第2話

 三人とも奇跡的に同じクラスになった。「かすがいあ」から「くろみもん」まで他に生徒がいなかったので俺と涼介は席が前後になった。どうでもいいけど「くろみもん」ってなんかのキャラクターみたいだな。詩織は残念ながら席が離れている。

 俺の斜め前の席の女子生徒が涼介を見て「ラッキー」と言っていたが、涼介と色恋沙汰に発展することはおそらくないだろう。あるいは見ているだけで、席が隣なだけで幸せなのかもしれないが。

 担任の教師が来るまで二人と話しながら適当に時間を潰した。他にも同じ中学だった生徒はいるが、同じクラスにはならなかった。


 入学式は概ね平和に終わった。新入生代表として涼介が挨拶すると女子からは黄色い歓声が上がり、男子からは怨嗟のこもった視線が向けられた。あまり式典らしくない雰囲気になったが、これからずっと、少なくとも三年間はこれが続くのだ。

 入学式の後はホームルームがあった。後で提出しなければならない書類が大量に配られた。一つくらい無くしそうだ。クリアファイルでも持ってくればよかったな。人権標語とか書いてあるやつ。小学生の頃毎年配られてたんだけど、あれ結構便利だよな。中が二つに分かれてるし。などと考えているととっくに書類は配られ終わっていて、自己紹介に移っていた。


「鎹 涼介です。市立外山中学校出身です。サッカー部に入ろうと思っています。よろしくお願いします」


 普通でつまらない、と思ったがこんなのでも女子から黄色い歓声が上がった。やっぱり人間じゃないんじゃないの?そして、黄色い歓声を上げている女子生徒共、次に自己紹介する俺の身にもなってほしい。

 いいや。歓声がやまないうちにとっとと済ませてしまえ。


「くっ、黒宮 和樹です。えーっと、ああ、市立外山中学校出身です。サッカー部に入ろうとは思っていません。よろしくお願いします」


 よし。誰にも聞かれてない。いや、前の席のやつから白い目で見られてるから少なくともこいつには聞こえていたらしい。考えてなかったんだよ。仕方ないだろう。

 そこから先も極めて平凡な自己紹介が続いた。正直、自己紹介がなぜ必要なのかもわからない。名前なんて名簿を見ればわかることだし、他の情報だって仲良くなれば自然に知るものだろうに。


「細渕詩織です。市立内山中学校から来ました。涼介の幼馴染です。まだ部活は決めていません。これから一年間よろしくお願いします」


 涼介の、ね。まあ、俺のことなんてほとんど誰も知らないから別にいいんだけどね。自己紹介だってわざと周りが騒がしいタイミングでやったし。それに涼介に言い寄る女子への牽制も兼ねているのだろうし。だけど、あんまりだ。


◆◆◆◆◆


「え?だってしょうがないじゃん。和樹の自己紹介聞こえなかったんだから。それに和樹の幼馴染ですって言っても『誰?』ってみんな思うよ」


 先ほどの自己紹介の内容についての釈明と謝罪を詩織に対して求めたところ上の答えが返ってきた。否応無しに自覚する知名度と容姿の差。いや、俺も悪いんだけどね。


 午前中で高校生活初日は終了し、高校生活最初の放課後を迎えた。涼介と詩織と俺は追っ手(女子生徒)からなんとか逃れ、一度帰宅した後、学校の近くにあるショッピングセンターに辿り着いた。


「とりあえず、お昼にしよっか」


 壁にかかっている時計を見ると一時少し前だった。昼ごはんにはちょうどいい頃合いだろう。特に何をしようと決めていたわけでは無いので、まあ、ちょうどいいか。


「一階だとパスタ、ラーメン、牛タン、寿司、和食に中華。カフェもあるけど、昼飯って感じじゃ無いな」


 フロアマップを指でなぞりながら選択肢を挙げていく。どれも高校生の昼食には高いな。


「んー。フードコートでいいんじゃない?」

「詩織にしては妥当な判断だな」

「私はいつもまともよ」


 何も言うまい。


 フードコートは二階にあり、休日の食事時になるとほとんど全ての席が埋まってしまう。今日はまあ、平日だし少しは空いているだろう。


 フードコートには当然いろいろな店があり、何を選ぶかによってその人の価値観がほんの少し、一割くらいは理解できる。全くの気まぐれで選ぶ人も割と多くいるので、一概には言えないのだけれど。

 例えば俺の場合。今回俺が選んだのはうどんだ。意外なことに我が県はうどんの生産量が全国二位らしい。かけうどんにエビ天とかき揚げを乗せた。さらに揚げ玉とネギを乗せて完成。これで五百円ちょっとは安いよな。要するに俺は質より……んんっ、質が悪いとは一言も言っていないけれど、値段が安いものを選ぶ傾向にある。客観的に、他人から見ればまた違う価値観を持っているように見えるかもしれないが、主観的にはそういう判断基準だ。

 例えば涼介の場合。今回、涼介が選んだのはラーメンだった。それも大盛り。海苔やメンマなど定番のトッピングが大量に乗ったそれはとても美味しそうだが、俺には完食できそうにない。やっぱり運動部(仮)と帰宅部(仮)では胃腸の構造が違うのだろうか。値段は俺よりも多い分当然高く、俺のうどんにとり天といか天をトッピングしてもまだ足りないくらいである。つまり、涼介の判断基準は値段よりも量、ということなのだろう。親から支給されるから値段を気にしないということもあるかもしれない。

 例えば詩織の場合。今回、詩織が選んだのはタラコパスタだった。種類は違うが見事に三人とも麺類である。タラコとバターの香りがふんわりと漂ってきてとても美味しそうだ。上に乗っているねぎと海苔が和風感を演出している。にしても、俺と同じくらいの値段のはずなのにおしゃれ度が違うのは食べている人が違うからなのか、はたまたうどんとパスタの差なのか。後者だといいなと思いながら俺はうどんを啜った。ここからわかる詩織の価値基準?なんだろ。わかんないや。量より質ってわけでもないだろうし。量よりおしゃれ度?パスタイコールおしゃれって考えがもう残念な感じがしてならない。

 三分の二わかっただけでも上々としよう。


◆◆◆◆◆


「冷た〜、あま〜、うま〜」


 しょっぱいものを食べた後には甘いものが食べたくなるというのは自然の摂理である。よって、俺たちはデザートとして二桁の数字が通称として使われているアイス屋でそれぞれ好きなアイスを買って食べた。コーンではなくカップタイプ。ダブルってどういう組み合わせが美味しいのかわからんよな。意外な組み合わせを狙って失敗すると結構しんどいし、いつも定番の組み合わせしかできない。詩織はいつも理解しがたい組み合わせを選ぶのだが、それでちゃんと美味しいのがすごいところだ。こいつのセンスは真似できない。女子には潜在的にこういうセンスが備わっていたりするのだろうか。あるいはリア充の必須教養なのかもしれない。しかし、それでも組み合わせに成功した結果、上の感想しか出ないのだから残念としか言いようがない。別に言葉を尽くして味の感想を言う必要はないのだけれど甘いにもうまいにももっと色々種類があるだろうに、と思う。


「それで?この後どうする?」


 アイスを食べ終え、ショッピングセンター内をふらふらと歩き出す。とはいえよく来るので並ぶ店々に新鮮味はない。


「俺は二人に任せる」

「んー。特に見たいものもないんだよね」


 ショッピングセンターには当然多くの店があるのだが、女子高生にはこれでも物足りないらしい。店の量ではなく種類が。俺は服装にあまりこだわらないのでショッピングセンター内の店で十分なのだが、まあ、オシャレしたい年頃なのだろう。


「ゲーセンは?」

「お金の無駄」


 それは否定できない。アーケードゲームが得意になるまでの間は時間と金の浪費でしかない。あの場所はゲームが得意な人の聖域である。もしくは親子の戯れ広場?たまにボールプールがあったりもする。

 しっかし、お金を無駄に使うのもリア充っぽいなあと思っていたのだけれど無駄に使うべきところはわきまえているのだろうか。例えば、ナイトプールとか。泳がないプールなんてタクシープールぐらいしか知らなかったんだけど。それに虹のかかった雲の浮き輪なんて天に召されているようにしか見えない。


「おっ、クレープあるぞ、クレープ」

「さっきアイス食べちゃったしなあ。和樹、クレープ好きだったっけ?」

「いや、あまり興味ない」

「じゃあなんで提案した?」

「女子イコール甘いものという短絡的発想」

「多くの場合間違ってないけど、今はないかな」


 そうだよな。姉と喧嘩しても甘いものを買い与えればすぐに喧嘩がおさまるし。というか、甘いもの目的で喧嘩を売られている気がしないでもない。


「毎月九日はクレープの日らしいぞ」


 店の壁面に貼られている高校を見て涼介は言った。


「クレープの日?一月三回って多すぎるだろう」

「クレープの日って何かあるの?」

「全品三百円らしい」

「税込?」

「税抜き」


 消費税まで気にするのか。意外だ。甘いものに対してお金を払うのにためらいがないのかと思ってた。けれどまあ、無尽蔵に湧いてくるわけでも無いしな。そりゃあシビアにもなるか?まだ高校上がりたてでバイトもしてないし。


「それよりさ、なんかお菓子でも買って帰ろうよ。それで、和樹の家でパーティだ!」

「なんで俺ん家なんだよ」

「え?だって愛莉さんに会いたいし。まさか女子の部屋に上り込むつもりじゃ無いでしょうね」

「女子ねぇ」

「何よ」

「いや別に。というか、今日はバイトだからいねえぞ」


 本当はなんの用事かなんてよくわかってないけれど。本当にバイトかもしれないし、大学の講義があるのかもしれない。けどまあ、別にそんなことはどうでもいいだろ。


「えー。いないの?まあ、いいか。じゃあ決定ってことで」

「は?」

「決まったことにごちゃごちゃ言わないの」

「別にエロ本が部屋にゴロゴロ転がってるわけじゃあるまいし、いいだろ?」

「なんなら掃除する時間もあげるから」


 好き勝手言いやがって。ああ、どうせもう何言っても聞きやしねえだろうし、いいか。別に変なこともしないだろうし。


「わかったわかった。お菓子町行こうぜ。あそこが一番安いだろ」

「掃除の時間は何分欲しい?」

「別にいらねえよ」


 お菓子町というのはこのモール内に入っているお菓子屋でいろいろな種類のお菓子を大量に安く売っている店である。バレンタインの頃には加工用のチョコレートを求めて多くの人がこの店に来る。音感が御徒町みたいで少し気に入っている。


「クッキーはどっちの味がいいかなあ?チョコ?抹茶?」


 詩織は違う味のクッキーの箱を両手に持って涼介に意見を求めている。ちなみに僕のオススメはプレーンだ。

 

「どっちも買っていって余ったら好きなのを持って帰ろう。別にいらなきゃ、和樹の家に押し付ければいいし」

「ひどい扱いだなあ。まあ、どうせ姉が食べるだろうけど」


 あの人はなぜか太ろうとしてるからな、最近。全く効果はないけれど。


 適当に三人では食い切れないであろう量のお菓子を買ってモールを後にした。大きい袋二つ分は明らかに買いすぎだろう。

 お菓子の袋を俺と涼介の自転車の前籠に乗せて自転車を漕ぎだす。カツン、カツンとタイヤが何かに擦れる音が一定間隔で耳に入る。どうやら自転車のどこかが歪んでいるらしい。スピードに変化があるわけではないから別にいいんだけど、あまり気持ちのいいものではない。

 数十分ほどその音を聞き続けて家に辿り着くと、ブレーキをかけて止まった。カツンカツンという音の代わりにキキッと思わず顔をしかめるような音を立てた。

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