アルタ群島(31)「ハンティンググラウンド・Ⅳ」

~これまでのおはなし~


 遡ること七年前、俺、佐藤翔(19)は同い年で漫画が超うまい富井君に、「新作の感想を聞かせて欲しい」と頼まれていた。「俺個人に聞くより、WEBで公開とかして色んな人に感想貰った方がいいんじゃね」と言うと「そういうのちょっと苦手」だそうである。「貰える意見が多すぎると、俺わけわかんなくなっちゃうし」なるほど、そういうタイプの人もいるか。「来年東京オリンピックじゃん?だから今度は俺スポーツ+ラブコメの完全王道作書いてみた」マジかよ。ラブコメ好きの俺は俄然興味が湧き、意気揚々と読み始めたのだが、題材に選ばれた五輪競技がカヌーと馬術だったこともあり(廃部寸前のカヌー部のキャプテンの男と、廃部寸前の馬術部のキャプテンのヒロインが、ライバル関係から徐々に恋に落ちていき、最終的に全く新しい「カヌー馬術部」を立ち上げるストーリーだった)、それらの競技にまるで明るくない俺のテンションはページをめくるごとにおとなしくなっていった。読み終わり、俺は言った。「一応だけど、WEBで公開して競技に詳しい人の感想を聞くのもありだと思う」富井君は少し悲しそうだった。





 戦いが終わった。

 今回も見たところ、俺、メム、カリオテ、マリー、ウスカさんと、パーティーメンバーは五人全員大きな怪我は無かったようである。

 五人全員。

 無かった。


「……(ニンニン)」


 とにかくメムの活躍が目覚ましい。

 日頃、戦い慣れた場所だからか、へっぽこな足手まとい数人の尻拭いをして尚余りある躍動っぷり。

 地形効果MAX。


 静かに小剣の血糊を拭う様が最高にエロかっこいいね。対魔忍になれると思う。

 相棒として鼻が高いよ。

 後は、その相棒気取りがへっぽこな足手まといメンバーの一員じゃなければ何の問題もなかったんだけど。


「うわ……。汚いですね。べとべとです」


 一方、足手まとい組の同僚達、カリオテとマリーはというと、情けない声を出している。


「妙にねばねばしてますよぉ、蜘蛛汁。カート汚れちゃいました……蜘蛛汁」

「私の剣も、錆びちゃわないか不安になりますね。どこか蜘蛛汁を洗って落とせる小川はないのでしょうか、蜘蛛汁を」


 蜘蛛汁蜘蛛汁言うな。


「まさか急に大蜘蛛が出てきやがるとはなあ。予想外だったぜ」


 さすがのウスカさんもくたびれた様子。

 腕に絡みついた蜘蛛糸を剥がしているが、獣毛が一緒に抜けるようで、顔をしかめている。


「あんなの居るんですね、この森」

「んー……ほんとはオビ島じゃほとんど見ないんだがな。レアケースだなァ」


 またか。

 どうもこの人の「レアケース」は信用できないぜ。

 上にSRとかSSRとかある上での「レア」なんじゃねえの。


「ま、何事にも例外はあるってこった。だからおもしれェんだよな、人生のめぐりあわせと、ギャンブルって奴は」


 ヒューッ。カッコいい。

 ……いや、唐突に何言ってんだこの素人童貞は。(←急に我に返る)


「だが、ちょうど良かったと言えば良かったぜ。なんせ、そもそもお前らの腕前を見たいって言ってた理由が、ジャイアントスパイダーだったからな」

「え?」

「つまり、合格ってことだよ。来週の仕事にサトウも呼んでやる」


 Oh……。

 事情がまるで飲み込めないが、なんかよくわからんうちに合格した。


「一体、どういうことなんです?」

「まあもう別に話してもいいか」


 ウスカさんが、両手剣を鞘に収めつつ言った。


「実はな、今倒したような蜘蛛を大量に相手にしなきゃならん仕事があるのさ。アルタ群島で戦える連中が総出で行う大がかりな狩りだよ。それに参加すればかなりの報酬が得られる。そうだな……去年の例からすると、一人金貨十枚は硬いなァ」


 金貨十枚以上。

 つまり百万円以上……?

 アルタ群島で戦える連中全員ってことは、参加者は十人や二十人じゃないよな。

 オビ島以外の島からも参加者来るんだろうし、百人、二百人って規模か?

 それだけの多人数で参加して全員その報酬額、ってめちゃすごくね?


 俺の顔に浮かんだ興味の色を読み取ったか、ウスカさんが口元を緩めた。

 尻尾がゆらゆら揺れている。


「アルタ群島には人が住んでない島が沢山あるんだが、その内の一つ、南西にある『フォポ島』を知ってるか?」


 フォポ島……どっかで聞いた名前だな。

 なんだっけ。


 ああ、あれだ。

 ネアがマナストーンについて教えてくれた時に、その島のこと言ってたんだ。

 確か、周囲に比べてマナが濃い地域にあるんだよな、その島。


「そこには島全体の地下に広がっためちゃくちゃ深い洞窟があってな、どれくらい深いかって言うと、何十年も前から探索されてるのに、半分海底洞窟と繋がってたりもするせいで、未だにアルタ住人の誰も全貌を理解してないってくらいの凄まじさなんだが、その洞窟の中は、定期的に巨大蜘蛛が異常繁殖する場所になっちまってるんだよ。理由は今もって不明だが」


 げっ。今みたいなキモい連中が、異常繁殖?

 それってあれが何十体、何百体も湧くってことか?

 想像しただけで、鳥肌が止まらないんだが……。


「どれくらいの量を想像してるか分からんが、まず間違いなくお前が思ってる程度の規模じゃないぞ」

「そんなにですか」

「卵が孵化する時期になると、洞窟から一斉に這い出してきた子蜘蛛達で島の地表が真っ黒になって、もう足の踏み場が無いのに、まだ後続が地上に出てくるもんだから、次々と子蜘蛛が溢れて海の上に落ちて、そいつらを食うために外洋からシーサーペントの群れがアルタ群島近海にわさわさ集まってくる、って言ったらどれくらいの規模か分かるか?」

「……」


 想像して、気分が悪くなりました。


 牛って字を三つ重ねて「ひしめく」って読むけど、むしろ虫って字を三つ重ねて「ひしめく」って、無理矢理読ませた方がいいレベル。


「そうなっちまうと、興奮したシーサーペント達が居なくなるまで一切船は出せなくなるわ、フォポ島から近いオビ島とツェツェーリ島には子蜘蛛が泳ぎ着くせいで、長期間、大蜘蛛を掃討し続けなきゃいけなくなるわで、非常に厄介なことになる」

「とんでもない話ですね」

「そう思うだろ? でも、こっからが面白ェんだ」


 顔をしかめる俺に、しかし小麦色の獣毛に覆われた男は楽しげに笑った。


「確かにそれだけだととんでもない天災なんだが、しかし、有難いことに異常繁殖の時期が毎年大体決まってるんだ。だから、大多数がまだ卵のうちに大掃除することで、すンげえ量の戦利品が手に入るのさ」

「戦利品ですか?」

「ああ。特に価値があるのは、蜘蛛が卵を産んだ後、その周囲を覆うように巻く、赤ん坊の揺りかご専用の蜘蛛糸だな。『ベビーシルク』なんて呼ばれてる。これは肌触りの良さと頑丈さ、耐熱性を兼ね備えた『スパイダーシルク』と呼ばれる高級な布の原料になるんで、かなり高額で売れる。それが、さっき言ったような規模で採集できるンだよ」


 おお……。

 そう聞くと凄いな。


 ある意味じゃ、布の牧場みたいなもんだ。

 蜘蛛布洞窟だ。

 布山賊の、約束の地だ。


「単にモンスターの大量発生って形だから、未だにアルタ群島の外の連中には知られてないが、ある意味アルタに唯一存在する産業とでも呼ぶべきものがこれだ。感謝しろよ。本当はもうちょい先を予定してたんだが、こないだザンビディスに事情を話して、狩りの時期を前倒しにして貰ったんだからな?」

「え。それって、俺のために、ってことですか?」

「まあお前だけのためと言うと語弊があるが、おおむねそうだ。ザンビディスもサトウの借金のことだいぶ気にしてたらしくてよ、なんとかするって約束してくれた。あのハゲ、いいとこあるだろ?」

「ええ……ありますね、あのハゲ」


 笑い合う俺達。


 なんだよ。マジであのマッチョ優しいじゃん。いい人じゃん。

 逆恨みしかけたのが恥ずかしくなるね。反省。手首クルックル。


 と、そこでピンとくる。


「もしかして燃やしたエディラ草の匂いを好む生き物、って……」

「ああそうだ。こいつら、巨大蜘蛛だよ。洞窟内に巣食っている蜘蛛達を誘導して、空いた場所の卵を順に砕いていくんだ。幾らなんでも洞窟内の成体全てを相手にできるわけないからな」


 そういう手順なのか。

 なんか、MMOの多人数参加型クエスト、って感じだな。

 さすがにレイドボスは居なさそうだけど。


「あのー……」


 話し込んでいる俺達の傍にマリーがやって来る。


「もう先を急ぎませんか。いつまでもこんな蜘蛛の死骸の近くで喋ってるのもどうかと思いますし」

「まあ待て。リトルカートに空きはあるだろ?」

「え? まあ、ありますけど、なんですか?」

「じゃあ、こいつの眼球を抜くから待ってろ。これもベビーシルクほどじゃないが一応金になる。持って帰る」


 ウスカさんが懐からナイフを取り出すと、蜘蛛の頭部を抉りはじめた。

 グロい。


「まっ、待って下さい。今はカートの中に大事なものも入ってるんです。そんな蜘蛛汁のついてるばっちい状態で……わあっ! こ、今度幾らでも手に入るんだからいいじゃないですか。今日はやめましょ……やめ……やめてっ……」


 素人童貞が背中にしょった大剣が、陽光を浴び、暗喩的に鈍く輝く。


「入れさせろ!」

「だだダメです! そんな無理に入れないで下さい! 無理矢理はダメッ! そんな大きいの無理矢理入れたら裂けちゃいます! だめっ! ねばねばしたの出てるっ! だめえぇぇーーっ!」

「……」


 俺は素数を数えた。


 マリーちゃん、やっぱ非処女なのかな……。

 こんな絶叫と共に奪われちゃったのかな……。

 荒くれ棒によって激しく貫かれちゃったのかな……。

 こんなルックス性格スタイル全部揃った美少女が非処女だなんて……。

 もう絶望しかない……。

 絶望しかないよ……。


 いや、彼女は処女だよ……。

 処女に決まってるよ……。

 処女であると信じる気持ちが大切だよ……。

 ルックス性格スタイル貞操全部揃ったパーフェクト美少女だよ……。

 俺のエクスカリバーを受け入れるまで……、

 信じれば、そこに膜はあるよ……。


 ……まあ、今回の竿役はデブ専素人童貞だから、そこについては取り越し苦労だけどね。


 しかし、マリーちゃん処女だよ非処女だよ論争にケリがつく日は来るのだろうか。

 来ない方がいいような気がするなあ。怖いよなあ。

 でも最高の形で来てくれる(俺が自らの体を以て処女であったことを確認する)ならそれはそれでアリだし……。


 はー。このドスケベボディに溺れたいわ。


「(じぃぃ~~……)」

「……ハッ!?」


 メムが仮面越し、俺の方をじっと見ていることに気付き、慌てて顔を伏せる。

 いかん。いかんぞ。

 だらしなく鼻の下を伸ばしている姿ばかり見られたら、家主に愛想を尽かされてしまう。

 しかもメムの記憶は、ネアが引き継ぐからな。いつもの二倍キリッとしなければ。


(つーか、なんか浮かんでるし)


 その時になって、視界の隅で、ビックリマーク(!)が点滅していることに気付く。

 多分、レベル上がったんだろうな。

 まだレベル3だったし、さくさく上がる時期だし。

 ステータス確認してみるか。


「(ショウくん、ショウくん)」

「え?」


 ところがいつの間にかメムがすぐ隣に来ていた。

 うっ。直接俺のスケベ心に苦言を呈しに来たのだろうか……。


「な、なんだ? ていうか、外では『サトウ』って呼ぶように、って言ったの忘れたか? 気をつけないとダメだぞ」

「(あそこ)」

「ん……?」


 メムが木立の奥を指さしていた。


「(だれか、死んでる)」



   ◇



 その死体は、林の中、無造作に転がっていた。

 大柄な女性の戦士である。


 地面の土はあちこち抉れていて、戦士が死の間際、何かと大きく争ったらしい形跡を残していた。


「森の中で、モンスターに襲われたんでしょうか……?」


 一人だけ距離を遠巻きにしたマリーが、おそるおそる言う。


「死んでからせいぜい一日、ってとこか? この背中と腹の怪我は巨大蜘蛛だな。もしかするとさっきの奴らかもしれん」


 ウスカさんは傍にしゃがみこみ、死体を調べている。

 服ごと肉が抉れ、特に背中と脇腹には大穴が開いていた。

 内臓が漏れている。


「ううっ……気持ち悪くなってきてしまいました……」


 マリーが一人、離れていく。

 ゲヴォ吐くなよ?


「ウスカさん。あそこ、火を焚いた跡がありますよ」


 俺は気付いたことを言った。


「こんな場所で、野宿でもしてたんでしょうか?」

「あぶねえな。この辺りは森の中でも深い地域だ。夜は今より出るモンスターが強くなるし、火なんて焚いたら、そいつらをおびき寄せるだけだぜ。森歩きは素人だったのか?」

「んー……見たところ、割と旅慣れた感じの装備ですけどね。あれ……?」


 ふと気付いた。


(おかしいぞ。この死体、手首から先が切り取られてる)


 左手の先端が無くなっていて、一見、そこもモンスターにやられたように見えるのだが、他の部分と違って、切断面が随分綺麗である。

 ここだけは、刃物による怪我ではないだろうか。


「しっかし、知らねェ顔の女だな。どこの奴だ?」

「また『よそ者』ですか」

「少なくとも、カリピュアの奴じゃないのは確かだな」


 突然、ガシャン、と鈍い音がした。

 カリオテが抜き身のままぶら下げていた愛剣を取り落とした音だった。


「こ、これ……この死体……」


 鉄兜の奥、顔面蒼白になっていた。

 大きく目を見開いている。


「わ、私達が追いかけてた相手です。この女が、イヴリーフさん達から荷物を奪って逃げた元・護衛です」

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