アルタ群島(42)「温泉回・Ⅱ」
~これまでのおはなし~
遡ること七年前、俺、佐藤翔(19)は同い年で漫画が超うまい鬼才・富井君に、「新作の感想を」と頼まれていた。気が重い。一ページ目、『美しすぎた、時代』という作品タイトルを見た時点で、既に嫌な予感がしている。一体、何漫画なんだよ。しかし読んでみると、メインキャラと思しき「美しすぎる市議」のキャラが立っている。その妹キャラの「美しすぎる女子マネ」も可愛い。結構いいんじゃね、と過去にない好感触。その後も味のあるキャラが次々登場する。「美しすぎる漁業組合長」「イケメンすぎるダフ屋」「美脚すぎる力士」「くさすぎるバイト」「ムキムキすぎるアメリカンショートヘアー」「
「帰り、温泉に寄って行きませんか?」
唐突にマリーがそんなことを言った。
「え? 温泉……?」
折しも森を抜け、モンスターの出没する地域を脱したかという頃合である。
「やっと人の勢力圏に戻って来た」「危機を脱した」という安心感と共に、肉体的、精神的な疲労がどっと押し寄せてくる中での魅惑の二文字。
「……そんなのあるの?」
「ありますよ。カリピュアの町から見て、若干海寄り、北西の岩場の方ですね」
異世界に来てからは、まともな風呂に入ったこと自体まだ一度も無かった。
風呂DNAが異常発達している日本人としては、聞き捨てならない話である。
「そっちに、地面全体が熱を持ってる不思議な場所があるんですよ。前に聞いた話だと、地下のマナの流れが影響しているそうです」
「へえー。おもしろいな」
よくある火山地帯の温泉とはメカニズムが全然違いそうである。
「高濃度マナ水?とか、なんとか、ポーションを作るのに使われたりもするお水がお湯になってて、体にもいいんです。あったかくて、気持ち良くて、私大好きなんですけど、町から少し離れてるので気軽に入りに行くわけにはいかないんですよね。こうやって誰かと一緒の時でもないと、危なかったりもするので」
確かにここは危険な獣の闊歩するファンタジー世界。
日本のように、街の外を女の子が一人でブラついても安全というわけではないだろう。
加えて、セックスアピールの塊みたいなマリーである。
襲ってくるのはモンスターばかりとは限らない。
(フ……どうやら俺の出番らしいな)
俺は劇画タッチになりながら、無駄にキリッと表情を引き締める。
(マリーの美巨乳は、俺が守る……!)
ていうか、前にマリーってば思いっきり「最近、変な視線感じることがあって、すごく怖い」なんて言ってたしね。
裸で露天風呂に入ってたりなんかしたら、佐藤翔をはじめとした変質者がケダモノの槍を掲げて来てもおかしくないし、気をつけないといけないよ。
「どうですかウスカさん? 寄って帰りませんか?」
「いい提案だ。が、俺とエキストラはパスだ」
ウスカさんが、肩をすくめながら言った。
「さっきも言ったが、ザンビディスに急いで事の報告をしないといけないんでな。湯に浸かってのんびりするのは全部片付いてからだなァ……。今日はお前らだけで行ってくれ」
そして、フンフンと狐鼻を鳴らしてみせる。
「正直、体中おかしな匂いがこびりついてて鼻がイカれちまいそうなんで、同行したいのはやまやまなんだがな。ま、こればっかりはしょうがねェ。お役所仕事の辛いとこだぜ」
公務員のようなことを言っていた。
うん。あんた鍛冶屋だろ。
「じゃあ、四人で行きましょうか」
「えっと……あのぅ……質問いいですか?」
カリオテがおどおどと挙手をする。
「その温泉というのは、どういった場所なのでしょう」
「と、言いますと?」
「その……建物というか、入浴施設があったりはしますか? 誰かが管理運営しているような温泉なのでしょうか?」
若干、挙動不審気味だった。
「いえ。湯に入りやすく岩場を作り替えるくらいのことはされていますが、割と野ざらしの場所ですよ。天然の温泉ですし」
「ということは、一人で入れたりはしませんよね?」
「え? 一人?」
「そ、そのう……だ、男女で混浴なのでしょうか?」
(KO・N・YO・KU……!?)
天より墜つる雷光、我を撃つ。
常用単語にして既にパワーワード。
秘められた概念の暴力性に、俺はたじろいだ。
いやいやいやいや、カリオテきゅん。
何をおっしゃいますやら。
まさかそんなことは……。
「そうですよ?」
(――“!?”)
衝撃。
目眩。
戦慄。
マリーの肯定の言葉と同時に、ぬるりとした熱いものが鼻腔に起こる。
「あれ? どうしたんですか、サトウさん。急に顔を袖で隠して」
「い、いや……なんでもねえでござんす。どうぞあっしのことはお気になさらず……」
強い刺激を与えぬよう気を配りながらそっと鼻下を袖で拭えば、赤いものが滲んだ。
俺は、「恐らく戦闘の後遺症だろうな、今日は激戦に次ぐ激戦だったからな、しかしこんなタイミングで出血したら妙な勘違いをされてしまいかねないな困るよ」と、内心
(やんぬるかな……!)
俺ともあろう者が何故その可能性に思い至らなかったのか。
マリーちゃんがあまりにも乗り気なので、そんな事はあり得ないと無意識に思い込んでいた。
男女別々の湯殿であろうと考えてしまっていた。
しかし、街の外にある天然の露天風呂である。
しかも異世界。
ならば、むしろ男女の性差を区別する方が不自然ではないか。
時代はジェンダーフリー。
おっぱいだのおちんちんだの、気にする方が、ま、ま、ま、間違ってると思いますっっっ!!!!!
「わわ……私は帰って休みます。やはり、ポーションを飲んで楽になったとはいえ、まだ安静にしておくべきだと思いますし」
カリオテはそう言って手をぱたぱたと振った。
「本日は、遠慮しておこうかと」
だいぶ及び腰である。
「いえいえ。むしろ、カリオテさんこそ入るべきだと思いますよ。その温泉は薬効があって、治療に使われたりもするんです」
「ああ、怪我をした動物が入りに来たりもする場所だな、あそこは」
退路を断つようなマリーの言葉に、ウスカさんが加勢する。
「切り傷や打撲に特に効くから、ちょうどいいんじゃないか? 行ってこいよ」
追い詰めるようにぽん、と肩を叩いた。
確かに、入浴には傷ついた細胞を修復する働きを持つ「熱ショックタンパク質」の体内生産量を増やす効果があるんで(豆知識)、勧めること自体は割と自然なんだけど……。
「それとも、何かまずかったか?」
「あ……う……」
無意識にやってるとしたら、恐ろしいぜ……。
「そうですよ。カリオテさんも、せっかくアルタ群島に来たんです。素敵な場所ですから、恥ずかしがらないで是非体験していって下さいよ」
「い、いえ。恥ずかしいとかそういうアレではなく……ええと……そのう……」
しどろもどろになっていた。
だが、歳若いカリオテの狼狽の方がむしろ自然である。
俺は思う。
マリーちゃんこそ……いいのかい?
おっさんと一緒にお風呂でいいのかい?
乙女の柔肌を晒すことになってもいいのかい?
ファーストパーソンスケベ(FPS)を許してくれるのかい?
君は女神なのかい?
女子力で俺を殺すつもりかい?
俺は、ブヒり死ぬのかい?
股間の霊圧だけを残して、静かに消えるのかい?
音もなく、かき消えるのかい?
でも、クリーニングディスクをクンニリングスと言い間違えた過去は消えないのかい?
こんなんじゃダメだ! もう全部捨てる! と、思い切って集めに集めたエロ関係のファイルを全部ごみ箱に入れたけど、どうしても「ごみ箱を空にする」が押せなくて、「捨てらんねえよなあ……!」と号泣しながら元に戻してオナった記憶が突然脳裏を去来しているのは何故なんだい?
「……おちつけ、こぞう」
メムネアさんが、不意に俺の手を掴んで諭すように言った。
「そういうばしょじゃない」
お風呂といえば、「リラックス効果」や「免疫力強化」など、様々な効能があるものだが、入る前から既に「全身の血流改善」していることがメムにバレていた。
◇
「おお……凄い」
眼前の光景に、俺の口から感嘆の言葉が漏れる。
大自然の中に広がる、岩地の秘湯。
それは、俺が想像していた数倍素晴らしい場所だった。
まず広い。
畳何十畳分になるだろうか。
町の銭湯が子供用プールに思えそうな迫力で、三日月のようにカーブを描いた水面が緩やかに伸びている。
正直、天然の露天風呂と聞いていたので、せいぜい六畳程度の狭い湯船というのも覚悟していた。
小さな旅館にある個人用露天風呂のようなサイズかもなあ……、窪地の水たまりめいた代物でも我慢しなきゃなあ……、なんて考えていた。
それがどうだろう。
周囲をぐるりと岩や木立が取り巻いているとはいえ、相当に開放感のある空間である。
団体客でもまとめて受け入れ可能。
水深のある地点でなら普通に泳げそうな程だ。
更に、水質がいい。
温泉と言えば濁り湯も多いが、ここの水は無色透明。
立ち上る湯気を挟んでも、澄んだ温水の向こう、水底までくっきり見通せた。
マリーがちょっと言っていた温泉の成り立ちというか、高濃度マナ水という奴の影響なのだろうか?
すごい清涼感である。
山奥なんかに、直接飲める清らかな湧き水が出てたりするけど、それがそのまま湯になっている感じ。
というか、ここまで綺麗だと、あれである。
湯船に浸かっても、中が見通せてしまう。
……。
いけませんね……。
白濁させないよう気をつけないと……。(←最低)
そして、景色がいい。
元々、空を天井とした野風呂の風情が格別であることは、日本人なら誰しもが知っていることだが、加えて前述した広さである。
緑に囲まれた、
と、言っても、プールのようにだだっ広い水面がのっぺり広がっているわけではない。
ところどころ大きな自然岩が浮島を作っていて、それがまた独特のアクセントとなっている。
浮島には利用者が持って来た物か、洋風のキャンドルランタンが設置されていた。
昼間の今は特に使う必要ないものではあったが、夕刻以降の
もしかするとこの温泉、愛好者がちょこちょこ手を入れているのかもしれない。
実際、湯船を取り囲む陸地も、自然庭園みたいになってるし。
また、西側の岩の合間からは、遠方に海が見えた。
絶景哉。
ここまで来ると、お金を取って良いレベルである。
高級宿付きの露天風呂と言われてもおかしくない。
「これが天然の温泉とは……異世界恐るべしだな」
もしこういう場所が他にもあるなら、行ってみたいね。
異世界温泉漫遊とか、素敵やん。
そんなことを思いつつ、俺は湯船に近づいていった。
既にこの身は裸一貫。
布山賊モードである。
「どうやら俺が一番風呂みたいだな」
着替え施設すら無い自然風呂である。
危険なモンスターが出現する確率もゼロではないわけで、衣服や装備品の類は、近場に置いておくスタイル。
俺のそれも、乾いた岩の上を選んで岸辺に置いていた。
しかし一応、脱衣自体はその場で行ったわけではなかった。
左右二手に別れた岩地が簡易的に男女別の脱衣場とされているらしかったので、女性陣、男性陣別れての入浴準備となった。
ちなみにカリオテは俺と一緒に男側。
いつまでももじもじグズグズした挙句に、「ささ、サトウさんは、先に行って下さいっ!」と追い出されたので、一足先に湯船へとやって来たのである。
まあ、俺も鬼畜ではないからね。
若人を無闇矢鱈と羞恥プレーで追い込むつもりはないよ。
(ん? 誰だい。フル勃起している危険物を見られないよう、皆が来る前に湯船に入ってしまおう作戦とか言っているのは)
「おお。いい湯加減じゃないか」
そろそろと足をつければ、天然物とは思えないちょうどいい水温である。
至れり尽くせりだな。
「ふぃー……」
肩まで浸かって、思わず嘆息。
すんごい気持ちいい。
抱いたエロ心まで溶かされるようです。
うーん、これだよ。これ。
やっぱり日本人はOFURO。Viva-non-no。
人間裸が一番ですわ。
異世界に来た時、全裸だったから言うわけじゃないけど、生まれ直したような気持ちになる。
「体、微妙に痒かったのよね。嬉しいわぁ」
湯船の中で体を洗うのはマナー違反、と染みついた日本の風習に思うものの、あまりの快感についつい己が肌を撫でてしまう。
これだけ広ければちょっとくらい良いよね……?
と、指先に、引っかかる謎の感覚があった。
おう、これは。
「……ニプレス……」
異世界に来て、既に十日以上。
にも関わらず、未だ貼りっぱなしとなっていた。
実はこのニプレス、異常に強く貼り付いていたのである。
一度剥がそうとしたら、乳首もげるかと思ったので放置していたのだ。
お湯に浸かったまま、ごそごそまさぐる。
うん、片方は取れそう。
もう片方はまだ固い。
さすがに常時ニプレスなのは逆に変態っぽいし、剥がせる方だけ剥がしてみようか。
はい。べりべり。
「え。なんだこれ……」
妙な違和感。
手の平の上に載ったそいつをしげしげと眺めれば、剥がした裏面に何かがこびりついていた。
高い粘度。
お餅のような白いものが、くっついている。
糊……ではない。
「……」
これ、あれだ。
異世界に来た早々、山の頂上で、地面にあった奴だ。
靴の裏側にくっついてた奴。
気になってニプレス跡の乳首に触れれば、確かにそこにも同じ物が残っている。
「なんなんだ……」
このニプレス、剥がして良いものだったんだろうか……。
なんか、あれだな。
もう片方はまだ剥がさないで置いとこう……。
「えっ? 誰……?」
その時、突然背後から声がした。
振り返れば、湯船の奥、浮島たる岩陰に誰か居る。
ふわふわ髪に隠れた眠そうな瞳。
湯船の中だというのに、両手に大きな本を持っていた。
「……サィトウ?」
湯気の向こう、少女の輪郭が露わになる。
裸のハサーシャが湯に浸かっていた。
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