7:

 平澤は、サクラへ会うことになった。


 現金を渡すと、その足でホテルに入り、彼女の肌へと口を寄せた。何度も何度も愛撫を交しても、サクラへの欲は消えない。だが今日、サクラへの行為は最後だと決めていた。

 平澤はおそらくアヤカの告白は受けるつもりでいた。これがサクラへの最後の貢献になる。


 行為を終わらせると、話があるとサクラを呼び止めた。

「俺たちの関係は、ここまでにしないか?」

 と言うと、サクラはすんなりと、ことに頷いた。


「好きな人でもできた?」

 図星な答えが返ってきたときには、どう返すべきか一度悩まされた。


「普通に、恋愛してみたいかなってね」

「そうなのね」

 サクラは応えながら、下着を次々と重ねていく。


 その後ろ姿に、平澤は、あのことを伝えるべきか悩んでいた。


 そのことは、サクラを助けることになるかもしれない。

 小島居は友人であるが、盗撮という犯罪を犯していることには変わり映えのない。

 それに、示談すればお互いに納得方法でことを終えるとも考えていた。


 だから、サクラが歯を磨いているところに声を掛けることにした。

「小島居という男を知っているか?」

 と、言うと彼女は怪訝とした目つきをこちらに向けたのがすぐに分かった。

「知っていますが……アナタがどうして?」

 鏡の前、歯を磨きながら振り返る。


 そんな会話にすぐに食いついてくるとは思わなかったから、少しだけ驚いた。

 尚更そのことを話すべきか悩む。

 下着だけのサクラが平澤の胸元まで来て、手が首へと回った。


 平澤の萎んだはずの何かが少し反応したが、それとは違ってサクラは強気な態度。


 平澤は話を続ける。

「小島居から、変なことされていないか?」

「アナタほどのことはされていません」

「なら、こっちも答える必要がないな……」

「わかりました」


 だが、その素っ気なさが、彼女に恩を着させたさか、あらゆぬ方向でその事を彼女へと向けてしまっていた。

「言っとくけど、小島居には近づかないほうがいい。

 アンタ、ずっと盗撮されていることに気づいてないのか?」

「小島居さんが……?」

 逆にサクラは平澤への怒りが増した。



 千草は嘘をついて、小島居と別れて、鶯谷まで来ていた。

 暮らしていく資金が足りなくて、仕方がなく始めた事だった。


『サクラ』という偽名は千草が昔好きだったアニメのヒロインの名前。

 平澤という男が、私の好きなキャラクターの名前を叫び、興奮した身体を擦りつけてくるのは快感だった。


 千草はなれるはずもないキャラクターの名前を、その少女のような恋もしたかった千草、純粋ささえ穢れていく。

 その男が叫ぶ名前の少女には程遠い存在だった。


 そのいつものように安い角部屋に入ると、薄い布を脱ぎ始めた。

 毎回、裸になった千草に甘えるように胸の皮膚が面膜が弱いあたりを伸し掛かった身体が固定し、抉るように口を当てていた。


 行為が終えると、男はある話を始めた。ごめん、もう会えなくなる。普通の恋愛がしたいからと平澤は言った。

 そのことには、仕方がないと思わざる負えない。

 彼との行為は元々私の我儘だった。

 他人を避ける反面、一度行為を持った人間なら何度汚されても一緒だと心に何度も嘘をついていた。


 それだけの話だったら、まだ許せた。

「言っとくけど、小島居には近づかないほうがいい。

 アンタ、ずっと盗撮されていることに気づいてないのか?」

 驚いたが、彼が小島居さんの名を口にしたほどの不安はなかった。しかし、小島居さんのあの行動は盗撮? どこにカメラも付けずに、片手には、いつも哲学書が握られていたハズ……。


 彼にそれができるワケない、と言おうとした前に、平澤は千草の目の前に写真をばら撒いた。

 メイド喫茶の中だったり、チラシ配りをしていた大通りに面する歩行者道路での写真。

 目線の合わない写真、そのすべてが千草の容姿を捉えており、これが盗撮である事は間違いなかった。


 千草にはとても『卑怯』だと考えた。

 それは、盗撮をした小島居に対してではない。そして、気付いた時にはそれを平澤に向けて口にしてしまった。

「アナタは……卑怯です」

 頭へ浮かぶ愚考

「こうやって現金で私を買っているのに、何か変わる点はありますか?」

 次々と千草は言葉として発してしまう。


 本当は、平澤には悪という感情はない。

 この街で唯一依存し合っていた小島居がそんな事をしていた事実に快感を超越した喜びさえあった。しかし、平澤が千草に口にしたように、盗撮がバレてしまったことが小島居に伝わることが怖かった。そして、なにより知り合いの平澤と行為を持ってしまったことを小島居にだけは知られたくなかった。


 深く考えるほど、矛盾していく。


――私は小島居さんさえ良ければ刺されても良かった……


 でも、それをバレてしまったら小島居にはもう逢えない。

 平澤の戯言が魚のトゲのように喉に引っかかる。

 今、ここで平澤を殺せば、バレないのでは? そう思ったとき、手にはバスローブの帯が平澤の喉へ回っていた。

 その帯は、確かに一度、彼の首を締め上げていた。


 だが、平澤が泡を吹かすような音がしたが、大柄な彼を殺すには力が足りない。力任せに、千草はベッドへと投げ捨てられる。そのまま、その場で一度崩れて、お互いに嗚咽した。

「おいバカ……何するんだ」

 と、平澤はサクラを確認したが、彼女はひれ伏せたベッドで大粒の涙を流していた。




 その顔は、彼女が行為では見せなかった感情。

 平澤には焦りにも似た違和感が首筋に伝わった。

 もしかしたらのことを考えた。

 小島居の妹である雪乃に言われた台詞を思い出す。

 なにかを悟った瞬間、今まで彼女を苦しめていた平澤自身の行動が嫌に最悪な行動のように感じた。

 だから平澤が彼女にできる最後の行動はそれしか思いつかなかった。


「オレは、口が堅いほうだから……」

恋愛アニメや小説の親友キャラにも似た一言。


 とても目を当てようがないほどの、阿呆げた一言のような気がした。

 サクラの泣き声は泣き止むことはなかった。

 それ以上、彼女の素肌を見ることが思惟に悪いことと感じて、ホテル代金を渡すと、その場を去った。


 サクラに掛ける言葉を見つけることはできなかった。


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