アルタ群島(41)「温泉回・Ⅰ」
~これまでのおはなし~
遡ること九年前、俺、佐藤翔(17)は友人の岸本君と大津君が「このやろー!」「ふざけんな!」と今にも喧嘩をはじめようかと睨み合う間に入り、必死に二人をなだめていた。殴り合い寸前。この展開、前にも見たぞ。コピペかな?きっかけはこうである。「アニメのお色気シーンで、謎の光線で局部を隠すって手法あるけど、あんな風にしてまでサービス回作る意味ある?(俺)」「あるよ(岸本)」「ないよ(大津)」言い終わるや否や、二人はお互いの胸倉をつかみ合い「何言ってんだオメー」「オンドルァ!」と喧々諤々。「あれで円盤収録無修正版への期待を膨らませるんじゃねーか!」「大多数の人間が目にする物の印象を大切にしろ!ほとんどのアニメファンに悪いイメージ残して記憶されたんじゃサービスシーンにならねえし作品が不憫だろ!」「うるせー!円盤売れなきゃアニメビジネスは成り立たねえんだよォ!」「Netflixで見たらテレビ版と中身同じだったぞ!配信主流の時代にああいうバージョン作ること自体が間違ってんだろーが!いずれ消える光学メディアなんかに基づいた円盤バージョンより、そっちが未来永劫残ってしまうという事実に何故気付かない!発想の切り替え時期が来てんだよ!」「バッキャロー!配信がポピュラリティを獲得するなら、尚更、ポルノグラフィたる二次元乳首の居場所なんてそこにはないんだよォ!」「なんだと!」「青い芝!」「破壊的イノベーション!」さもアカデミックな討論をしているかの如く覚えたての単語並べてますけど、題材二次元エロですからね。「ギャオー!ギャオー!」今や我が
「ここまで来れば安全か……?」
俺は背後を振り返りながら言った。
立ち上る煙は、既に遠くなっていた。
それも、確認する限り徐々に小さくなっているようである。墜落した角船が大きな森林火災を招くようなことはなかったようだ。
「そうですね。もう音も全然聞こえなくなりましたし、大丈夫なんじゃないですか?」
俺の呟きを拾ったマリーがそんな風に応えた。
「さっき、普通の鹿がいるの見ましたし。ここいらも危険なら、勘の鋭い動物達はもっと遠くに逃げてると思うんですよ」
声には疲労の色が濃かったが、それでもだいぶ嬉しそうである。
ま、よくぞ生きて帰ってこれたもんだ、って俺も思うしなあ。
今、俺達は再び街への帰路にあった。
途中、先行していたマリーとも無事に合流。
六人揃っての道行きである。
体調万全というわけではなかったので、行軍速度は行きの半分以下のスピードだったが、しかし、あれだけのことがあったにも関わらず、全員が無事。
割と、奇跡的な状況じゃなかろうか。
何度も全滅覚悟したし。
狩り自体は色々と、無駄足の骨折り損に終わってしまったけど、いいよね、別に。
(マリーも、なんともなくて良かったなあ)
歩みに合わせてふよんふよんと上下する乳袋。
その、何事も無かったかのように、甘く、優しく、穏やかに揺れる姿を見ていると、なんだか凄く平和な気持ちになってきやがりますよ。
先行して逃げることができたとはいえ、非戦闘員一人で大丈夫かな……って、俺、結構心配してたからね。
ほら、マリーって最初に戦ったフォレストウルフ相手にも危なかったわけじゃん? だから、無事に逃げ切れたかなあ、俺がお揉みさせて頂く予定の売約済おっぱいは健在かなあ、ってどうしても考えちゃったよね。結局逃げられず霧に追いつかれてたらどうしよう……気持ち悪い化け物に捕まってたりしたらどうしよう……先端が卑猥な形をした触手に捕えられてたらどうしよう……そのままあられもない姿を晒してたらどうしよ……嘘だろ彼女の大きいけど全然型崩れしていない美乳があんな形状に!?……ええっ触手ってそんなことになるの!?触手ってモザイクかけなきゃいけないものだったっけ?……待ってよ!いけないよ!そんな部分にまで!……だめだよマリー!マリィーッ!……ふぅ……って、なっちゃうよね。まあ俺の心配は杞憂に終わったわけだけど。杞憂の概念が揺らぐ。
「この辺りの風景は見覚えがありますね。行きに通った気がします」
カリオテがそんなことを言った。
「もう森の入り口まで戻ってきたのではないですか?」
恐らく今回パーティーで一番深手を負ったのがこの騎士見習いである。
しかし、カリオテも特に他の面々と変わりなく自力で歩いていた。
「お前、本当に大丈夫なのか? 歩くの辛かったら、またおぶってやるぞ?」
「心配してくださってありがとうございます、サトウさん。でも、平気です。先ほどポーションを頂いたら、随分楽になりましたので」
ぺこりと丁寧に頭を下げた。
「元々、骨折したりはしていませんでしたし、戻ってゆっくり休めば、すぐ良くなると思います」
……うん。今更だけど、この世界のポーション万能すぎじゃね。
正直、成分や製法が気になるぜ。
合成麻薬並にヤバい代物じゃねーだろうな。
それとも、ロハで貰ってる割に、意外と上質のポーションだったりするんだろうか。
「むしろ、私自身より鎧の方がダメージ大きいかもしれません。かなりの修繕を必要とするのではないかと」
今、その全身鎧はマリーのカートに収まっていて、カリオテは軽装で歩いていた。
武具を身につけていないと、幼さが際立って見える。
華奢なイケメンにも、短髪の美少女にも見える、中性的な外見。
「ま、それはしょうがないだろ。お前の代わりにぺしゃんこになってくれたみたいだしな」
「直す金額が、あまり高額にならなければ良いのですが……」
財布の心配をしているらしかった。
ああいったプレートメイルが幾らくらいするものなのかは分からないが、修理も結構お高くつきそうだよね。
「なぁに。鎧なら俺が後で見てやるよ」
後ろを歩いていたウスカさんが言った。
「まさかこんな目に遭うとは予想もしてなかったからな。巻き込むような形になっちまったし、それくらいのことはさせてくれ」
そういやこの人、本業は鍛冶屋だっけ。
「本当ですか? とても助かります。ありがとうございます!」
俄然、カリオテの表情が明るくなる。
結構気にしていた模様。
「あのー……」と、俺も口を挟んでみる。「じゃあ、俺が折ってしまった借り物の<火かき棒>についても……」
「そっちはダメだ。あれは俺の思い出の品だったんだからな。弁償しろとまでは言わんが、一つ大きな貸しだ」
トホホ……。
「いやあ、良かったです。心配事が一つ消えました。『
「確かに今、お前無職だもんな」
「っ……」
じろっ、と白い目を向けてくる。
「違いますよ、サトウさん。私は無宿人ではありますが、無職人ではありません。現在、雇い主が行方不明なだけです」
「いや、報酬が手に入るか分かんないことには変わりないと思うが……」
「何を言うのです。イヴリーフさん達を見つけさえすれば、きちんと依頼料が支払われるのですから無職とは全然違います。私を、親のお金で世界をブラブラしている
どうやら、未だ自らの境遇を受け入れがたいようである。
(愚かな……)
無職界の
否定しても、状況が何ら好転するわけではないというのに……。
化け物熊の出現の影響で、手がかりとなる筈だった遺体は持ち帰れずじまい。
結局、カリオテのクエストは迷宮入りの気配を漂わせつつある。
マルチクエスト型RPGで、現在抱えている進行中クエストのリストを開くと、クリアできなくて塩漬けになったまま放置されている奴がいつまでもあったりするが、つまりそれである。このクエストどうやって進めんの? 攻略Wiki調べるのかったりい。
厳しいようだが、カリオテのノージョバーライフはほぼ確定だろう。
である以上、素直に認めればいいのである。
無職なのだと。自分は、ダメ人間なのだと。アリの群れにおいては常に二割ほどの数、働かず怠ける個体が存在すると言うが、自分もまた人類という群れにあって足を引っ張るだけの邪魔っ子なのであると。俺の吸う酸素勿体ねえなと。子供の頃、朝っぱらから公園で鳩に餌やってるあのおじさん何やってる人だろうと思ってたけど、それは未来の自分の姿だったと。履歴書は碌に書かない癖に、ソシャゲのログボ獲得は一日たりとも欠かさない糞虫であると。
自覚すればいいのである。
そうすれば、楽になる。
「なんですかサトウさん、その目は。何か言いたいことがあるならおっしゃって下さい」
「いや、なんでもないぞ。ハローワークナイト・カリオテよ」
「なんですか、それ。どういう意味です」
「フッ……。神殿騎士の呼び名だ」
ダーマ神殿だがな。
「なんだかよく分かりませんが、分からないなりに苛つきますね……」
察しの良さを発揮し、不快そうに顔をしかめている。
「ですが、そもそもサトウさんも借金生活中ではないですか。私のことをとやかく言えた義理ではないでしょう」
「う……」
それを言われると辛い。
あー……本当に返せるのかね、金貨三十五枚。
今こんなのほほんとしてるけど、一ヶ月後、奴隷としてわけのわからん土木作業に従事させられて、デカい地下墳墓でも作ってたらどうしよ……。3Kジョバーライフ送ってたらどうしよ……。
不安……。
「――結局、あの角船や竜騎兵達は一体何だったんでしょう?」
「――イヴァ帝国とどこかの争い事みたいだったが、詳しくは分からんな」
俺とカリオテの不毛な
「ただ、相当危険な匂いがするな……。尻尾の毛がビリビリと逆立つような、嫌な予感しかしねェ」
「これから何か悪いことが起こるかもしれない、ってことですか?」
「今はまだ、なんとも言えねェが……」
さしものウスカさんも難しい顔である。
「ただ、俺達も一応はブラックヘイズに籍を置いてる身だ。戻ったら団長のザンビディスに報告して、大至急、調査をかけあってみるつもりだ」
「調査?」
「ああ。角船の墜落地点中心に森の状況を調べねェといけねえし、俺達がくたばりかけた例の霧の問題もある。場合によっちゃ、アルタにとっての一大事だろうからな。急いだ方がいい」
「なるほど、そうですね」
「それにもしかしたら、まだ生きてる角船の乗組員がいる可能性もあるしな。まあ、あの感じじゃ、乗員の命は絶望的な気はするが……一応な」
そうか。逃げ切れたと思って気が緩みかけてたけど、まだ危険が去ったと確定したわけじゃないんだな。
特に、角船から落ちた謎の化け物だ。
あいつの力によるものと思しき、怪しい霧。
ウスカさんとエキストラさんは、霧の中に入った途端、麻酔ガス吸ったみたいに倒れてしまったし、俺も時間が経つにつれてキチガイ、もとい、まともじゃなくなってしまった。
俺達のパーティーで完全に平気だったのはメム一人だけ。
あの化け物がもし健在なら、島の人間全員が殺されてしまってもおかしくないと思う。
なんせ、ステータスを見たら、レベルがバグったみたいな数字になってたし。
ていうか、なんで助かったんだろうな。
むしろそっちの方が疑問である。不思議。
霧は突然消えて、
思い当たるとすれば――……
【称号】余命180秒
割と重要情報がサラリと書かれていることでお馴染み【称号】欄。
ちらりと目にしたあれくらいだろうか。
文面からすると、もともとあの怪物は三分で死ぬ予定だった、と推察できなくもない。
「……」
うーん……やっぱ情報が足りなくて、よくわかんないな。
世の中、わかんないことだらけっすわ。ヤ○ー知恵袋があればいいのに。
「サトウさん、サトウさん」
「ん? なんだよ、カリオテ」
「私はしばらく気を失っていたので全然覚えていないのですが、そんなに大変だったのですか?」
「……知らない方がいいと思うぞ」
あんな状況、体験しないに越したことはない。
今も、なんだか腐肉の匂いが体にこびりついているような気がするし……。
思い出すだけで気持ち悪いよ。
風呂に入って、体をさっぱりしたい欲求がある。
「そうですか……。あの熊より危険な存在が現れたのだと言っていましたよね?」
「ああ」
「それでサトウさんの頭が可笑しくなってしまったのだと」
「ん。あ、ああ……まあな」
事実なので不承不承頷いたが、なんだろう、カリオテの『頭がおかしい』の発音、なんか微妙に違ってる気が……。
「そのせいで、卑猥極まる妄想に取り憑かれたのだと言い訳していましたよね、サトウさん」
「言い訳て」
「だから、あのような醜態を晒してしまったのだと。人前で口にしてはいけない語を連呼してしまったのは、怪物との遭遇が原因で、自分は本来はそのような真似など決してしない高潔な人間であると」
「……キミ、何が言いたいのかな?」
「いえ。それほどに恐ろしい生物とは、何者なのだろうと不思議に思っていただけです。あの熊でさえ、人知を超えた生き物であるよう、私には思われましたので」
「謎だな。でも、異常に強いワイバーンが、さくっと殺されちゃったからな」
「えっ? ワイバーンですか……?」
「ああ。俺達が戦った熊よりも強い翼竜が、あっさりやられた」
「……」
あのワイバーンだってレベル200超えてたからな。
レベルを物差しに測るなら、ミケランジェロの数倍強いはずなのに。
「皆さん、そんなのを相手によく生きていられましたね」
ようやくどの程度の危機的状況にあったのかが、飲み込めたようである。
「まあ、正気を失わないでいてくれた奴が、一人いたからな」
俺はメムをチラリと見やった。
「?」
視線に気付いたのか、不思議そうな顔で見上げてくる。
「じゃなかったら、マリー以外全員死んでたかもな」
「メムさん、ですね」
仮面を無くしてしまったメム。
外見を偽ってはみても、その顔立ちはネアと瓜二つ。
そしてこの島において、ネアの妹として、ヴェポの少女がいるというのは広く知られている。
素顔を見られれば、皆に素性が割れてしまうのは道理だった。
「正直、ヴェポだと知った時は驚きましたし、恐ろしくも感じました。私が知人に聞かされていた話では、ヴェポの呪いは、数メートル以内に近づくだけでも命に関わるものだということでしたから。ですが……」
どこか不安そうな面持ちのメムに対し、カリオテが微笑む。
「巨大熊にやられて気を失った私を、真っ先に助けて下さったのがメムさんだと聞けば、恐怖など吹き飛びます。私も未だ修行の道半ばの若輩ではありますが、恩人への義理を欠くほどの愚か者ではありません」
カリオテだけではない。
数刻前、仮面を外したメムを目にした面々は、口々に「えっ!? ヴェポ!?」「平気なのか?」と、一様に怯えを露わにした。
だが、今回の狩りにおけるメムの活躍と献身。
他でもないメム自身の行動が、皆の誤解を晴らすことに繋がった。
「それに、そもそも今までずっと一緒にいてなんともなかったのですから、自分が耳にしていたのが根拠なき流言飛語であったのだと、認める他ないではないですか」
「そう言ってもらえると俺も嬉しいよ」
「いわゆる男女の営みに及びでもしない限りは平気」「でも、皆に怖がられると思ったので仮面をつけてた」と俺が説明し、騙すような真似をしていたことを二人で謝罪すると、皆の恐怖は収まり、むしろ好奇の目が向けられた。
結果、こうして今も一緒に帰路についている。
「俺はそこまでビビったりしなかったけどな。リムから少し話を聞いていたし」
と、ウスカさんが狐ヒゲを
あれは、冷静沈着な伊達男らしからぬ姿だった。
むしろ、マリーの方がよほど動じていなかったレベル。
「でもメムさんって本当にそっくりですよね、ネア先生と。私は最初、てっきりネア先生が変わった格好してるのかと思いましたし」
「……」
「双子って言われても信じちゃいますよ」
メムも、マリーのその言葉には多少驚きがあるようだった。
「せんせ」と全く顔を合わせたことがないメム。
自分と生き写しの姿と聞いて、何か思うところがあるようである。
◇
やがて、無事に森を抜け、平原に出る。
「温泉に寄って行きませんか」と、マリーが言ったのは、そんな時である。
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