アルタ群島(32)「ハンティンググラウンド・Ⅴ」

~これまでのおはなし~


 アルタ群島で失踪したイヴリーフとその従者アスティ。当初この二人は、彼女達の護衛を務めていた人物の手によって×されたか××されたのではと思われていた。ところが、問題のその相手が遺体で発見されてしまう。一体、何がどうなってるんです? 初歩的なことだよ、ワトソンくん。うるせえモリアーティぶつけるぞ。





 前触れなく、突然に一つの音がする。



 ――ドォン……。



 爆発や、砲撃のような音だった。

 映画やゲームの中でしか耳にしたことのない異音である。


 かなり遠い。

 北の方角から聞こえたように思われたが、距離が災いしてはっきりとはしなかった。


 同時に、森の鳥達が慌ただしく飛び立つ羽音がそこかしこから聞こえる。

 獣のいななき。

 ひづめの踏み鳴らされる音。

 どことなく、森の奥が騒然としている気配があった。


 聞き慣れない響きに、パーティーの面々も「おや?」という顔をした。

 まるで示し合わせたかのように全員口をつぐみ、耳をそばだてている。


「……」


 しかし、砲撃音らしきものは特にそれ以上続けて聞こえることはなかった。

 森の中の騒がしさは依然続いていたが、俺達の興味は再び、発見された遺体に戻った。


 女戦士の死体。

 カリオテ達がアルタ群島まで追ってきた相手であるらしい。

 それが今、物言わぬ骸となって横たわっている。


「……まさか、女だとは思わなかったなあ」


 俺がぼそりと呟くと、カリオテが「そうなのですか?」と言った。


「そういえば、サトウさんにはイヴリーフさんとアスティさんについて説明しただけで、この者についてまでは、詳しく話していなかったかもしれないですね」


 元護衛って聞いて、てっきり男だと思ってた。

 なんか特に理由のない思い込みだけど。


 でも、問題はそこじゃないか。

 ここで犯人が死んでるとなると――……。


「なあ、カリオテ。イヴリーフさん達の探索ってその後、どうなってたんだ?」

「実は微妙に手詰まりになっていました。ウスカさんにお願いして、アルタ群島の色んな商店の人に聞き込みをしてもらったりはしたのですが、今のところ梨のつぶてで……」

「商店?」

「ええ。どんな人間も食事をしないと生きてはいけませんよね? イヴリーフさん、アスティさん、そしてこの女の三人に似た人物が食べ物を求めてそういった店に立ち寄っていないかを調べてもらっているところだったのです。あくまでまだアルタ群島にいると仮定してですが、オビ島以外の島々も含めて幅広く。ですが……」

「うーむ……」


 やべえな。

 何に巻き込まれたのか見当もつかないが、既に死んじゃってる可能性が高まった気がする。

 そうでなくても、人目につかない場所に監禁されてるのは間違いない。

 ただその場合、「誰に?」「どこに?」って話になるし、その上、手がかりが何も無いんだよな。


 それともこの女戦士が人里離れたこんな場所にいたということは、案外、二人もこの近辺にいたりするんだろうか。


 そう思ってなんとなく周囲を見回すと、マリーが離れたところで、靴の裏をずるずると地面に擦りつけていた。


「何やってんだ、マリー?」

「え? えっと、なんか、気持ち悪いの踏んじゃって……」


 顔をしかめている。


「そ、そんなことより、どうするんですか? この遺体、このままにしとくわけにはいかないですよね?」


 マリーがそう言うと、「エディラ草自体は絶対必要なんで取りに行きたいが……」と、ウスカさんが唸った。


「だが、そうだな。一度帰還して出直すしか無いか。群生地はもうすぐそこだったんだが」

「あ、あの」


 カリオテが鉄籠手を掲げて挙手をした。


「私が遺体を街に運びます。これは私の問題ですし、私が何とかします。皆さんはそのまま目的地に行って下さい」

「いや、お前。そんな簡単に言うが、一人じゃとても無理だろ。お前より重そうだぞこの遺体。一人で運んでたら日が暮れちまうよ」


 俺のツッコミに、カリオテがしゅんとする。


「た、確かに、誰かもう一人くらい手伝っていただけると助かりますが……」


 チラチラ……。


 って、なんか俺のことチラ見しとるよ。


 チラチラ……。


 目線の主張が強すぎるだろ。


「ウスカさん。俺のテスト、っていうのはもう終わったってことでいいんですか? だったら、俺はカリオテを手伝って街に帰りますよ」


 そう言うと、カリオテがパッと顔を輝かせる。

 現金な奴だぜ。


「そうだな。二手に別れるとするか」


 仮面越しでもメムが「街に戻るの?」と言いたげなのが分かる。

 確かに、メムも俺と一緒に来ないとまずいな。

 でもそうすると、マリーとウスカさんだけになっちゃわないか?


「まあ、モンスターが現れても戦闘は極力避けるとして、マリー一人だけなら俺達二人で守れるだろう。エディラ草はマリーのリトルカートさえあればなんとかなるし、三人ずつのグループに別れよう」


 三人ずつ?

 ウスカさん以外に誰か……ウッ。


「って、なんだ? 森がやけに騒がしいな……」


 ウスカさんが濃い緑の奥に鋭い視線を向ける。


「さっき妙な音がしたが、なんかあったのか?」


 風が吹いていた。

 佇むウスカさんの毛並みがなびいている。


 ざわざわざわざわ……と森が揺れる。

 木々が波打つようにうねる。

 苔むした灌木の向こう、地響きのようなものが聞こえはじめる。


「な、なんか……変ですっ。おかしな感じですよ、これっ……!」


 マリーの裏返った声。

 ぱきん、と木の折れる甲高い音がした。


 ばっ! と、突然、鹿が二頭、続けざまに飛び出して来た。

 俺達の脇を横切り、駆け抜けていく。


 続いて、兎が。鳥が。子犬ほどもあるトカゲが。

 そして、先ほど立ち回ったフォレストウルフまでもがやって来て、けれど俺達に見向きもせず走り去る。


 動物たちが一斉に逃げ出している。

 不穏な気配。

 だが、何から……?


「って、うわあッ!」


 気付けば、同じように走って来たフォレストボアが俺の眼前に居た。山菜カレー氏クリソツのデカ猪。

 物凄い勢いで突進してくる。

 早い。スキル発動すら間に合わない距離。

 やばい。


「プギーッ!」


(ぶつかる!)


 衝動的に目を閉じると同時、熱波が俺の体を襲った。

 予想した衝突の代わりに、猛烈に黒煙が吹き付けてくる。


「!?」


 突然、近距離で爆発が起こったようだった。

 けむい。

 耳がうまく働かない。

 何が何だか分からなくなる。


 俺はむせながら、必死に後退する。


「ごほっ! ごほ! 一体、何が……」


 目を開けば、逆光。

 人影がある。

 俺の前に誰かが立っていた。

 こちらに向ける笑顔が見える。


「(ニコッ)」


 え、エキストラさんっ……!


 六人目のメンバー! パーティーの魔法使い!

 エキストラさんのなんか、えーと、火か水か風か土か、なんかの攻撃魔法!

 存在感のない攻撃魔法が俺を救ってくれたんだ!

 ……と、思う……。


 見れば、フォレストボアは離れた所に吹き飛び、焦げ跡も露わに息絶えている。

 低レベルMOBとはいえ、なかなかの威力である。


 完全に舐めてたけど、実力者だったんだな……。

 すげえよ。

 つか、呪文詠唱が聞こえなかったもん。

 無詠唱魔法かもしれんな……単に詠唱時も存在感消失してただけ説もあるけど。

 存在感消失による、無詠唱魔法か……。

 すげえや。裏技だ。

 バグ技かも……。


「た、助かりました、エキストラさん。ありがとうございま」


 「す」を言おうとしたところで、大きな突風が横なぐりにびゅうと吹いて、木の葉が激しく舞って、砂埃が巻いて、俺は思わず再度目蓋を閉じる。


 改めて目を開く。

 エキストラさんの姿は無かった。


「あれ?」


 ほんの一秒前までそこにいた人が、かき消えている。

 ビデオ映像を雑に編集したような違和感。


「エキストラさん?」


 けれどその場には、彼の膝から下だけが、今も立っている。


「……え?」


 ちぎれたまま取り残されている二足のハイブーツ。


 斜めに切断されているというのに、まるで靴屋のショーウインドウに並べられたかのように、倒れることなく綺麗に並んでいる。

 そのあまりに自然な光景が、逆に、それを履いていた人がそこに居ないことと相まって、異様な物と映った。



「ゴアアアァァァァ!!」



 何が起こったのかを理解するよりも早く、とてつもない威圧感が俺達の間を駆け抜けていく。


 震撼位相。


 咆吼が俺達の全身を地面に縫い付ける。

 体が麻痺させられている。


 そして、今もそこにあるエキストラさんのブーツの上、長く伸びた巨大な鎌が、五本ゆらゆらと揺らめく。

 その根本は木陰の奥。持ち手の姿見えないまま、にゅっと生えている。


 ……鎌?

 何故、鎌だなんて思ったのだろう。

 違う。無論そうではない。


 それは獣の爪だった。

 巨大な……というより、巨大すぎる腕。

 その先端に踊る、五本の鉤爪が鎌の正体だ。


「エキストラァァァーーッ……!」


 ウスカさんの叫びに、ハッと我に返る。


 嘘だろ!

 まさか、エキストラさん、死んじゃったのか!?

 嘘だと言ってくれ! 俺を助けてくれたばかりじゃんよ!


 ――「……(ぺこり)」


 ん?

 なんだよ、これ。


 ――「(ニコッ)」


 って、お前、これ走馬灯だろ!

 エキストラさんの思い出が流れてるじゃねえか!

 勝手に殺すなよ!


 ――「……(ぺこり)」


 あれ?


 ――「(ニコッ)」


 って、走馬灯に使える台詞が二つしかねえ!

 ループになってんじゃん! もうやめろ! 馬鹿!


 ――「……(ぺこり)」


 ひとがしんでんねんで! 遊んでる場合か!


「エキストラ! そこにいたか! 無事か!?」


 えっ?


 あっ、いるじゃん! 吹き飛ばされてただけだ!

 裸足でポーション飲んでる。

 ひらひら手振ってるし、全然平気っぽい。

 良かった良かった。滅多なことで死なないギャグ畑の人だったのかな。不死属性(物語)持ちだな。


「って、サトウ! 何ぼーっとしてる! お前も早く逃げろ!」


 へっ?


「死ぬぞ!」


 オークツリーの名でも知られる、楢の木。

 その頑健な佇まいが、稲妻に撃たれたように裂ける。

 完全に物理法則を無視して、とろけるチーズばりに、にゅーん、と横に伸びて、そして、ようやく重みを取り戻し盛大に傾ぐ。


 ばきばきばきばき……。


 俺の前に、小さな山が現れた。

 灰色の毛でできた山。


 少年漫画に出てくるような闘気と呼ぶべきものがあるとするならば、それが辺りの空気を重く、重く変えていく。

 俺達を支配する。



【名前】ミケランジェロ

【種族】フォレスト・ベア

【性別】男

【年齢】4

【職業】社長

【称号】コミュ障

【血神】バラク

【レベル】43

【HP】???

【MP】???

【PX】???

【MX】???

【スキル】<クロー7><チャージ5><バーサーク5><野生の呼び声8><テリトリー3>

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