第8話 かあちゃんのこと

俺の告別式で、かあちゃんは、入り口のところに立っていた。

 黒い服で、なぜか顔も真っ黒に見えた。


 かあちゃんは、俺が小学校2年生の時に離婚した。


 父親にはこれからもいつでも会えるといわれたが、2回くらい会っただけで、それからずっと会っていない。別に、会いたいとも思わないし、どこにいるのかも知らない。

 かあちゃんに聞けば教えてくれるのかもしれないが、特に、聞くこともしなかった。


 かあちゃんは、近所のスーパーで働いていた。

 レジ打ちとか商品を並べるのが仕事だった。


 小さい頃は、かあちゃんが近くで働いていることが安心で嬉しかったが、大きくなってからは、かあちゃんが、職場で、いつも周りに気を使って、愛想を絶やさないのを見るのがなんだか嫌で、スーパーには行かなかった。


 主任みたいな人と話しているときも、女子高生みたいに小さくなって「はい、はい」と緊張しながら聞いている。それが、おどおどしているというか、なんだか、卑屈に見えて嫌だった。

 女子高生の方がよっぽど堂々としているし、隣でレジ売っているおばさん見てみろよ。憎たらしいほど、ふてぶてしいじゃないか。


 家でも、かあちゃんが電話に出る時の「もしもし○○です。」っていう1オクターブ高い声が嫌だった。


 かあちゃんも、いい歳なんだから、もっと堂々としていろよ。

 だって、周りには、計算高いやつ、いじわるなやつ、無神経なやつがいっぱいいるじゃないか。


 かあちゃんみたいに、人がよくて、みんなにペコペコしていたら、踏みにじられ、踏みつぶされるぞ。


 すっとそう思っていた。


 かあちゃんに育ててもらって、本当は感謝しないといけないのだが、感謝できない自分が嫌だった。

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