主観客観青春思春

板本悟

第1話

 高校生にもなれば誰しも一度くらいは恋をしたことがあるだろう。かくいう俺も成就したかはともかく恋をしたことがある。全く何を思ったのか気障ったらしく「月が綺麗ですね」と告白したこともある。結果は推して知るべし。この思い出は黒歴史という形で心の奥底に眠る金庫に鍵をかけてしまってある。さて、そんな彼女いない歴……、な俺だがそれには理由がある。理由というか、言い訳だ。俺には二人の幼馴染がいる。この仲良し幼馴染三人組は同じ小学校、中学校、高等学校へと進学した。男二人に女一人。今時こんなに長続きする幼馴染なんているわけないって思っただろう?ああ、そうだ。本来なら長続きするわけがなかった。特に小学校の頃なんかは男子、女子と別々のグループができていてなかなか相容れない。ちょっと女子と話そうものなら冷やかされる。が、垣根を簡単に越えられるような奴もいるんだよなぁ。俺の幼馴染。男の方の幼馴染。鎹涼介という名のその男は眉目秀麗、成績優秀、スポーツ万能、温厚篤実という気持ち悪いほどに善良で優良な人間だ。人じゃないと言われれば素直に納得できそうなほどに人外じみている。人外のような人間だ。人外というのは別に特徴を論っていっているわけではなく、むしろ特徴として言い表せない部分にこそ人外じみた部分がにじみ出ている。オーラ、というのだろうか。後光がさすというのだろうか、いや、そんな神々しいものではなくスポットライトが常に当たっているようなそんな感じだ。一挙手一投足すべてに注目が集まり、言動に大きな影響力がある。正直生きづらいと思うのだが、本人はあまり気にしていない様子だった。

 こんな化け物がいるものだから。いや、化け物なんて呼び方はしちゃいけないな。一応は幼馴染で、一応は友達だ。こんな奴がいるものだから男二人と女一人の幼馴染三人組の縁は切れなかった。金を払うまでもなく繫ぎ止める才能が涼介にはあった。


 さて、ここからが本題だ。本題であり、問題だ。鎹涼介はとてつもなくモテる。バレンタインの日なんか、ある意味いじめなのではないかというほどに下駄箱や机の中にチョコレートが詰め込まれている。俺が大量のチョコレートの処理を手伝わされているのは女子には内緒だ。それくらいに鎹涼介がモテるものだから、不用意にモテるものだから、うちのクラスではハーレムもののラブコメが見事に起こっているのである。周りの男子には目もくれず鎹涼介というトロフィーを手に入れるための女子共の争奪戦を眺める日々。これが俺の青春の思い出のすべてになるだろう。果たしてそれはきちんと青春していると言えるのかはわからないけれど、まあ、こんな過ごし方も悪くはない。いつかきっとそう思える。


 この話を読むに当たって、俺という人間はほとんど意識しなくていい。地の文に敬語が入っていたら語り部からの敬意なんだなと思う程度に意識してくれればいい。所詮俺は語り部で、傍観者で、友人Aで幼馴染Bだ。主人公には向いてない。だからまあ、俺から言える事はただ一つ。楽しんでくれ。他人の青春を客観的に冷静に見つめてこいつらは一体何をしているんだと思ってくれればいい。他人の青春に感情移入して自分のことのように考えて、恥ずかしさに身悶えてくれればいい。俺は俺でこの青春を楽しもうと思う。まあ、一応最後に自己紹介だけでもしておこう。俺の名前は黒宮和樹。そんなに出てこないだろうが、よろしく頼もう。


◆◆◆◆◆


 物語は俺たちが四扇南高校に入学した四月から始まる。厳密に言えば四月の八日だ。

 その日は入学式にふさわしい曇天模様だった。体育館に長時間拘束される入学式に暑すぎないほどの曇天模様。かといって陰鬱な雰囲気にならないような曇天模様。俺はいつも通りに、いや、中学の頃と同じように、か。いつも通りはこれから作るのだ。さておき、中学の頃と同じように幼馴染二人と待ち合わせをした。気を使って家を早く出るでもなく、気を使って二人で行くように仕向けるでもなく、いつも通りに。

 待ち合わせ場所の公園に着くとそこにはもうすでに涼介と詩織がいた。


「いつも通りに時間ぴったりだな、和樹」

「いつもと変える理由も特にないからな。逆に詩織が俺より早く来ていることの方が驚きだ」

「えー?だって、新学期だよ?新学校だよ?早く行って学校見学したいじゃない!」


 学校見学なら受験する前、志望校を決める段階で済ませたはずなのだけれど。まあ、いいか。たしかにその学校に通うことになってから見学するとまた違ったものが見えてくることだってきっとある。

 俺は公園で止まることなく、高校のある方面へ歩き続ける。俺たちが通うことになった高校は地元の公立高校で、偏差値は高くもなく低くもない。65くらい。歩いて行ける程度の場所にあり、地元の公立小学校と隣接している。

 挨拶の他には特に何も言わずに通り過ぎた俺に対して詩織が少し拗ねたような声で声をかける。


「ちょっと、私の制服姿への感想はないの?」

「制服が届いた時に写真を送ってきたじゃねえか。もう別に、特にないよ」


 詩織は軽い駆け足で俺を追い抜くと、制服を見せびらかすように歩きながら器用にクルッと回った。制服がヒラっと舞う以外は特筆すべき事は特にない。特にこれといった特徴のない濃紺のブレザーは彼女によく似合っている。これは別に彼女が地味というわけではない。むしろ詩織は涼介と並んでいても違和感がないほどに美しい容貌をしている。


「どうせ涼介から感想はいただいているんだろう?なら俺も同じって事でいい」


 つまんないなー、と言って詩織はもう一度クルッと回ってみせた。あれかな?クルッと回ったりポンポンと飛んだりして感情を表現するサッカーゲームの世界の人なのかな?いや、まあ、そんなわけはないのだけれど。


「和樹、言ってやれよ。詩織はお前の口から言ってほしいんだろう?」


 何を言っているんだか。もしかしてこいつは鈍感系主人公なのだろうか。だとすれば相当じれったい青春を送ることになりそうだ。


「そうだな、可愛い可愛い。お前は何を着たって可愛いよ、詩織」

「うん、知ってる。って、全然制服関係ないじゃん」

「いいか。男が女性の服を褒めるときは大体相手の容姿を褒めにくいときなんだよ」

「つまり私は可愛いってことね。ありがとう」


 ニヤニヤと笑ってこっちを見る詩織を見て俺はやっぱり言わなきゃよかったと思った。どうせ大した反応もないのだ。褒めたところでこっちが恥ずかしくなるだけ。


「『男は』って括らないでくれるか?」


 俺と詩織のじゃれあいのような会話に涼介から横槍が入ってきた。そっかそっか、放っておかれて寂しかったのかな。仲間に入れてやろう。


「え?もしかして涼介、服装について褒めたの?それは悪いことをしたなあ」

「そっかー。涼介は私のことかわいいって思ってくれないんだ。残念」


 俺がほんの少し含みを持たせて言うと詩織がすかさず乗ってきた。ま、まあ、一応幼馴染ですからね。これくらいの連携はとれますとも。慌てた様子の涼介を見られたので今日はいい一日だった。まだ朝だけど。


 学校に近づくにつれて同じ制服を着ている人が増えてきた。この中にも同級生がいるはずなのだが、見た目で判断はできないな。制服を着慣れているかいないかで判断するのなら涼介は上級生に見えるし。


 学校の近くの信号で立ち止まるとチラチラとこちらを見てくる人を発見した。首を回すようにして周囲を確認するとそういう人間が複数名確認できる。そのほとんどが同じ制服を着ていた。女子の目当ては涼介で男子の目当ては詩織だろうな。男子の中でも涼介目当てがいるかもしれないし、女子の中でも詩織目当てがいるかもしれないがいずれも少数派だろう。

 校門の横に立てかけてある入学式の看板とともに写真を撮ってから俺たちは校門をくぐった。ちなみに写真を撮るのはじゃんけんの結果俺になった。まあ、いいよ。いつもこんなものだ。なんならじゃんけんする必要すらなかったまである。


 穏やかな朝はここまでだった。ゲリラ豪雨が降ってきたとかそういうことではなく、もっと恐ろしくある意味いつも通りな事が起こった。校門を仲良く談笑しながらくぐった俺たちに向かって正面から女子の群れが襲いかかってきた。それに呼応するように、あるいは謀ったかのように後ろを歩いていた女子もこちらに向かって走ってくる。360度完全に女子に取り囲まれた。可愛い女子に囲まれたいというのは健全な男子高校生の夢ではあるが、ここまでくると恐怖心しか起きてこない。けれど、標的が分かっている分いくらかマシだ。俺はとっさに涼介から距離をとって、向かってくる女子の群れに真正面からまっすぐ歩く。邪魔、と言われながらも懸命に女子の輪の中から逃げ出す。邪魔したいわけじゃないんですよ。ほんと、あそこにいると誰こいつ?みたいな目が本当に辛くて。いたたまれない気持ちになる。って、今邪魔って言ったの、あれ教師だろ。いいのか?よくねえよ。ちなみに詩織はというと涼介の腕をとって強引に腕を組んだ。女子へのアピールと男子への牽制なのだろう。牽制の方は肉壁のせいであまり効果は見込めないが。

うん、強く生きろ。

 これが後世に語り継がれることになる第13次涼介フィーバーである。

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