてしまうほどの圧倒的な好評が涼介の周りにはまとわりついている。それこそが最大の嫌味な気もするけれども。


 授業を四つ通過するとようやく一時間ほどの自由時間が与えられる。小学生の頃の二十分休みを懐かしく思いつつ、俺はパンを食べる。涼介と詩織はサッカー部の数人と女子数人で昼食をとるようである。つまりはミニ合コンか。お盛んなことで。これだからスポーツ選手はやたら結婚が早いのでは?もっとじっくりと考えたほうがいいぜ。モデルとかアナウンサーと結婚できる可能性もあるんだから!高校の同級生程度じゃなくてさ!なんて思うから俺はモテないのだろう。カレーパンの中に卵が入っていたことに驚きつつ俺はそう自嘲した。

 カレーパンを食べたとなれば次に食べるべきはメロンパンである。異論は認めるが、自分の中ではそう決まっている。そして飲み物は麦茶。水筒に入れてこれる飲み物がこれだったのだから仕方がない。小学生の頃からの慣習の感覚として牛乳が飲みたいところだが、我慢する。別に校内に紙パックの自販機があるのでそこで牛乳を買えばいいのだけれど、教室を出るのが面倒くさい。それに何より入学早々に校内探索をするほどアクティブではなかった。もっと足場を固めてからにせねばならない。固まっていたはずの足場は既にどこかで崩れてしまったのだ。少なくとも学校での足場は。いい加減それを認めなければならない。学校にいる間、この教室にいるかぎり、いや、何でもない。言っても仕方がないことだ。今からでもサッカー部に入部届を提出すれば間に合うだろうかとかそんなことは考えない。考えない。

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主観客観青春思春 板本悟 @occultscience1687

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