第2-2話 0%の事実
先日、葛西さんと話したベンチに座り、良く咲いたヒマワリが大きい花を付けている。
葛西さんと同じように、森下さんが点滴棒を支えに歩いてきた。
「私も座って良いですか?」
「もちろん」
森下さんは座りなり、ふぅ、と大きくため息をついた。
「わたし、夏は好きだけど、暑いです」
「暑くなかったら夏じゃないですよ」
「この病棟にいる人ってだいたい穏やかですよね」
「割と、覚悟が決まります」
「月島さんはどんなご病気?」
「大したことないです。もうすぐ退院できるようです」
「へぇ……私は夏超えられないみたいです」
「……そういう人が多い病棟みたいですね」
「失礼な質問をします。あと、どれぐらいなんですか」
「ひと月ってところでしょうか」
「……そうですか」
「私、夏が好きです。賑やかで」
「……実はこのベンチで、同じようにお話しした男性がいました」
「すぐ亡くなってしまったんですが、なんとなく
一人でも多くに人の片隅に残っていたいと」
「あー、何かわかりますねぇ。だって死んじゃったらもうこっちからは何も出来ないし」
「その方の名前を、私は忘れないことにしました」
「それ良いですね。私のことも忘れないでください」
「森下潮見さん。忘れませんよ」
「ありがとうございます」
「入院まで大変だったんです。それまで付き合っていた方が逃げちゃったり……」
「病気の彼女放っておいて逃げますかね普通」
「繊細な人だったんです。逃げるというより顔を見せられなくなったって感じで……」
「何を話したら良いか分からなくなって、力が及ばないのが悔しかったんじゃないでしょうか」
そしてやがて来る彼女の死を受け止める度胸がなかったのだろう。
「だから今、私、フリーですよ、ふふっ」
そう言ってにっこり笑った。
「偶然ですね、僕も今フリーです」
「あら意外。ちゃんといそうな感じなのに」
「そうそう彼女なんて出来ませんよ、情けないことに
どう誘ったら良いかこの年になっても分からない」
「草食系ですねー。意外とアタック待ってる女の子はいるものですよ?」
「いやー、女性の心は本当に読みづらくて……」
「こっちからしたら男性の心の方が分からないかもです。
仕事されてるところとかだと、特に」
「どうでしょうか。あの人綺麗だなー、おつきあいできないかなー
ぐらいしか頭にない気がします」
「道で歩いていて、5秒間だけ恋してる感じです」
「そ、それは恋なんですかね……」
「ただの下心だと思います」
「もうちょっとアタックしてみれば良いんですよ。
飲みに行ったり、良いカフェがあるって言ったり」
「あまりに高いハードル」
「それで来てくれたら何度か誘って、夕焼けの綺麗なところで決めるんです」
「それでダメだったら……」
「ダメなときのことは考えない!!」
「……肉食系女子なんですね」
「だって、その、やっぱり憧れます」
「男性に好きって言ってもらえるの」
「そんなものですか」
「そんなものです」
あけすけ、というか明るい素直な印象だった。
「記憶に残りたい、か……そうだ!」
「月島さん、スマホ持ってます?」
「え、ああ、ありますよ」
「私を撮ってください」
そう言うなりヒマワリに向かって走り出し、抱きついた。
「これ撮ってください」
彼女の背丈を大きく超えたヒマワリが揺れている。
俺はカメラで彼女を撮った。
「撮りましたよ」
ベンチに戻ってきた森下さんは早速画像を見る。
「ヒマワリに埋もれてますね、私」
「夏らしい写真じゃないですか」
「せっかくならもっとかわいい服着てたかった……」
「こう、大きな麦わら帽子で、真っ白な袖なしワンピースので」
「用意できたなら撮りますよ」
「え、ホントですか!? じゃ家から持ってきてもらおう」
入院着の森下さんも綺麗だと思ったが、おしゃれをした彼女を見てみたいと思った。
「そろそろ戻りましょう。僕らアカン病棟の患者ですから」
「そういえばそうだった」
明日には衣装を揃えると意気込んで、森下さんはもはや点滴棒を持ち上げて走って行った。
ジワジワと浸みるようなセミの声が、夏気分を一層高めてくれた。
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