アルタ群島(34)「ハンティンググラウンド・Ⅶ」

~これまでのおはなし~


 異世界に転生したらチートハーレムでワッショイワッショイ裸御輿だよお兄さん、とポン引き神様に言われて来たのに、どうやら、また死にそうな目に遭っているようです。ひどいや。ブラック異世界はんたーい。





 認識よりも先に、衝撃があった。

 ぐにゃぢぐ、りゅ。

 と、確かに耳の中で音がした。

 それが、その瞬間の唯一の記憶である。


 強制ブラックアウト。


 いつ行われたかも定かではない無理矢理の場面転換があり、視界が戻った時には回転しながら流れていく景色があった。昔、テーマパークで乗った絶叫系アトラクション並に、空と地面とがぐるぐる回っている。


 俺、混乱。


 何が何だか分からず、視覚、聴覚、嗅覚から入ってくる情報を正しく処理できない。ただ垂れ流される。意味あるものと認識できない。


 何が起きたんだ?


 で、どうやら一瞬、意識を刈り取られていたようだと気付く。

 それでようやく、自分がどうなったのかはっきりしてくる。

 何しろ足場が無い。

 あるのは、全身を支配する浮遊感。地響きのような風切り音。

 顔を含め、体の左半分がひどくしている。


 なるほどね。

 頭が朦朧としてうまく働かないのも、同じ理由か。

 つまり俺は――……


「……いてぇ!」


 ばちばちと高速で木の枝が俺に体当たりしてくる。

 一本や二本ではない。十本、二十本単位でどすどすやって来る。フルボッコ。

 誰だ。こんなもん投げつけてくるのは。


 違った。俺が、生い茂る木に飛び込んでいったのだ。

 それも、上から下へだ。

 上下左右の感覚すら狂っていた。


 枝を次々と折りながら、俺は落ちていった。

 幸いにして、枝葉は落下を妨げるクッションのように働き、俺は無事地面に、


「げふっ……」


 強烈に胸を打った。息ができなくなる。


「……かっ、は!」


 腹の中のものが、こぼれ出そうになった。

 涙目である。

 ぐわんぐわんする。

 鼻血が垂れた。耳からも、血?

 とても立ち上がれない。

 頭のてっぺんからつま先まで、体のありとあらゆる場所が、細胞レベルで悲鳴を上げている。


「いたいいたいいたいいたぁい」


 泣いちゃうよ、もう!

 マジでな!


 俺はヤク中患者のように震える手を懐に入れ、赤い小瓶を取り出す。

 良かった。割れてない。

 ヒールポーションを、急いで口にした。


「あうあうあー」


 苦さが気にならなかった。

 そんなこと、どうでもよく思えた。


 飲み干してすぐ痛みの質が変わる。

 焼けるような感覚。

 全身の患部が異常な高熱を放っている。およそ人の体温ではない。

 今にも蒸気とか吹き出しそう。ちょっとビビる。

 だが、それはポーションが効果を発揮している証拠だと、俺は信じた。

 苦痛と、目眩と、体中で起こる不快なせめぎ合いとに、ただひたすらに耐える。


「効いてきた……か?」


 何分ぐらい経ったろうか? あるいは数秒のことだったのだろうか?

 わからないが、徐々に思考がクリアになってきた。

 波が引いていく。

 痛みに支配されていた肉体が解放されていく。


 昔からRPGで不思議だったけど、ポーションとかエリクサーって即効性高すぎだな。注射ならまだしも飲み薬なのに、吸収効率良すぎよな。

 ありがたいけどさ。


「あ?」


 ふと、ポーションの瓶を持つのとは反対側の手に、何かをぎゅっと握りしめ続けていることに気がついた。

 <火かき棒>の柄だった。

 握りより先が、何も無い。

 根本でポッキリ折れてしまっている。


「マジか……」


 そういえば、巨熊に一撃される時、こいつを構えていたかもしれない。

 恐らく一番大きな衝撃を吸収してくれたのだ。

 だから今、俺は辛うじて生きている。


 後は、<強健10>発動中だったからか。

 体の頑丈タフさが六倍に増してなかったら、一発で終わっててもおかしくはない。


 俺はマナポーションも立て続けに口にする。

 この調子じゃ、スキルは命綱だろ、絶対。


「……って、戦況!」


 安穏とした思考を投げ捨て、俺は辺りを見回した。

 皆はどうなったのか。


 熊の一撃によって殴り飛ばされた地点は斜面の上で、元居た所から見ると高台のようになっている場所だった。

 周囲に比べて一段高い。


 見下ろす先、俺達のパーティーの現状が一望できた。


(良かった……生きてる!)


 依然、戦闘は継続中のようだった。

 しかし状況は様変わりしている。


 パーティーは、気絶したカリオテをメムとマリーの二人で運び、残りのウスカさんとエキストラさんの二人が、ミケランジェロを食い止める格好になっていた。

 逃走に失敗し、完全な交戦状態に陥っている。


 パパパッ、と自動小銃の発砲を思わせる光が起こって、拳大の火球が複数飛んだ。

 エキストラさんの攻撃呪文だろうか。

 炎は熊の巨体にぶつかり、小規模の爆発を起こし、そして消える。

 効いていない筈はないのだが、焼け石に水……いや、化け熊に炎、だった。


 一方のウスカさんは、予想もしないことになっていた。


 まず体が少し大きくなっていた。

 1.2倍くらいはあるだろうか。頭一つ分は伸びている。若干余裕があった服と鎧が、逆にひどく小さくなって、体に食い込んでしまっている。

 更に、四本足で飛び回るように駆けていた。その動きは非常に機敏で、熊が振るう素早い鉤爪の動きにも食らいついていけている。


 反面、人間らしさが失われていた。

 武器に使っていた両手剣は地面に転がり、野生に還ったような獰猛な戦いぶりを見せている。急所だけを狙って、直接打撃を加えている。

 元々、獣寄りの風貌だったが、いよいよ人間離れしていた。


 思わずウスカさんのステータスを確認してみる。



【HP】???(+)

【MP】3/28

【PX】???(+)

【MX】14

【スキル】<スラッシュ3><トランスフォーム4><不死身2><???>



 【HP】と【PX】に不思議なプラスマーク(+)が付いていて、MPが大きく減少していた。


 スキルの<トランスフォーム>、だろうか?

 わからない。


 けど、わかることもある。

 ウスカさんも、もう持たない。


 一刺しを狙う蜂のように巨熊の周囲を駆け回り善戦していたが、俯瞰で見るからこそ分かった。

 これは重戦車と歩兵の戦いだ。

 練度の高さでうまく立ち回っているが、根本的なスペックに差がありすぎる。

 初めから、「勝てるか」ではなく「どれだけ持つか」の戦い。


 にもかかわらず、ウスカさんはパーティーの防波堤だった。

 今にも決壊しそうな均衡を、ぎりぎり最後の所で保っている存在。

 彼が倒れれば、もうその瞬間……。


「……」


 ダメだ。

 みんな死んじまう。


 静寂。

 喪失。


 終わっちまう。

 何もかも。


 静かな自覚に、俺はせる。

 耳の奥、戦慄わななきが絶望感と共にやって来る。

 恐怖とぜになった虚無感が渦巻き始める。


(なんでだよ……)


 メムも、カリオテも、マリーも、ウスカさんも、エキストラさんも。

 一人ずつ、順番に。

 あたたかさを失って、動かなくなってしまう。

 返事をしてくれなくなってしまう。

 忘れられる者。

 無だ。


 辛いとか、泣きたくなるとか、おこがましくもそんなことを思うほど、俺の人生は彼らと長く交わっていない。

 悲しい。寂しい。

 それがせいぜいの筈で、だが、それなのにひどく息が苦しい。

 果てしなく暗闇に落ちていくような感覚がある。

 虚脱感が、感情をくじいてしまいそうになる。


 何故ならそれは、繋がっている。


 俺が日本に帰りたい理由。

 元の世界、あの場所に戻らなければならない理由。

 俺の望み。

 ただ一つの願望。


 それと同種の感情が、胸をと、痛ませる。

 こぼれ落ちる砂を必死ですくう他、無くなる。


 俺は呼吸も忘れ、ステータスウインドウを開いた。



【名前】サトー・ショー

【種族】ハイヒューマン

【性別】男

【年齢】26

【職業】家事手伝い

【称号】望む者

【血神】なし

【レベル】5

【HP】14/24

【MP】16/16

【PX】12

【MX】8

【XP】4

【パッシブスキル】<魔法抵抗・混沌10>

【アクティブスキル】<強健10><強走3><剛健1>

【スキルポイント】65414

【装備】やわらかローブ、かわのくつ、ニプレス、ぼうけんしゃのふく、ぼろシャツ、ぼろパンツ



 五人の未来が危ういのなら、六人目が気張るしかない。

 本当にチート能力持ちであると言うのなら、証拠を見せろ。


 俺は、回答を求めてXPを割り振る。

 自分を、いじりはじめる。

 この生物を、改造する。


 戦いに使えるスキルは、<強健>だ。

 あのスキルは、威力において、何より基礎係数が重要だ。

 なら……こうか。



【PX】12→16

【XP】4→0



 最早プレースタイルとかポリシーとか言っている場合ではなかった。

 俺は【PX】に残りの【XP】4点を全て注ぎ込んだ。


 ついでに、これで獲得条件を満たしたスキルも取得しておく。



【<肉体硬化1>】

 術者本人の肉体を硬化し、外部物理衝撃への耐性を獲得する。

 効果(限定PX):「PX」×「使用スキルレベル」

 効果時間(分):「MX」×「使用スキルレベル」

 消費MP:2×「使用スキルレベル」


【<肉体硬化1> の獲得には、スキルポイントを2消費します】

【獲得しますか? <はい・いいえ>】


【<肉体硬化1> を獲得しました】



「んん……!?」


 <肉体硬化>スキルを手に入れた途端、画面に変化があった。

 スキルの「獲得可能条件」の欄に、新規に出現したものがある。

 見たこともない文字列が並んでいた。



【<豪腕1> 獲得可能条件】

 ・<強健10> の所持

 ・<肉体硬化3> の所持


【<魔力鎧1> 獲得可能条件】

 ・【MP】15

 ・【PX】15

 ・<肉体硬化3> の所持



 ……新スキルだ。

 連鎖反応みたいに、スキルツリーが繋がりやがった。


 つまり、まだ強化に先がある。

 <肉体硬化3>まで取れば、更にこれらのスキルも獲得できる。


 幸い、スキルポイントには死ぬほど余裕がある。

 獲得を迷う理由は無かった。

 俺は急いで<肉体硬化>スキルを3まで伸ばし、新たに出現した二つのスキルを立て続けに取得した。



【<豪腕1>】

 術者本人の肉体を活性化させ、腕力のみを強化する。

 効果(限定PX):「PX」×「使用スキルレベル」

 効果時間(分):「MX」×「使用スキルレベル」

 消費MP:3×「使用スキルレベル」



【<魔力鎧1>】

 術者本人の魔力を、活力源の代用とする。

 効果:「HP」減少時、代わりに「MP」を減少させる。

 効果時間(分):「MX」×「使用スキルレベル」

 消費MP:3×「使用スキルレベル」



 <魔力鎧>はだいぶ特殊なスキルで、毛色が他のbuffと若干違った。

 使い方も難しそうだ。


 しかし、<豪腕>はシンプル。

 即座に用途を思いつく性能である。


 おそらくは、腕力強化にだけ限定したスキルだろう。

 <強健>が筋力も頑強さも俊敏性も全て高める全体強化型であるのに対し、こちらはおそらく特化型。

 その代わり、効果量も効果時間も<強健>よりも上であるよう思われる。


 そして、表示メッセージにはまだ続きがあった。

 終わりじゃない。



【獲得可能スキル】

 <魔力鎧2>

 <豪腕2>



「<魔力鎧>も<豪腕>も、まだレベルが上げられる……!」


 スキルレベル2以上も獲得条件を満たしているようで、【獲得可能スキル】に名前があった。


 当然、スキルレベルは上げられる限り、上げておく。

 これは3にまで上げることができた。


 すると、目を疑うようなことが起こった。


「え!? 【XP】が増えてる!?」


 つい先ほど0になったばかりの【XP】が10になっていた。


 何故!?

 急にどうした。何事ですか。

 意味が分からない。

 前世の善行が認められて、神様が急にサービスしてくれたのか? 河川敷にエロ本捨てて近所の小学生に大感謝されたこととか、「あー腰が痛い腰が痛いわぁー死にそうに痛いわぁー」と耳元で囁かれるという脅迫的アピールに負けてお年寄りに電車の座席を譲ったこととか見ててくれたのか?


 なわけないな。

 思い当たるのは。


「……トロフィー?」



【獲得実績】


【銀】『死地から生還!』

(実績:HP1から生還する)

(報酬:10XP)


【銀】『金なら一枚 銀なら五枚 銅なら……』

(実績:銅トロフィーを10個獲得する)

(報酬:10XP)


【銅】『はじめての異世界』

(実績:アゼルガに降り立つ)

(報酬:0XP)


【銅】『はじめてのパッシブスキル』

(実績:パッシブスキルを獲得する)

(報酬:0XP)


【銅】『はじめてのアクティブスキル』

(実績:アクティブスキルを獲得し、使用する)

(報酬:0XP)


【銅】『はじめてのおつかい』

(実績:店で買い物をする)

(報酬:0XP)


【銅】『はじめてのコロシ』

(実績:アゼルガの生物を仕留める)

(報酬:0XP)


【銅】『初心者卒業』

(実績:スキルのレベル合計が30を突破する)

(報酬:0XP)


【銅】『神が女に乳房を二つ与えたのは、男に手を二本与えたからだ』

(実績:女性のおっぱいを脳内で100回犯す)

(報酬:0XP)


【銅】『たまげたなぁ』

(実績:同性に劣情を感じる)

(報酬:0XP)


【銅】『ご注文は幼女ですか?』

(実績:事例を発生させる)

(報酬:0XP)


【銅】『レア種発見!』

(実績:「デブ専」か「ブス専」を発見する)

(報酬:0XP)



「ハハハ……」


 切迫した状況にまるでそぐわない、獲得実績の気の抜けた内容に思わず笑いが漏れる。

 そして理解した。


 先ほどのスキルレベル上昇で、『初心者卒業』という銅トロフィーを獲得したのだ。

 すると今度はそれによって、『金なら一枚 銀なら五枚 銅なら……』という銀トロフィーが手に入り。

 結果、報酬の10XPが転がり込んできた。


 何回連鎖してるのか分からないが、能力上昇がアホみたいに連なって起こっている。

 なんだこりゃ。


「チートかな?」


 俺は、再びXPの分配を行う。



【PX】16→18

【MX】8→16

【XP】10→0



 今度はこう。

 すると、更に取れるスキルが出てくる。

 <剛健2>や<強走4>のように、今までのPXとMXでは獲得条件を満たさず上限打ち止め状態になっていたスキル達である。


「チートだね」


 俺は呟くと、それらも取れる所まで上げてしまうことにした。

 結果的にステータスは大きく変わった。



【HP】26/36

【MP】32/32

【PX】18

【MX】16

【XP】0

【パッシブスキル】<魔法抵抗・混沌10>

【アクティブスキル】<<強化魔法48>>



 PXとMXが伸びたことで、HPとMPも上昇している。

 まだHPは回復しきっていないが、既に、さっきまでの最大値より高い。


 俺がこの世界に来た最初の段階ではPXは6だった。

 つまり、何のスキルも使わなくても、既に俺の肉体能力は地球にいた時の三倍になっていると言える。


 ウエイトリフティングとか、最高重量をオリンピック選手と同等に上げられたりする?

 見た目、筋力の付き方は一切変わってないんだけど。

 PX……どういう原理なんだろう。


「しかし、アクティブスキルの項目、これどうなったんだ」


 なんかスキル数が五つを超えた段階で、急に変わったぞ。

 もしかして、この<<強化魔法48>>って書かれてるところを、例によってクリックすればいいのかい? 押しちゃうよ?



【強化魔法】


【総合上昇系】

 <強健10>

【攻撃力上昇系】

 <豪腕10>

【防御力上昇系】

 <肉体硬化9>

 <魔力鎧5>

【魔力上昇系】

 <なし>

【回復力上昇系】

 <なし>

【移動力上昇系】

 <強走10>

【特殊系】

 <剛健4>



 おう。開いたわ。

 なるほど。数が増えたら、表示が折りたたみ式になったみたいだ。


 うん。

 色々言いたいことはある。

 が、時間が無い。


「……よし。行こう」


 だから俺は顔を上げる。

 準備はもういいだろう。


「急げ、俺」


 はやる気持ちがある。

 こうしている今にも、誰かが倒れるかもしれない。

 戦いが終わってしまうかもしれない。

 最悪の形で。


 俺は見下ろす。

 眼下で凶行に及ぶ森の暴君。

 そのグリズリーとしての限界を超えた巨体。灰色の厄災。

 当初思ってた以上に自己強化ができたとはいえ、未だステータスもレベルも及んでいないのは間違いない。


 だが、手持ちの武器は増えた。

 やれるとこまでやってみよう。

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