アルタ群島(43)「温泉回・Ⅲ」

~これまでのおはなし~


 異世界に転生した後、なんやかんやあって、温泉に来ましたよ。しかも混浴。「でも、どうせ混浴に平気で入ってくる女の子なんて、漫画太郎が描くBBAみたいな強烈なのしかいないんでしょ?」そんな、俺の歪んだ先入観を打ち砕く、インドア系美少女ハサーシャとの邂逅。俺は、生き残ることができるか。





 ぽちゃんっ……!


 俺の姿に気付いた途端、ハサーシャの白い裸身が垂直に沈み込んだ。


「うー……」


 なんか、唸ってらっしゃる。


「なんでサィトウがこんなとこに……」


 口元まで湯に浸かり、こちらを睨んでいた。


 無愛想系読書少女、ハサーシャ。

 さすがの彼女も、裸での接近遭遇にまで無頓着でいられるわけではないらしい。


「す、すまん」


 衝動的に謝罪の言葉が口をつく。


「まさか先客がいるとは思わなかった」


 ……いや、待てよ。

 別に悪いことはしてないよな、俺。

 混浴なんだし。

 謝る必要ないよね?


「それ、こっちの台詞だし。他の人が来るなんて思ってないし」


 風呂の中でも相変わらずハサーシャの右目は髪に隠れていて、俺を見つめているのは左目片方だけである。

 それが恥ずかしそうに潤んでいて、なんか、ええと、あれです。

 興奮します。


「この時間はいつもあたしの貸し切りなのに」

「そうなのか……?」

「そーだよ。みんな働いてる時間だし。サィトウみたいに、みんながみんな、ぷらぷらしてるわけじゃないし」


 なっ。


「行動パターンのおかしい奴が来るとか、完全に想定外。迂闊だった」


 うう……。


 混浴温泉と言えば、古来より存在する、伝統的な男女の社交場。

 古式ゆかしくも肩肘張らずくつろげるリラクゼーション空間である。


 なのに無職は、そんな場所でまで責め立てられる運命であるというのか。

 俺が一体何をしたというのか。

 前世で何か悪事を働いたとでも?

 神罰を下されるような行為に及んだ?

 例えば、家に帰る途中、道端で雪に打たれているお地蔵様を見て、「可哀想だなあ」と思い、偶然鞄の中に持ち合わせていたパンストを傘替わりに頭部に被せでもしたとか?


 いや。

 違うぞ。

 責められるようないわれはないぞ。

 というか、みんなが働いてる時間にのんびり湯に浸かるのが悪いなら、先客のハサーシャはどうなんだ。

 neetの比較級neeter than(「~よりクズ」の意)なのではないのか。


 俺は、憤然と顔を上げる。

 キッ、と厳めしい面持ちで、湯煙美少女に鋭い視線を送る。


「な……何?」


 ほんのりと朱を帯びた白い柔肌。

 心細げに丸まった、華奢な肩のライン。

 濡れ髪をかき分ける魅惑的な仕草。


(フンッ……!)


 俺は鼻を鳴らした。


(あぶねえなあ! ちんちん破裂すんだろうがよ!)


 早くも、限界まで勃起していた。

 今、外部から強い刺激を加えられたら、途端に甘美なるカタストロフである。


「サィトウ……なんか目つきがやらしい」

「……」


 しかもエロ目線で見てるのバレてた。(そりゃそうだ)


「あ、いや。悪い。その……ハサーシャが魅力的で、つい、な」

「……」


 返答は、冷たい視線。


「そーゆーのいいから。あんまこっちまじまじ見ないで」


 Oh……。

 本人にきっちり拒絶されてしまったよ。

 これ以上の注視は、今後の俺の評判と、アゼルガにおける円満な社会生活とに悪影響が出る可能性がありますよ。


(くっ……。まだおいしい部分は全然見えてないというのに)


 だが、仕方ない。

 背に腹は代えられない。


 俺は紳士的に顔を背けた。


 なにしろ、マリー曰く、ハサーシャの職業は「賞金稼ぎ」。

 そんな相手を視姦し続けようだなんて、婦警相手に痴漢に及ぶようなものである。

 異世界に来てまで、エロで将来を棒に振る女子校教師のような、淫行転落人生を歩むわけにもいかないだろう。

 真正面から凝視するのはさすがに諦めよう……。


(まあ、まだチャンスはあるし)


 ぶっちゃけ、風呂から叩き出されさえしなければ、チラ見はし放題である。

 ゆっくり時間をかけて楽しませてもらおうではないか。


「なあ、ハサーシャ」


 というわけで、平静を装い話しかける。


「前から聞いてみたかったんだが、賞金稼ぎって儲かるのか?」

「え?」


 俺の質問に、不思議そうな声が返ってくる。


「何の話?」

「マリーに聞いたんだ。ハサーシャの仕事は『賞金稼ぎ』だって」

「……へー」


 何故か、反応は芳しくない。


「マリーがねぇ……。サィトウ、マリーと仲良いんだ」


 どことなく含みのある物言いである。


 そういえば、ハサーシャって結構人見知りが激しい、ってマリーが言ってたな。

 大事な友達を取られでもすると思ってるのかな。


「……ま、いいけどさ」


 ん? 何がいいんだ?

 今ひとつ会話が噛み合わないな。


「で、なんだっけ、賞金稼ぎが儲かるか? だっけ?」

「あ、ああ。うん」

「それは正直、ケースバイケース。当たり前だけど、対象の賞金首にかかってる金額が幾らかによって報酬が変わるから」


 まあ、そりゃそうだな。


「つまり、高額賞金のかかった相手を見つけることさえできれば儲かる、ってことか?」

「まあ、一応そうなる。ていうか、サィトウ、どうしてそんなこと聞くの? 賞金稼ぎに興味あるの?」

「いや、仕事に興味がある、っていうよりは――……」

「ああ。借金あるんだっけ」


 その通り。

 って、あれ?


「俺、ハサーシャにそのこと、話したか?」

「聞かなくてもそれくらい知ってるし」


 なんでだよ。

 俺の個人情報ダダ漏れか。


「でも、お生憎様。金貨三十五枚の賞金首なんて、こんな僻地にはそうそういないから」

「え……」


 速攻で、俺の目的が否定されていた。


「そうなのか。夢、ないのな」

「そりゃそうでしょ。まあ、ただの一人もいないってわけじゃ――……」


 不意に、語尾が消える。


「……」


 ん? なんだ?


 唐突な沈黙に、チラリと視線を送れば、おおっ、警戒が解けたのか、完全に無防備な体勢である。

 当然、透明度の高い、お、お湯、お湯、お湯の向こう側には……。


「って、おい!」


 なんとハサーシャは、ハードカバーの大型本を水中で抱え持っていた。

 図鑑のように大判のそれが、彼女の小柄な体の前面を覆い、大事な部分を我がセクハラEYEから守ってしまっている。


「お前、いくら体を隠したいからって、本をお湯に浸けたらダメだろ!」

「いきなり何。……ていうか、こっち見ないでよ」


 フーッと、猫のように威嚇してくるハサーシャ。

 膨らみの小さな胸も、しっかり腕でガード。


「この本は平気だから。これくらいじゃびくともしない」


 マジかよ。防水なのか。

 どういう技術だ。

 俺が着てる服みたいに、特殊な魔術紋があったりするんだろうか。


「ていうか、そっちこそ、ちょっとは隠してよ。バカ……」

「え?」


 ……しまった!

 こっちから湯の中が見通せるということは、即ち、向こうからも丸見えだということではないか。(マジックミラー号のようにはいかない世の中!)


「どんだけおっきくさせてんのよ……変態」


 あああああ……!


 言い訳のきかない角度で胸を張っている我が愚息氏を手で覆う。


 いかん。

 いかんですぞ。

 このままでは条例に殺されてしまいますぞ。

 見事賞金首となった挙句、眼前の微ロリ少女に「その公序良俗騒乱棒を仕舞え! 痴れ者!」「温泉の美観を損ねるな!」「成敗!」と、バウンティをハントされてしまいますぞ。

 落ち着くんだ。

 早く、海綿体から血を逃がせ。モノを鎮めろ。

 賢者の棒に戻すのだ!(注・賢者モードのこと)

 清らかな気持ちにならねば。

 あれだ。脳内写経だ! 脳内写経をするぞ!



【銅】『出会って4秒で妄想』

(実績:女性の****を脳内で1000回犯す)

(報酬:0XP)



 って、ええっ!?

 なんか突然、銅トロフィー獲得したぞ!?

 俺の無意識、自重する気ゼロなの!?


「あれぇっ」


 と、その時、背後から朗らかな声が聞こえてくる。


「ハサーシャ。来てたんだ? おはよー」


 戦慄。

 ぞくぞくっ、とした感覚が、首筋を走り抜ける。

 硬直する。


「えっ、マリー? ……と、誰?」

「あ、こっちはメムさん。サトウさんと一緒に、ネア先生の家に住んでる子だよ」

「ぺこり」

「あ、はあ。こんちわ」


 動けない俺の背中越し、少女達の挨拶が交わされていた。


「……」


 俺は、石のようになっていた。

 振り返れない。

 物凄い重圧感である。


(すぐ真後ろに、今、マリーの美巨乳がある……だと?)


 乳圧(←?)が、俺の動きを縛っていた。


(メムの、褐色ロリっぱいもある……だと?)


 ちょいと首を動かすだけで、その全てが一望のもとに?


 正直、非常事態である。

 今日は結構色々なことがあった気がするが、そのどれよりもたいへん。

 たいへんたいへんたいへんだ。


「サィトウ。なんか、きもい」


 辛口賞金稼ぎがボソリと呟く。


「主に、顔が」

「うるさいよ」


 こっちはそれどころじゃないんだよ。

 なんせマリーのおっぱいだよ。いや、夢の詰まった袋、夢袋だよ。

 服の上から見るだけでも余裕でオカズにできるアレが、乳首券の発行と共に、後ろで俺を待っているんだよ。

 せっかくの脳内写経も速攻無駄になったよ。

 ウーウーカンカン、サイレンが鳴り響いてるんだよ。

 メロスピサウンドを従えて、ツーバスがドコドコ打ち鳴らされているんだよ。

 ていうか、ハサーシャのその、大事な部分を本で隠すポーズもなにげにクソエロいからな。

 指の位置のせいで、本の向こうで、くぱぁしてるように見えるんだからな。

 もう知らないからな。

 俺の自制心はもう風前の灯火なんだからな。

 ちんちんさんがお隠れになっても俺のせいじゃないからな。


「サトウさん?」

「……」

「ねえ、ハサーシャ。サトウさん、どうかしたの? なんか、ぷるぷるしてるけど」

「んーん。別に、どうもしない。さっきからすっごい目が血走ってるから、たぶん、えろいことでも考えてるんじゃない? 背後のマリーの裸を想像して悶えてるんだと思う」


 合ってる。

 一分の隙もなく。


「えー……やらしいです。サトウさん」


 真後ろから、いつもの溌剌とした声音で、なじってくるマリー。


「本当にそうなんですか?」

「い、いや……そんなことは……」


 ある。

 それだけに、焦る俺。


「ショウくんは、きほん、やらしい」

「え……?」


 メムさん……?


「まいにち、よる寝るまえに、ベッドでごそごそなにかしてる」

「ちょっ」


 何言ってんの!?

 それ以上いけないよ!


「ふふふっ。サトウさん、おとなしそうな顔して、実はすごくエッチなんですね」

「……う……」

「困っちゃいましたねー。女の子のこと、そーゆー目で見るなら、ここから出て行ってもらっておいた方がいいでしょうかねー」

「!?」


 なん……だと。


「……マリー。サィトウ、相当ショック受けてるみたい。ものすごいわかりやすい」

「うふふ。冗談です。というか、お風呂なんですから、別に気にせずこっち見てもいいんですよ」

「!!!」


 お許しの言葉が、俺の束縛を解いた。

 ひとつウエノ男。

 新宿ゴールデン街。

 ラッキーストライク。ゴールデンバット。(意味深)

 謎の文字列が行き来する。


 リアル中学生並にドキドキしつつ振り返ると、そこには……。


「じゃーん。残念でしたっ」


 タオルを二枚使って、まるでビキニのように体を隠したマリーが微笑んでいた。


「まあ、サトウさんは虫も殺せないような温厚な方ですが、それでも男の人ですし、何か間違いがあってはいけないので、今回はこれで。えへへ」

「その男、さっき、虫どころか魔獣も殺せそうな凶悪なモノを、あたしに見せつけてたけど……」


 ハサーシャの耳に痛い呟きをよそに。


「……」


 俺は、絶句していた。

 何故なら、大きすぎる胸のせいで、恐らくマリーの意図したほどには、その布は仕事をしていなかったのである。


 マリーの、「すごいだろうなー」という俺の想像の、その上をいく豊満な肢体。

 生肌の破壊力。


 若々しい少女の肉体は、小さなタオル二枚に押し込むにはあまりにも張りがありすぎた。

 タオルの結び目は、荒海を前にした繋留紐のように脆弱だった。

 胸をぐっと張ったら、今にも弾けちゃいそう。弾けて欲しい。弾けろ。


 当然、隠せている面積も狭かった。

 乳首こそ布の向こう側だったが、しかし布越しに見える凹凸は、乳袋の比ではないほどくっきりしていて、それで、俺は色々駄目になる。

 これは下手したら、裸よりいやらしいんじゃないでしょうか……。


(お……おっきいです……)


 俺は少年のように顔を赤らめ、俯いた。

 興奮の度合いが強すぎて、半ば涙目。

 ちょっと、精通を迎えた少年時の気分を思い出していたかもしれなかった。

 なにこれ。なんなの。なんか、こわいよ。きもちいいけど、でも、ぼく、こわいよ。


 と、その時。


「きゃっ……!」


 奇跡が起こった。


 強い突風。

 上がる悲鳴。

 慌てて押さえようと動くマリーの両手。


「!?」


 時間の流れが遅くなる。

 スローモーションで全てが流れる。


 まくれ上がるタオル。

 ほどける結び目。


 水風船のように大きな胸が揺れる。

 たわむ。

 中央で上を向いている薄桃色。

 美巨乳にふさわしい麗しい姿。


 太股の間をはらりと落ちていく、お布様。

 露わになる下半身。

 マリーの年齢にしてはかなり薄めのアンダーヘアー。

 髪の色と同じ、赤毛のそれ。

 そして、その奥にある、見えてはいけない部分……。


 驚いた様子のマリーが、あわあわと泡を食うのを余所に、我が脳内には単調なメロディが流れる。

 ぽー。

 ぺー。

 ぴー。

 ぽー。

 ぺー。

 『未知との遭遇』の交信音だった。



 ――びくっ! びくびくっ!



「あっ! ショウくんがしんだ!」

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